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しかし、その少女の予想は裏切られた。
「こんにちは巫さん。本日は良い天気ですね」
「こんにちは巫さん。本日は中央では流行っているお菓子を……」
「巫さん」
「巫さん」
「巫さん」
(――なにか、おかしい……)
その夜、少女は小さな引っ掛かりを解くためにゆっくりと思考を回していた。
この数週間、響は足しげく巫家に通っていた。
幼い響は珀に気に入られようとしている。この婚約を長続きさせるために。
今は中身が少女のため軽くあしらっている状態だが、もし珀だったらこの少年に懐いていたのではないのだろうか。
しかし、映像の響と珀は会話すらしないのだ。
会話どころではない。目も合わないし、なんなら同じ空間にいることすら稀だ。
珀は常に人のぬくもりを求めていた、それなら響は救いだったはず。
現状、響が珀のもとに自分の意思でやってきている。
これではまるで、珀が響を避けていたような……。
――コンコン、と少女の思考を遮るようにノックが響いた。
「お嬢様、蒼穹でございます」
「なに」
珍しい来客に少女は少し警戒を覚える。
珀のそっけない返事を聞き、お盆を持った公爵の側近が扉を開け珀の元へやってきた。
「最近慣れないことが多くて大変かと思いまして、疲れがよく取れるようにホットティーをお持ちいたしました」
ウグイス色の髪を揺らし、公爵の側近……斎蒼穹はうやうやしく一礼してほかほかと湯気の立ち上るマグカップを珀に差し出した。
「……ありがと」
程よく温かいマグカップを受け取り珀は慎重に口をつける。
「……おいしい」
「喜んでいただけたのなら、なによりにございます」
ほんのり甘みのある優しい味。疲れた体に染み渡るとはこういうことなのかもしれない。
はじめ恐る恐るだった動作は普段のティータイムと大差のないものに変わった。
蒼穹は珀の様子に笑みを深め、飲み終わったマグカップを受け取り丁寧に頭を下げる。
「ごゆっくりお休みください。お嬢様」
◇
――……て…………。
一人の少女がベッドの上で眠っていた。すやすやと穏やかに寝息を立てている。
そんな少女に怪しい影が忍び寄った。
――……お……て……。
全身黒ずくめで窓から入ってくる姿は侵入者そのもの。
侵入者は少女に歩み寄る。
――……お……て、×……。
そして懐から取り出した鈍く輝くナイフを振り上げて――……
「――きゃあぁぁぁッー――‼」
――おきて、××。
◇
夢の中の悲鳴に叩き起こされるように珀は目を開いた。
寝起きとは思えないほどスッキリとした頭で先ほど見た夢を思い出そうとする。
しかし、視界の端でひらりと何かが舞うのが見え、珀の意識は流れるようにそちらへ向いた。
それはカーテンだった。
閉めたはずの窓は開いており、そこには一人、全身黒ずくめの誰かが立っていた。
そして目が合う。
「眠りが深いから起きないはずじゃ……」
呆然とつぶやく誰かに珀は体を起こす。
「こんな時間にお客様だなんて、珍しいこともあるものね……なんの御用?」
珀は鋭い視線で侵入者を見た。
一切怯える様子を見せない珀に侵入者は気圧される。
「おっ、俺は……! お前に警告しに来たんだ……!」
「警告?」
「そうだっ!」
侵入者は震える手で鈍く輝くナイフを珀に向け声を張り上げた。
「――響さまに近づくなっ!」
その一言で少女の中のピースがパチリと収まった。
「そう、あなた南部の人なのね」
ナイフを向けられても一切態度を崩さない珀に侵入者は震える声で叫んだ。
「ああそうだ! お前みたいな悪魔が、あの、お優しい響様と婚約……? ふざけるな!認められるはずないだろ……っ! あのお方が何をされたというんだ……っ」
感情のままに喚き散らす侵入者に少女は冷ややかに一言告げた。
「あなた、なにも知らないのね」
「はぁ……? 何言って……」
珀の言葉に侵入者は理解が出来ないというふうに固まった。
珀は侵入者に聞こえるように大きなため息をつく。
「あなたの軽率な行動のせいで南部との関係を考えないといけなくなりそう」
「……――ああっ! ぜひそうしてくれ! 南部は悪魔の手を借りなくちゃいけないほど落ちぶれていないっ!」
珀は氷のように冷たく侵入者に現実を突きつける。
「南部は今、落ちぶれているのよ。こんな悪魔の力を借りないと維持できないくらいにね」
珀はベッドから降りる。
突然動き出した珀に侵入者は必死にナイフを向けた。
「――っ! 響様に近づくな! この悪魔がっ!」
「それは無理な話ね、褐神響が自分からこの家に訪れるもの」
珀は侵入者に背を向けた状態で引き出しを漁り始める。
敬愛すべき公爵家の次男。人当たりの良い響を守りたいのだろう。
悪魔との婚約で響に悪い影響が出ることを心配しているのかもしれない。
侵入者は目の前の子どもが酷く憎く、そして何より恐ろしかった。
夜中に突然訪れた侵入者にナイフを突きつけられて悲鳴の一つ上げやしない。
その瞳に恐怖は映らず、ただ氷のように冷たく、何もかも見透かされている気持ちになる。
侵入者はただならぬ恐怖心から珀にナイフを向けることが限界だったのだ。
「まあ南との関係はどうでもいいわ……それで、これは誰の命令?」
「そ、それは……言えないっ!」
「ふーん……まあ、大体目星はつくけど」
淡々と事実確認をするように言葉をかけてくる様子を侵入者は恐ろしく思った。
「殺す気はないでしょう? そもそもあなた、何の仕事をしている方?」
――見透かされている。すべてをこの悪魔に。
ナイフを向け珀が叫ばなかった時点で、侵入者の恐怖は始まっていたのだ。
「あぁ、あった」
「なに、が――っ⁉」
珀は突然石のようなものを侵入者に投げつける。
それがパリンっという軽い音を立てると侵入者は光のロープのようなものでぐるぐる巻きになっていた。
侵入者は突然のことにバランスを崩し大きな音を立てながら床に転がる。
「これは……」
「魔道具。必要かと思って護身用に買っておいたの」
侵入者はこれからのことを考え、顔を真っ青にしてカタカタと震えだした。
「俺は、これから……どう……」
公爵家のご令嬢の部屋への夜間の不法侵入。
ナイフを突きつけ脅し、なにより南部の名前を出した……東との関係が、南部の立場が……自分の首一つで許されるのか……。
「安心して、別に公爵には突き出さないから」
「へっ……?」
侵入者は思わず気の抜けた声を出した。
公爵に突き出さないということは正式な処罰を下す気がないとも取れるからだ。
珀は転がっている侵入者に歩み寄り、手に持っていたナイフを取り上げるとベッドの下を指示した。
「悪いけど、ベッドの下に居てもらえるかしら? もし、バレたら……わかるでしょう?」




