34.脱出
「マリオン!」
「アンリ兄様! ごめんなさい、見つかってしまったわ」
「いい! お前が無事ならいいんだ!」
そうこうしていると、ジョンさんがロープを使って塀を越えてきた。
「ジョンさん!」
「潜入している他の者たちも、この騒ぎに乗じて脱出することになっております! 行きましょう!」
「はい!」
誰にも見つからず計画が遂行できた場合はそのままで、見つかってしまった場合は全員退避。これは、あらかじめ決められていた。他の人たちの脱出経路も確保されているので、問題ない。
私たちは馬車のある森まで駆け、私は馬車に、アンリ兄様はジョンさんと馬に乗り、すぐに出発。最大限にスピードを上げ、あっという間に森を抜ける。
(追手は来ていないようね。見つかったのが一人でよかった……。数人だと、かなり厄介だったわ)
あの男はコウモリまみれになり、全く動けなくなっていた。一匹一匹は弱くても、数が寄ればたまったものではない。
敵とはいえ……ちょっと気の毒だったかも。自分に置き換えるとゾッとする。絶対に嫌だ。嫌すぎる。
男の姿を思い出して身を縮めると、向かいにいたレオナード様が、私の隣に移動してきた。
「レオナード様?」
「ごめん、マリオン」
「え……」
次の瞬間には、私はレオナード様の香りに包まれていた。
すっきりとした柑橘系の匂いに、先ほどまで脳裏を占めていた男の姿がどこかへ飛んでいってしまう。
「今回ほど、自分の立場を呪ったことはない」
「……」
耳側で囁かれる切なげな声に、私の心臓がドキリと音を立てた。
「あの、レオナード様、離して……」
「嫌だ」
「……っ」
「……ごめん、少しだけこのままで」
「……はい」
私は、レオナード様に抱きしめられていた。思いのほか強い力に、頭がクラクラしてくる。
(え? 今どういう状況なの? え? これって、どういうこと?)
クラクラしつつ、パニック状態。もう何が何だかわからない。しかし、そんな中でも私は、今伝えなければならない言葉を口にした。
「……申し訳ございませんでした」
「どうして謝るの?」
「私、見つかってしまって……」
あの男は、私の隠密には気づいていなかった。でも、何故かあそこにいた。理由はわからないけれど、男は私たちの動きを察し、後をつけるなりなんなりしていたのだ。これは失態である。
「マリオンのせいじゃないだろう?」
「でも……」
ぎゅう。
レオナード様の腕に力がこもり、更に強く引き寄せられる。
(まままま、待ってください、レオナード様! 励ますにしてもっ、これはあまりにも! あまりにも刺激が強すぎますーーっ!)
プシュウ、と頭から湯気が噴き出てきそうだ。
くったりとする私を抱きかかえ、レオナード様は後を続けた。
「誰にも気づかれずに達成できればいい。でも……」
「……?」
「それが難しいだろうということも予測していた」
なんということだろうか。レオナード様は、高い確率で見つかってしまうことを想定していたのだ。
「誤解しないでほしいんだけど、マリオンや諜報部員たちの力を信じていなかったわけじゃない。それより、あちらの戦力がかなり厄介だろうと思ったんだ。優れたスキル持ちがいるかもしれない。だとすると、見つかる可能性はそれなりにある。……禁止薬物の原料となる実を他国に売ろうとするような輩だ、対策は幾重にも施しているだろう」
私も、ある程度その可能性を考えてはいた。それでも、レオナード様ほどではない。
(あぁ、だから……)
「私が実を採取すると言った時、だからあんなに……」
「思わず怒鳴ってしまって、悪かったね」
「いえ、とんでもございません。私が……楽観的だったのです」
私以上に危険を感じていたレオナード様。だからあの時、あんなに声を荒らげたのだ。
「本当は、マリオンと一緒に行きたかった。何があったか知らないが、敵とやり合ったのだろう? ……助けに入りたかった」
そう言って、レオナード様は私の頬に触れる。そして、表情を歪ませた。
「クソッ……。俺が次期当主なんて、面倒な身でなければ……」
「そんなこと言わないでください!」
私はレオナード様から身体を離し、彼の顔をじっと見つめる。
「マリオン……」
「オルブライト侯爵家の次期当主がレオナード様だから、この先も安泰なのです! 未来の侯爵家の繁栄を確信しているからこそ、アイリーン様も安心してサザランド公爵家へ嫁ぐことができるのです! だからっ……だから、そんなこと言わないでください!」
面倒な身だなんて。今回、待つしかなかったことを後悔しているのだろうが、そんな必要はないのだ。
「ほら、見てください、レオナード様」
私は、懐に忍ばせていた袋を取り出してレオナード様に見せる。
「無事、採取できました!」
「マリオン……」
「これから、向こうは警戒してくるでしょう。畑は潰してしまうかもしれません。でも、これがこちらにある限り、私たちは負けません。ダニング侯爵に「これでどうだ!」って、堂々と証拠を突き付けてやりましょう!」
私がそう力説すると、ようやくレオナード様に笑顔が戻った。今度は緩く抱きしめ、私の耳元で囁く。
「まったく……マリオンには敵わないな」
その艶やな声に、私は完全にノックアウトされてしまう。
「可愛いね。……本当に敵わない」
邸に到着するまで、レオナード様はずっとそのままだった。向かいに移動することなく、隣に。私を……抱きしめたまま。
そして、到着を待ちかねていたダンさんにそれを見られ、夜中にもかかわらず叫びそうになった私の口を塞いだのは、複雑な表情のアンリ兄様だった。
(み、み、み、皆に見られたああああっ!)
なんだかもう、いろいろとんでもない。
私はフラフラしながら部屋に戻り、エルシーさんを起こさないように気をつけ、ベッドに潜り込む。
もうだめ。無理。頭が爆発しそう。私は布団の中で小さく丸まり、無理やり眠りにつくのだった。




