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いずれ破棄する婚約関係 ー3ー

 会場に入ると大方予想通りアウェイ感がすごかった。

 入った瞬間ジロジロ見られ、陰口大会が開かれる。


「呪われた子なんでしょ」


 ――コソコソ。


「聖女様を食べたんだって」


 ――コソコソ。


「えー悪魔じゃん」


 ――くすくす。


「褐神様はよくあんな子と婚約を結ばれましたわね」

「お優しい方ですから……きっと、断れなかったんですわ」


 コソコソ……くすくす……。


 一人で参加したときとなんら変わりのない歓迎っぷりだ。

 ……サイアクだな、居心地が悪すぎる。


 周りにバレないように小さくため息をつき響を見た。


「褐神さま、少し外の空気を吸ってきます」

「あっ、あの……」


 扉に手をかけ何とか声をかけるべきか迷っているであろう響を振り返った。


 「――ぜひ、楽しんでくださいね」


 淡々と告げたはずだが響はサッと表情を悪くした。


 ……思ってたより、他人に対して敏感なのね。


 それは小さな嫌味だった。

 八つ当たりと言ってもいいその小さな悪意を響は読み取ったのだ。


 ――私がいたら満足に楽しめないでしょう?

 

 


 ◇




 中庭まで移動するとベンチに腰をかけ空を見上げた。

 月はほとんど見えない。

 新月ではない、あと一日二日で新月かと思うほどほとんど欠けきった月が視界に映った。


「こんばんは」


 突然声をかけられ声のする方を振り返った。

 そこには不機嫌さを丸出しにした少年とふわりと笑みを浮かべる少年が立っていた。


「……こんばんは」


 取り合えず無視は駄目だと思い挨拶を返す。


 嫌でも感じられる憎悪に喉から思わず乾いた笑いが出た。


 まったく、珀が何をしたっていうんだ。


「なんだよ」


 突然小さく笑ったのを見て少年は更に不機嫌さをにじませる。


「いいえ、失礼いたしました。私はこれで失礼いたします」


 すっと立ち上がり彼らの横を抜ける。


 否、抜けようとした。


「……何か?」


 不機嫌そうな少年の横抜けた瞬間勢いよくその少年に腕を掴まれたのだ。

 彼の真っ赤な瞳には困惑の色がありありと浮かんでいる。


「……お前はなんだ?」

「質問の意図が分かりませんが……」


 困惑に困惑を返すと掴まれた腕は勢いよく払われた。


 ……意味が分からない。


 今まで色々嫌味を言われたことはあるが、ここまで直接的に来た人は初めてだ。


 次こそ二人に頭を下げて立ち去る。

 第三王子と第四王子、どこかで会うとは思っていたがまさかここが初邂逅だなんてついてないな。しかも、因縁付けられた。


 休むために出てきたはずなのに蓋を開けてみればほとんど休めていない現実にうんざりする。


 ――まったくどこへ行っても敵だらけなんだから――……。




 ◇




 広間に戻ると響は令嬢たちに囲まれていた。

 流石、地位のあるイケメンだ。


「――でも、お労しいですわ。あの悪魔と婚約だなんて……」


 しかし聞こえてきた会話内容に思わず顔をしかめる。

 こいつら、会話の話題は珀を貶すしかないのか?


「あの、褐神様……っ!」


 遠くから眺めていると一人の令嬢が彼の前に歩み出た。


「もしよければあの悪魔との婚約を破棄して私と婚約致しませんかっ?」


 一人の令嬢がそう言ったのを皮切りに令嬢たちが褐神様に詰め寄っていく。


 ――呪われるかもしれない、食べられるかもしれない、もしかしたら……命を取られるかもしれない。


 その光景には呆れるしかなかった。


 彼女たちは公爵家同士の婚約がどんなものなのか理解してないらしい。


 そもそも、この婚約は我々の意思じゃないし。無視してもいいが……。


 ――それは少し……いや、だいぶ気に入らない。


「あんな子より私の方が褐神さまを……」

「ずいぶん楽しそうな話をしていますね。私も混ぜて頂けますか?」


 そう言ってその集団に歩み寄ると空気が凍った。


 珀に聞かせられないような会話をしていた自覚はあるわけだ。


 その場の空気の変化に気づいていないフリする。


「どうしましたか? お話を続けて頂いて構いませんよ」


 極めてにこやかに……恐らく外でこんな顔したことないという笑みを浮かべ、話の先を促した。


「あっ、いや、その……」

「そんなにも、私には聞かせられないような内容でしたか? ――ねえ、褐神さま」

 

 皆一様に顔色を悪くするのを見て響を見た。


 響はその場にいる誰よりもは顔を蒼白に染めて私を見つめていた。


 そんな婚約者を見て分かりやすいように大きくため息をつき、令嬢たちを一瞥すると集団に背を向け出入口へ足を進めた。

 すると慌てたような足音が後ろから聞こえてくる。


「――おっ、お待ちください! どちらに行かれるのですか……!」

「私は帰らせていただきます。褐神さまはまだ残っていてくださっても構いませんよ」


 そう言うと、響は揺れていた瞳を真っ直ぐ向け告げた。


「……私も、帰らせていただきます。巫さんの婚約者として、一人で帰らせるわけにはいきません」

 



 ◇



 

「あの巫さん。婚約者でありながらあのような……本当に申し訳ございません」


 馬車に乗り座ると開口一番響は私に謝罪した。


「別に、貴方が謝ることではありません。むしろ同意しなかっただけ及第点です」

「同意など……」

「でも、頷きかけたでしょう?」


 グッと黙る響に分かりやすいように息をつく。


「まあ別にいいのです。仕方のない事ではありますから」


 婚約者、次期公爵家当主候補といえどまだ年幅行かぬ子供。


 しかもそこら辺の子供よりも考え方がしっかりしており、人との衝突を避けるため言葉も選ぶ。

 そんな子供に婚約者なのだから周りが何と言おうと庇え、と言うのは少々酷だろう。


 私だって鬼ではない。


「あの、巫さん」

「何でしょう」

「婚約のご挨拶に伺ったときのあの言葉は……」


 ……婚約を続ける気はないってやつかな。


「そのままの意味です。他意はございません」

「……なぜ」

「私はあなたと結婚する気がないと言っているのです」


 ここでハッキリさせておくか、と思い絞り出されるように出された問いに間髪入れず続ける。


「私はあなたといつまでも婚約を続ける気はないし、あなたも私とは出来れば婚約したくない。そうでしょう?」


 口を挟む隙を与えないように言葉を並べ、「それに」と続ける。


「正直面倒くさいでしょう? 私の婚約者というだけで周りの人に哀れまれるのは」

「そんなことは……」


 自信なさげに下を向いていく視線。

 響の綺麗に伸ばされていた背筋は丸く小さくなっている。


「別に心配しなくともあなたの家が立て直すまでは婚約者でいて差し上げますから」


 そこまで言って響から視線を外した。

 二人とも口を開かず馬車の駆ける音だけが響く静かな空間が広がる。


「――……珀さんが、私との婚約破棄を望まれるのは私が不甲斐ないからでしょうか?」

「……はい?」


 しばらく自身の膝の上の手を見つめていた響はゆっくり視線を上げて急にそんな事を言った。


「だって、私は大切な婚約者が悪く言われているというのに庇う事ができませんでした。私が弱いから珀さんは婚約破棄を望まれるのですか……?」


 真っ直ぐ見つめてくる瞳に心の中でため息をついた。

 ……責任感が強すぎるのも難儀な話だな。


「もし仮にそうだとして、あなたに何が出来るというのですか」


 周囲の評価を気にするあまり周りの言葉を否定せず、ただ人の話に同意するだけのイエスマン。

 主人公に出会い、恋に落ち、自分の望みを口にするようになった男の子。

 そういう意味で響は主人公に会っていい方向に変化したと言えるだろう。


 ……だが私には関係のない話だ。


「でも、私は……」

「――褐神様、私は」


 これ以上の会話は不要だと思い響の言葉を遮りふっと、口元を緩め意地悪く笑みを浮かべる。


「信頼できない人をそばに置いておく趣味はないのですよ。今までも、これからも」


 ――お前は信頼できない。


 暗にそう告げると響は少し目を見開き黙ってしまった。


 響から視線を外し、窓から月を見る。


 この少年はいつかきっと珀に牙をむく。


 私にとって大切なのはそれまでに最大限の準備を整えることであり、響が最大限婚約破棄を切り出しやすいフィールドを整えることだ。

 もうこの少年は自分からは関わっては来ないだろう。


 この後、家に着くまでの間響が口を開くことは一切なかった。




 ◇




 前の夜会の際に確かに安心していた。


「こんにちは、珀さん。今日はいい天気ですね」

「……何の、御用でしょうか?」


 頭の痛みを感じながら目の前で素敵な笑みを浮かべる少年に問いかける。


「婚約者に会いに来るのはおかしな事ですか?」


 これは全くと言っていい程予想していなかった事態だ。


「私はあの夜真剣に考えたのです……。私は、強くなります!」


 何の宣言だ、これは……。

 

「そうすれば、あなたの……珀さんの婚約者として認めて頂けますか?」


 ……意味が分からない……なんだこの男。


「……お好きにしてください」


 まさか、大人しいと思っていた婚約者に頭を抱えさせられる日が来るなんて夢にも思ってなかった。


「はいっ! これからどうぞよろしくお願いしますね、珀さん!」


 かくして私はなぜかいつ起爆するか分からない爆弾を抱えることになった。

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