33-2.潜入(2)
本日2回目の更新です。
注意深く歩みを進めると、やがて甘い匂いがしてきた。目をこらすと、赤い実が見える。
見れば見るほどラズベリーと区別がつかない。私は身を屈め、その実にそっと触れた。
(ラズベリーよりも固い。ロメロの実で間違いないわ)
念のため、葉も一緒に採取する。それを用意した袋に入れ、上着の内ポケットに忍ばせた。そして、立ち上がって周りを窺い、危険がないことを確認する。
(うん、大丈夫。誰もいないわ)
人の気配はしない。けれど、隠密は解かずに畑を離れる。そして、集合場所である大木へ向かった。
そこには、ラックさんとは別の諜報部員さんがいるはずなのだ。彼に、アンリ兄様にしてもらったように踏み台になってもらって、外に脱出する手はずになっている。
大木の場所まで戻ると、人の気配がした。私は、先ほどと同じ合言葉を口にする。
「アカ」
「ミ」
その時だった。
「何者だ!」
「!」
私と諜報部員さんが驚いて振り返ると、そこには一人の男が立っている。
(いつの間に!? 他に人の気配なんてなかったのに!)
男はじりじりと距離を詰めてくる。
「逃げてください。彼は厄介です」
諜報部員さんが小声で呟き、塀の側に行こうとする。でも、私はそれを止めた。
「ここで逃げても彼は追いかけてきます。まずは異変を知らせないと」
「何をこそこそ話しているんだ! お前、どこの間者だ?」
男は更に近づいてくる。
隙をつこうにも、その隙がない。ただ歩いているだけなのに、戦闘力の高さが窺えた。
たぶん、彼が索敵のスキルを持っているだろう男だ。このまま逃げたとしても、彼の動きを封じない限り逃げ切れない、そう直感した。
(現状じゃ、私の隠密が破られたのかどうかわからない……)
姿を現してから声がしたので、スキルの力関係はわからない。スキル発動時にも私が見えていたのか、見えていなかったのか。
それにあの男は、自らが声を出すまでこちらに一切気配を察知させなかった。これは、とても一筋縄にはいきそうもない。
私は意を決し、笛を吹こうとした。が、即座に遮られる。ナイフが飛んできたのだ。私は間一髪でそれを避ける。
「おかしな真似をするな。……女、お前の目的はなんだ? それに、そこにいるのは……ジョンか。数ヶ月前に入ったばかりの下男だな。お前ら、いったい何を企んでいる?」
「……っ」
男がそう言った瞬間、諜報部員さん──ジョンさんが攻撃を仕掛ける。男がそれを躱す隙を狙い、私は思い切り息を吸い込み、笛を吹いた。そして、戦いに加わる。
「チッ! 女も戦闘員か!」
「二対一じゃ、分が悪いわねっ」
二人がかりの攻撃にも男は対応し、向こうからも仕掛けてくる。
なるほど、彼は相当できる。でも、たった一人で声をかけたのは悪手だった。応援を呼ぼうにも、私たち二人を相手にしてはかなり困難だ。こちらとしても、そうさせるわけにいかない。
ジョンさんの蹴りを躱し、バランスを崩す男に殴りかかるが、その手は強く振り払われる。隠密を使って姿を消し、背後から攻撃しようとしても、寸前で躱される。
(隠密が効いていない……?)
「どう……なってんだっ……! いきなり消えたり、現れたりっ! なんてっ……速さだっ!」
(あ、効いているみたい。動きが速すぎて消えたように見えるって勘違いしてる)
隠密スキルが破られていないことに少し安堵しつつも、攻撃の手は緩めない。
彼を逃がすわけにはいかないのだ。他の人間を呼ばれると、面倒なことこの上ない。必ずここで倒さなければ!
「なん……だ……」
戦闘の最中、彼が突然視線を上に向け、驚愕の声をあげた。それに反応し、私とジョンさんも空を見上げる。
空が黒い。いや、夜なのだから当たり前だが、そうじゃない。
「うわ……気持ちわるっ」
思わずそう呟いてしまった。
だって、ものすごい羽音を響かせながら、コウモリが空を覆っていたのだから。
私は込み上げる恐怖心に抗いながら、再び笛を吹く。すると、コウモリたちが一斉にこちらに向かって飛んできた。
(うわーーーーんっ! 怖い! 不気味! 気持ち悪いーーーーっ!)
私は心の中でそう叫びながら、隙を見せた男の背後に回って動きを封じる。そして、また笛を吹いた。
「おい、なんだ! 放せっ! うわっ! こら、来るな! 来るんじゃねぇっ!」
コウモリたちは、笛の音に向かってやって来る。音を出している私の元へ。それはつまり、男のところへ──。
「ぎゃあああああっ!」
コウモリたちが男に群がった瞬間、私はその場を離れる。
「ジョンさん!」
「はいっ!」
ジョンさんは塀に寄って、腰を屈めて手を組む。
「すぐに後を追います」
「お待ちしていますっ!」
私は助走をつけて、ジョンさんの手に足をかける。そして空を飛び、塀を越えた。
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