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後編


 彼の優しさが恨めしいと、初めて思った。


 どうして、そんな貧乏くじばかり引くの。幼い頃だってそうだ。私なんてかまう必要はなかったのに、私が彼にくっついていくから、私の子守なんて引き受ける羽目になった。挙げ句襲われて大怪我まで負って、ついにはこんな……。

 私のことで、彼はいつも損ばかりしている。

 彼の優しさが苦しい。愛されていないことが苦しい。助けてもらうくせに、ずっと大好きだった彼と結ばれるというのに、それを恨めしく思う自分の狭量さが情けない。


 お兄様が助けてくれるのは良い。お父様もお兄様も私のために犠牲の出るような無茶はしない。家族としての最善は尽くすけれど、貴族の立場で行使する力は領民を危機にさらすと分かっていて使える物ではない。私一人と多くの領民とを天秤にかけたとき、領民をとるとはじめから言っていた。当然だ。それが彼らの命を預かる私たちの責任だ。そして誇りでもある。ということは、今回のことも、決して領地に大きな被害を受けない道があるということだろう。

 じゃあ彼は? なんの利益があるというのだ。一番危険な役割を引き受け、好きでもない女を嫁に迎え、国に対する爆弾わたしを抱えて。

 彼が引き受けたのは、妹分に対する情だけではないのか。彼の好意につけ込んでいるだけじゃないだろうか。

 部族と辺境伯が手を組むのは、あの土地を守るためだ。決して私たちを守るためではない。これは、あまりにも彼にとって不利益すぎるのではないか。


「……ラングは、良いの? だって、こんなの、面倒を押しつけられるだけになるわ。子供の頃、面倒見ただけの私のために、そんな……」

 訴える声が震えるのを抑えられなかった。そんな私の心を軽くするかのように、彼は軽く笑い飛ばした。

「おいおい、お前が言ったんだろう、俺の嫁に来ると。お前が大人になるまで、他の女と結婚するなと。俺の嫁を俺が助けるのは当然だろうが」

「……だって、ラング……!!」

「……すっかり、頭でっかちになっちまいやがって」

 ラングは困ったように苦笑した。

「だって、私の立場には、責任があるもの……!! それを分かっていながら子供みたいに、欲しいものを望んでかなえるなんて許されない。隣国との関係も、王家との関係も、だって、私は……」

 欲しいものを自分勝手に望んでかなえれば、そこでしわ寄せが来るのは、民なのだ。私たちを支えてくれる辺境の民に、そのつけが回ってくるのだ。簡単に望んで良いわけがない。



「ジョセフがな、この国、護りがざるだと、お前に会いに行くたびにこぼしていてな」

「え?」

 彼の突然の話に、頭が付いていかない。混乱する私を軽くいなしながら、彼はかまわず話を続けた。

「最近なんて、せっかく辺境伯が、隣国の様子がおかしいと報告しているにもかかわらず、功を欲しがってでっち上げをしていると難癖をつけてくる始末で、全く話にならないそうだ。それだけならまだしも、王都の警備もまるでなっていないんだと。賄賂が横行し、下々まで腐敗していると」

 それは、私でも知っている。でもそれが、どう関係あるのか分からず、さっきまでの話を反芻するが、結局ラングが何を言いたいのかつかめなくて混乱する。


「門番の態度、見ていただろう。賄賂だよ。城壁なんてあったとしても、なんの役にも立ちやしねぇ。俺が門番に「お貴族様の鼻をあかしたいんだ。俺が逃げるまで門を閉めるな」とちょっと多めに金を持たせた。たったそれだけで国の護りを売るほどに、この国は退廃している」

 あり得ない話に、あっけにとられる。それはお兄様が怒ってもおかしくはない。いくら辺境が頑張って国防に力を入れても、国の中央がそれでは、何の役にも立たない。


「これから、面白くなるぞ。ジョセフは国の態度が相当腹に据えかねていたからな。警備があれだけ足りないと言っていたにもかかわらず、その警備を怠った。あまつさえ辺境の姫を奪われたんだから、国の責任を問うだろうな。親父さんも、ジョセフも、国への賠償を求めることになるだろう。そして姫を攫った者だが……、まもなくそれも賊を装った隣国の傭兵ということが判明する」

 私の誘拐を、とことんまで有効に使うつもりなのだと分かって、お兄様らしいと、少し呆れて、それからほっとした。

 私から力が抜けたのを見て取り、ラングが私の頭を撫でる。

「あれだけ隣国の動きがおかしいと言い続けたにもかかわらず、怠った国の失態を指摘して、できるだけ辺境の要求をのませるように持って行ければ上出来だ。その後にこれは国と辺境伯との関係をこじらせるための、隣国の罠だと訴えれば、国も重い腰を上げずにはおれんだろう」

 私が結婚から逃れることは、辺境にとって無駄にはならない……その事実に、これまで渦巻いていた不安がようやく落ち着いてくる。

 といっても、ラングが(やっかいごと)を押しつけられることには変わりないのだけれど。

 まだ聞かなければいけないこと、知りたいことがたくさんある。領地の政に関わることのない、女の私に、大まかであるとは言え、これだけの情報を教えてくれたこともそうだ。そもそも、ラングの気持ちが分からない。

 なぜ好き好んで、好きでもない女(やっかいごと)を押しつけられようとしているのだろう。確かにラングの嫁の立場は私たちには都合が良い。部族にも、婚姻による確かなつながりがあるのは有益だろう。けれど総合的に見て、うまみは少ない。

 安心したのもつかの間、落ち着かなくてそわそわする私を、ラングは別の意味にとったらしい。


「セリーナ。お前の略奪は起爆剤だ。お前が気に病むことは何一つない」

 私は首を横に振った。私は全て自分にとって良い方に話が進んでいる。でも、ラングはそうじゃない。

 それをどう伝えれば良いか分からず、首を振ってそういうことではないと訴える。

 しかし、言葉にならない想いは伝わらない。

 ラングは溜息をつくと、顔を軽く顰めた。


「……むしろ、お前はもっと怒れ。自分を辺境を守るための駒にしたと、部族の都合を優先したのだと。お前を最も効果的に使える今まで助け出さなかった薄情な俺たちをなじる権利が、お前にはある」

「怒るだなんて……っ」

 慌てて私は首を振る。私は、現状に耐えるぐらいしかできなかった。大変だったのは、お兄様や、お父様だ。怒って良いのは、私じゃなくて、ラングの方だ。

「ラングこそ、なんで、怒らないの……っ 私のせいで怪我をして、私のせいで危険な役目を背負って、私のせいで結婚まで決められて……っ さっきから、ラングは、私のことばかりじゃない……!! なんで、ラングがそんな役目を背負わなきゃいけないの? 私は、ラングを大変な目に遭わせたくないのに……」

「別に、大変じゃねえよ。こんなかわいい嫁さんのために良いとこを見せようとするのは、男なら当然だ」

 苦笑しながらまた頭を撫でられて、その子供扱いが情けなくなる。五年ぶりに会ったというのに、彼の中で、私は十三の子供のままなのかもしれない。


「俺が、お前を助けたかったんだよ。他の誰かにこの役割を明け渡す気はなかった。ジョセフから聞いている。……五年間、辛かっただろう。お前が耐え続けてくれていた五年間を、ジョセフも親父殿も分かっていて、それを強いてきた。糞野郎ばっかりだったそうじゃないか。虐げられてもお前は弱音すら吐かず、心を歪ませることもなかった。そんなお前を、二人とも誇りに思っている」

 思いがけない言葉に、一瞬息が止まった。

 隠していたのに、お兄様達には、知られていた?

 思い出すのは、大丈夫と笑う私に苦しげな表情をしていたお兄様とお父様の姿だ。もしかして二人は、私が思う以上に、助け出せずに苦しんでくれたのだろうか。

 それを聞いたラングは、一緒に憤ってくれていたのだろうか。ひどい別れだったのに、気にかけてくれていたのだろうか。

 苦しいばかりだった五年間が、少しだけ報われた気がした。

 ボロボロとこぼれる涙を必死で堪える。

「よくがんばったな……迎えに来るのが遅くなった。すまない」

 彼が頭を下げた。私は、声も出せないまま、歯を食いしばって首を横に振った。

 震える身体が、大きなラングの身体に包み込まれた。閉じ込められるように抱きしめられ、それに甘えて胸元に顔を埋め、あふれる涙を隠した。

 

「……セリーナ、おそらく辺境はこれから隣国との関係の悪化が表沙汰になるだろう。族長の息子に嫁いだら苦労することは目に見えている。こんなこぎれいな服なんざ、着れやしねぇ。……だが俺は、お前が欲しい。セリーナ。名前を捨てて、俺の元に来い」

 初めて、ラングが私を欲する言葉を告げた。でもそれは、私に気を遣わせないための言葉だと思った。

「……そんなに、上手くいくわけ、ない。あの国の状態なら、そこまで辺境の重要性を重視しない可能性があるもの。私をお嫁さんにしたら、ラングが大変な思いをするわ」


「バカだな、上手くいかせるんだよ。どちらにしろ隣国は戦の準備を始めている。国がどう動こうが、そこは変わりない。国が辺境伯の言葉を信用しないのであれば、部族と辺境は同盟を組み国から離脱する。そうなると、隣国にとって俺たちを相手にするのはうまみがない。喜んで俺たちを素通りして、国を制圧するだろうよ。一時的に見逃されるだけとなるだろうが、それでもその間に対策はとれる。ジョセフ達もかわいい娘を食い物にするような国と共倒れはまっぴらごめんだとよ。……時間はないからさっさと覚悟を決めろ。どっちに転がろうが問題はない。だが、お前が王子と結婚したいというのなら……」

「絶対いや!」

「だろう? ほら、さっさと嫁に来い」

 私はラングを心配しているのに、これじゃ、私のわがままで渋っているようにしか聞こえない。私は、彼が好きだから、幸せになって欲しいのに、私と結婚するだなんて、ダメだ。


「でも、ラングは、私のこと、女として好きじゃないもの!!」

 なのに、口をついて出たのは、私の身勝手な思いだった。

 呆れたのだろうか。直後ラングの動きが止まった。目を見開いて、私をまじまじと見る。

 抱きしめられたまま、何をラングから言われようとも覚悟を決めて受け止めようと、きゅっと唇を噛みしめる。

 なのに彼はぽかんと口を開いて、それから何かを言いかけて、また止まる。抱きしめていた手がほどけて、手を上げて、下ろして、それから髪をガシガシとかきむしった。


「……一目惚れだ」

 うめくような低い声が、苦々しい表情をする彼の口からこぼれた。

「え?」

「確かに、元々は年の離れた妹分を助けるつもりで、俺はいた。嫁にもらうのがお前なら、別にそれも悪かねぇと思った。ジョセフから聞くお前は、今も変わってないと思ったからな。変わってねぇなんて、とんでもねぇ間違いだった。……お前を見た時、奪うと決めたのは、部族のためでもジョセフのためでもない。俺のためだ」

 ラングの、ため?

 意味をつかみかねて、苦々しい顔をして話す彼の顔を見つめていると「今俺の顔を見るな」と言って、頭を抱き込まれた。

 胸元に顔を押しつけられて、ラングの胸元から聞こえる鼓動に息をのむ。私と変わらないぐらい、ラングの鼓動が早い。

 たまらず顔を仰ぎ見ようとしたが、それは彼の腕によって遮られた。

「かわいい妹分のために一肌脱ぐつもりだったのに、そこにいたのは、驚くほど綺麗な女だった。故郷のために、逃げたい心を押し殺して、前を見て胸を張る、強い目をした、最高に綺麗な女だった。俺は確かに幼いお前を知っている。その心根も本質も知っている。その上で、今のお前に惚れた」

「……嘘。私に気を遣ってるんじゃ、ないの……?」

「俺はそんなことはしねぇよ」

 そっと顔を上げると、今度は邪魔されず、彼の顔を見ることができた。


 耳を赤く染めて、しかめっ面をするその厳しい顔つきに彼の本心が垣間見えて、ぼろりと涙がこぼれた。

 子供の頃でさえ、彼が私に嘘をついたことなんて一度もなかった。適当にあしらっているようで、その言葉の中に嘘があったことは、一度だって。

「……っ、うん、うんっ、ごめんなさい、周り、嘘つく人ばっかりで、思ってもないことを平気で言う人ばっかりで……ラングは、そんな嘘、吐いたことないのに……っ」

 その大きな身体に抱きつく。私を守ってくれる、逞しい身体だ。この人は、誰よりも信じていい人。


「いい、気にするな。それはお前が自分を護るために身につけた物だ。俺はそんな今のお前に惚れた。……ただ、これからは俺を疑うな。俺がお前のために動くことを気に病むな。お前は俺が守る。それを拒絶するな。お前を護るのが俺の誇りだ。セリーナ、嫁に来い」

 彼の言葉が、じわじわと胸の中に染み渡っていく。言葉も出せないまま、何度も何度もうなずいた。

 私の髪を撫でてくれる手の動きは優しくて、涙で声を詰まらせながら、必死で声を絞り出した。

「なる……、私、ラングのお嫁さんになる……!!」

 抱きつく私を抱えて、彼はほっと息を吐く。堅かった身体が、一瞬ふっと弛緩した。

「最初から、そう言やぁ良いんだよ。今は兄貴分で良い。だがもう一度お前に惚れさせてやる」

 抱きついたままの私の頭を、ぐりぐりと彼が撫でる。

 私の気持ちはずっと変わってないと言おうとして、ふっと笑う彼の吐息に一瞬聞き惚れた。

「まあ、逃すつもりはないけどな。これだけの事情を知ることが許されるのは、俺がいない時に部族を預かる妻ぐらいだろう? ここまで聞いておいて無関係な立場でいられるとはまさか思ってないよなぁ?」

 ニヤリと悪そうな顔をして私をのぞき込むラングに、幸せな気持ちでいっぱいになった私はつられて笑う。

「私は、子供の頃からずっと、あなた一筋よ……!」

 そう言って、かがむラングの両頬をとらえ、背伸びして口づけをした。



 先は見えない。このまま私自身の問題はやり過ごすことができたとして、そこから先は明るいだけの未来でもない。お兄様もお父様も、これからのことで忙しくなって、私のことどころではなくなるだろう。きっとそれはラングも同じ。でも、ずっと欲しかったこの人は、これから先もずっと一緒にいてくれる。約束されたのはそれだけ。でも、それだけでこれから先の全てに、耐えられる気がした。



「こうしてる暇はねぇな。このままお前を抱きしめていたいが、今は少しでも王都から離れたい。ちぃっとばかし無理をするが、夜通し走るぞ。……できるな」

「もちろんよ」


 辺境に戻るための旅支度を終え、ラングが差し伸べる手を取った。

 これから私は、奪われて逃げるだけの花嫁で終わるつもりはない。あなたの隣に立つために、自分を誇れる女性になるために、私も頑張るから。


「行きましょう」

 私は笑って外へと一歩を踏み出す。外はもう暗闇だ。けれど、明けた先に、開けた未来があると信じて、あなたの背中を追いかけてゆく。












イラストの胸を突くような一瞬を描けているかは、自信がありませんが、イラストを見ながら、「こういうのが描きたかったんだなぁ…」って思って、イラストの力で持って、イメージを爆上げしていただければ幸いです(他力本願)

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