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パーティーの日はすんなりとやってきた。
婚約者という明確なパートナーがいる社交の場は初めてだった。
響に手を取られながら会場までの道を進む。珀はちらりと伺うように響を見た。
響はまっすぐ前を向いて歩いている……ほかの場所をみる余裕なんて存在しないと言わんばかりに。触れている手は震えていた。
「……よろしいですか?」
大きな扉の前で立ち止まり響は珀を振り向いた。その瞳はどこか頼りない。
扉の向こうからは子どもたちの話し声ががやがやと聞こえてきていた。
「はい、いつでもどうぞ」
珀はまっすぐ響を見た後、前を向いた。扉の向こうを見つめるように。
響が扉に立っている使用人に目配せすると扉が開いた。
上等な服をまとった子どもたちがみなグループを作って楽しそうに会話をしている。
珀は一歩踏み出し会場に足を踏み入れる。その瞬間――音が消えた。
そこにいた子どもたちはピタッと話し声を止め珀を見たのだ。
見渡す限り目、目、目、目……どこを向いても誰かと視線が合う。
珀にはその静寂がとても長いものに感じられた。
例え実時間三秒に満たない僅かな静寂だとしても、彼女にとって息苦しさを感じるには十分な時間。
しかし、子どもたちはすぐにお喋りへ戻っていく。話題は今登場した“悪魔”について。
その話題が、その嘲笑が、その悪意が……すべて珀の耳に届いた。
「呪われた子なんだって」
「聖女様を食べたんでしょー」
「悪魔らしいよ」
「なんであんな子が響様と婚約を……」
「聖女を食い殺した悪魔なんでしょ? やばくない?」
不愉快な話題、くすくすと押し殺した笑い声が、ひそひそと囁く声が、なにより子どもたちの悪意のない悪意が珀の心を土足で踏み荒らしていく。
「……きもちわる」
小さな声で、零すように。珀の口から出たのはたったそれだけだった。それ以外の表現方法を持ち合わせていなかった。
「あの、珀さん……」
気遣うように響は珀に話しかける。
しかし、珀は響に背を向けると今しがた入ってきた扉に手をかけた。
「すみませんが、少し外の空気を吸ってきます」
「あ、あの……」
ちらちらと周りの視線を気にしつつも、心配そうに珀を見る少年。
少女はそんな少年に比較的にこやかに微笑みかける。
「ぜひ、楽しんでくださいね」
その一言で響はサッと顔色を悪くした。
珀の微笑みはひどく美しいものだった。
普段表情がないからこそ、その表情一つ一つが新鮮で目を奪われる。
しかし珀の行動は八つ当たりにも等しいものだ。
そこに付随する悪意をなるべく感じさせないように優しく包んで少女は響に投げつけた。
しかし響はそこにある小さな悪意にすら過剰に反応した。
繊細な少年、自分の意思すら親に話せない。
もし、話すことが出来ていたのなら彼はきっと、悪魔ではない普通の少女と婚約していただろうに。
珀は中庭まで移動するとベンチに腰をかけ空を見上げた。
月はほとんど見えない。新月ではない、あと一日二日で新月かと思うほどほとんど欠けきった月が視界に映る。優しい風に頬を撫でられ、少女はようやく肩の力を抜いた。
舞踏会と聞いていい予感はしていなかったがここまでとは……子ども無邪気に異物を排除しようとは悪気なくナイフを振りかざせる。子どもたちの不愉快な笑い声が耳にこびりついて離れない。
もし、あれがずっと行われていたのだとしたらきっと珀は……。
思考にふけっているとコツコツと足音が珀の耳に届いた。
振り返るとそこには少年が一人。
「……こんばんは」
少女は相手を観察するように見ながら挨拶をした。
深海の様に真っ青な髪に真っ赤な瞳。
少年は珀に気づくと眉をひそめて足を止める。
「……なんだよ」
あまりにもジッと見つめすぎたのか少年は瞳を鋭く細める。
「いいえ、失礼いたしました。失礼させていただきます」
珀は視線をスッとそらし頭を下げて彼の横を抜ける。……否、抜けようとした。
「……何か?」
珀が少年の横抜けた瞬間、少年は勢いよく珀の腕を掴んだ。
彼の血のように真っ赤な瞳には困惑の色がありありと浮かんでいる。
「……お前は、なんだ……?」
「質問の意図が分かりませんが……?」
そうしてしばらく見つめあっていると少年はつかんだ腕を乱暴に振り払った。
「……失礼いたします」
顰めそうになる顔を律して頭を下げて珀は立ち去る。
会場に戻る最中、少女は思考を巡らせた。
第三王子……今日顔を合わせるとは思っていたがまさかここが初邂逅だなんてついてない。
いや、珀自身は会ったことがあるのだが中身が少女になってからは一度も会っていないのだ。
廊下を歩く珀の脳裏には先ほどの少年の困惑した表情がよぎる。
あの時、彼は確かになにかに戸惑っていた。
そしてその原因が気になって珀の腕をつかんだ。そこまではいいだろう。
ただ、珀と彼に接点なんてあっただろうか?




