裏切りにくい味方探し ー1ー
部屋で頭の中を整理していると、突然部屋にノック音が響いた。
こんな時間に誰かが来るなんて珍しい。
扉を開けるとそこには公爵の秘書が立っていた。
「お嬢様、公爵様がお呼びです」
*
という呼び出しをされたのはだいたい一年前の話だ。
あの後、呼び出しをされ再度訪れた執務室で告げられたのは勘当……などではなくお食事のお誘いだった。
「お互いが家にいる時はなるべく一緒に食事をとろう」と公爵が視線を彷徨わせながら告げてきたため、困惑が勝り「……はあ」という返事とも取れない返事をしたことはよく覚えている。
何の気まぐれか一緒に食事をとり始めてはや一年、いまだ気まずい食卓に慣れる気配はない。
……もう一年か、時間の流れって早い。
この一年、少しずつだけどこの世界の基礎知識を学んできた。
公爵令嬢に必要なの教養も身に着けてこの世界で生きる準備は万端だ。
そろそろ、家を継ぐために本格的に動き出さないと。
家を継ぐために必要なのは良い経歴だ。
それは魔力保持者のためこの国で一番大きな学園への入学がもう決まっている。
そこでの一定以上の成績、すなわち後は努力次第。
しかし、私がやらなくてはいけないことはそれだけではない。
家を継ぐまでに私が乗り越えないといけない事。
諸悪の根源……原作主人公の策略をどう掻い潜るかだ。
低すぎる評価に、一人もいない味方。最低な噂に、それを信じる人々。
うーん、環境が最悪を極めすぎている。
……まず、必要なのは味方だな。
確か、原作の方だと一人だけだけどお付きがいたはずだ。
公爵がある日突然連れ帰って来たとかなんとか……。
時期は確か、入学の五年前……だった気がする。
今、私は十歳。入学するのは十五歳……ってことは今年の出来事ってことか。
「公爵さま、本日のご予定は?」
「この後は領地を見て回る予定だ……よければ――」
「教えて頂きありがとうございます」
――探るなら今日だな。
◇
公爵の執務室に入るときっちりと整頓されている机の上に無造作に置いてある紙の束が目についた。
迷わず手を伸ばし紙をめくりながら内容を確認する。
どうやら何かの調査結果のようだ。
今までの被害者のリスト。
世界の情勢と照らし合わせたこの先予想される行方不明者のリスト……。
開催場所、毎月月末に開催。主催グループの名前……。
「競売場……ってことは、人身売買ってことか……」
こんなに大事そうな資料を放置って……。
公爵に対する呆れを感じつつじっと手紙のを眺めて内容を覚えることに尽力する。
……確か、お付きって公爵が連れて帰って来た少年だったっけ。
長年競売場を調査し、ようやくしっぽを掴んだ公爵は競売場の関係者を全て捕まえるために開催日に騎士団を引き連れて競売場に乗り込んだ。
その騒ぎに乗じて競売場から逃げ出した少年、その少年を保護という名目で連れ帰り、表向きは珀のお付きとして家で雇った。
恐らく珀の近くに置くことで、少年にも上等な教育を受けさせてあげることが目的だったのだろう。
公爵は珀には見向きもしないのに少年にたいしてはとても甲斐甲斐しく世話を焼いた。
自分には見向きもしない公爵がとても彼を気にしたため、彼女は酷い妬心と劣等感に苛まれた。
いや、恨んでいたと言っても過言ではないだろう。
彼女の欲していた愛情はどこの馬の骨とも分からない少年に全て注がれたのだ。
そのためか珀は誰に対してもオドオドしていたがその少年に対してだけは酷く素っ気なく強気だった。
主人公はそんなお付きに対する珀の態度を見てお付きを不憫に思い声をかける。
「貴方のご主人様が随分と素っ気ないけど大丈夫?」と。
そんな珀の唯一のお付き、遠くの国の元貴族。
その名をリアン・シェフラと言う。
なるほど、今ちょうどその時期か……。
思い出したことを頭の中で咀嚼しながらこれからの事のに思考を割く。
公爵が連れ帰ってくる表向きのお付き。
たしかにお付きではあったが彼は珀に関心がなかった。
公爵へ恩返しの一環として珀に仕えていたにすぎないのだ。
正直、不穏因子だけど……でも、これからの事を考えるとお付きは欲しい。
しかし、公爵が連れて帰って来ると彼は公爵に忠誠を誓う。
それは都合がよろしくない。
近くに置く人はちゃんとした味方じゃないと安心できない。
ただでさえ敵が多いのに味方の裏切りにまで怯えたくはないよなあ。
――……自分で、迎えに行くか。
彼の言っていたご恩とは行くところの無かった自分に仕事を与えて面倒を見てくれた事だった。
私が迎えに行って、私が連れ帰って、仕事を与える。
そうすれば少しくらいは恩を感じてくれる、はず。
つまるところ恩を売りにいくのだ。
生憎、珀に対して何か言ってくる人はこの屋敷にはいない。
勝手に出かけても何も言われないのは確認済みだ。
――さて、お付きを迎えに行くための計画を立てますかね。
▽
物語の中盤、珀が体調を崩して寝込んでいる日に主人公はリアンをデートに誘う。
その時、リアンはなぜ自分が珀に仕えているのかと言う話をした。
曰く、公爵への恩返しらしい。
珀を裏切ることは公爵を裏切ることと同義であるため主人公の手を取ることは難しいと。
だが、そんな事で引き下がるような主人公ではない。
主人公はリアンの手を取り告げるのだ。
リアンが一度公爵の手を取った橋の上で……リアンの運命を変えたこの場所で。
――私が悪魔の手から解放してあげる、と。
◇
また、ここ……。
目を開けるといつか見た真っ白な部屋に立っていた。
前に来た時と同様に驚くほど殺風景で、何もなかった。
前とは違い確かに何かに呼ばれている気がしてそっちに向かって足を進める。
そこには、やはりベッドの上で少女が丸くなっていた。
「こんにちは」
なるべく威圧感を与えないため、声を和らげて挨拶をする。
幼い少女はぴくっと肩を揺らすと顔を上げた。
黄金色に輝く瞳と目が合う。
「――だれ……? どこに、いるの……?」
しかし、それはすぐに逸らされてしまった。
彼女は不安そうに周りを見回す。
「……もしかして、私のこと見えてないの?」
そう問いかけると、少女は不安そうに小さく頷いた。
不思議に思い自分の体を見下ろすと、そこには何もなかった。
……あると思い込んで確認を怠った私の落ち度ね。
いや、でも。普通ここまで意識がはっきりしてたら体付属だと思うでしょ。
「ごめんなさい、わたし……」
だんだんと涙目になっていく少女に慌てて歩み寄る。
「謝らないで。どちらかというと、謝るべきは私ね」
幼い子供を慰める気持ちで少女の頭に手を伸ばした。
実態は見えないが、触れることは出来るらしい。
「あなたの名前を教えてくれる?」
濡れ羽色の髪を優しく撫でなる。
「……わたし、は……はく……あなたは?」
目の前の少女……本物の巫珀と目を合わせる。
まあ、目が合ってると思っているの私だけだろうけど。
「初めまして、珀。私は――……」
名乗ろうとして気が付いた。
私の名前ってなんだっけ……?
てか一年間あって気づかないとかマジか。
言葉を途中で切ったせいで、珀が不思議そうに首を傾げている。
「――えっと、私はI」
咄嗟とはいえ、すごく適当な名前を名乗ってしまった……。
いや、IかMyで迷ったんだよ、これでも一応。
「あい……?」
「そう、気軽にⅠさんとでも呼んでほしいな」
そうやってひと押しすると、珀は小さく頷いた。
「よろしく、お願いします……あいさん」
少し恥ずかしそうに目を伏せながらもチラッとこちらを伺うさまはまるで小動物のようだ。
……よし優しいお姉さんキャラで行こう。
だってこの子とは仲良くしておきたいじゃんね。