第三十五話 『ブレイク・アウト』 7. ブレイク・アウト
思いもよらぬ事態に、最強艦隊は狼狽していた。
突然すべての通信網が遮断されたからだ。
動力源にはさほどの影響はなかったものの、それをコントロールする回路が大ダメージを受け、合同艦隊は暗闇の中沈黙することとなっていた。
「これはどういうことだ!」
切迫した表情を差し向ける偉大なるリーダーに、焦燥を押さえ込み作戦参謀が受け答える。
「わかりません。ですが、我が艦隊はもはや動くことすらままならない状態です」
「パルス兵器か」
側近の問いかけに作戦担当が困惑の表情を向けた。
「いえ、それとは違うようです。ですが回路は広範囲に渡って使い物にならなくなっている模様です」
「メガルがやったのか!」
「いえ、そうでもないようです。傍受していた担当者によると、同じ頃彼らの連絡も途絶え、その直前にパニックになる様子がうかがえたとのことです」
「ならば……」側近が生唾を飲み込む。「セパルのしわざか」
「……」
艦内の喧騒とは対照的に、消沈する司令室。
それを振り払うように、リーダーは声を張ってみせた。
「落ち着け。これしきのこと、我らにとって何をうろたえるものか。復旧までのメドは」
「三十分。完全には一時間というところです」
「すべてでなくていい。最小限の復旧を急げ」
「代替回線の確保には五分あれば足ります。ですがそれ以外は何もできません」
「すべてが麻痺しているわけでもあるまい。確認を急げ」
「しかしどうやって……」
「通信網は一つだけではない。海兵ならば常識だろう」
「よし、緊急コードにのっとって、合図を送ろう」側近が覚悟を決めた顔を見せた。「これはチャンスです。向こうの通信網も麻痺している状態ならば、侵入もたやすい。まずすべきことは、ドラグ・カイザーのベースとなる輸送艇を差し押さえることです。今なら何をしても、彼らの耳には届かない」
「よし、わかった」リーダーが決断を下す。「セパルの出現と同時にメガルの輸送艇を拿捕。その後に、エルキャック部隊を展開させる」
シールズの精鋭は音も立てずに、停泊中のメガルの揚陸艇に接近していた。
アイドリング状態のエンジン音だけが響く船舶の甲板に目がけフックを撃ち込み、訓練を重ねた隊員達が一匹の蛇のように一糸乱れぬ連続行動を見せる。
しかし、先頭の合図と共に操舵室に乗り込んだ彼らが見たのは、すでにもぬけの殻となった船内だった。
「!」
*
遡ること、おおよそ十時間前。
メガルのブリーフィング・ルームにはおなじみの面々が勢揃いしていた。
「んだ、そりゃあ!」
おなじみの礼也の雄叫びで作戦会議は佳境を迎えようとしていた。
いつもと違うのは他の面々もいつになく深刻な顔を並べ、次に発するべき言葉を探り合う様子を見せていたことだった。
ただ一人、余裕しゃくしゃくに笑みを向け続ける進藤あさみを除いては。
「そういうことなの。今まで黙っていてごめんなさいね」
あっけらかんと言う。
「でもみんな、いついつの何時頃に世界最強の軍隊が大挙して自分達を殺しにやって来るって知ってて、普通にはすごせないでしょ」
「確かに……」礼也が表情をゆがませる。「うろうろできねえから、メロンパン、かなり買いだめしとかなきゃなんねえかもな」
「結構余裕そうね……」
「あと、録画予約もあやうく忘れそうだって」
光輔と夕季も顔を見合わせた。
「……学園祭どころじゃないよね」
「……」
恨めしそうに光輔を見返した夕季が、深いため息をついた。
「はは……」
「二人とも楽しそうだったから、特にね」
無表情なままの夕季を、あさみがおもしろそうに覗き込む。
「あなたはそうでもなかった? 夕季」
「いえ」ぐっとあさみを見つめ返す。「すごく迷惑です」
「どういう意味かしらね……」
んんん、と荒げ、仕切り直す桔平。
「いろいろと計画に含まれてるみたいだが、奴らの一番の目的はガーディアンとおまえらの確保だ。それ以外は皆殺しっていうプランみたいだな。ガーディアンのメカニズムが解明できれば、自分達だけで運用する計画らしい。それまではおまえらもクルーの人間達も生かされる。だが用が済んだら、即死刑ってことだろうな」
「んなアホなこと、とおるのかよ!」
「通すつもりだぞ。メガルを襲撃するのは、あくまでも、メガルを神にそむく者達と定義する危ない集団だ。そいつらのテロ攻撃でメガルは全滅し、ぎりぎり最小限のものだけを正義の軍隊が奪還したという形に持っていくらしい。だから俺達は一人残らず消されたとしても、つじつまは合わせられる。ついでにおまえ達の安否もうやむやにしとけば、都合のいい時に生かしたり殺したりできるって寸法だ」
桔平に補足するあさみ。
「海軍の艦隊とは離れた場所に海兵隊の揚陸艦が待機させてあるわ。そこにいる特殊部隊が今回のテロリスト役ね。たちが悪いことに、ただのテロリストじゃなくて厳しい訓練を受けている優秀な軍人の集団だから、生半可な兵力では歯が立たない。とは言え、メックの練度は世界的にも知られているほど優秀だから、彼らとしても直接の交戦は避けたいところでしょうね」
「で、メックが出払ったプログラム発動時を狙ってくるって魂胆か」
「ご名答」礼也の回答に一本指を立てて笑う。「彼らは上陸手段に未公表の新型ホバークラフトを使ってくるつもりよ。それならばレーダー網をかい潜って、ほとんど音も出さずにメガルの目の前までやって来れるから」
「やって来たところで、簡単には侵入できねえだろ」
「それができちまうんだよ」
苦々しい顔の桔平を眺める礼也ら三人。
「この中にゃ、無数の工作員が潜伏しているからな」
「……。スパイか」
「スパイだ」うん、と頷く。「今回の作戦に関与するとされるのは、ざっと見て百名以上と考えられる」
「全部わかってんのか、そいつら」
「勿論だ。オフコースだ」
「あ……」光輔が上ずった様子でもっともな疑問を口にする。「なんで捕まえないんすか」
それに答えたのは、隣にいた夕季だった。
「その方が都合がいいから」
「へ」光輔の頭がこんがらがる。
「ご名答」あさみがおもしろそうに指を立てた。
「へ?」礼也の頭もこんがらがった。
「また新しいスパイを探すよりも、わかってる人間を見張ってる方が楽でしょ」
「あ……」
「……なる」
「気づいてないフリするのがいささか面倒だけどな」礼也の顔をじっと見据え、桔平が続けた。「工作員達の顔も名前も全部確定している。俺達はそれに気づかないフリを貫き、彼らに何もさせないようにする。じっと我慢の子だ」
「じっと我慢はいいけどな、その後はどうするつもりだ。また知らねえフリして飼うつもりかって。いくらなんでもそりゃキツいだろ。口のはし、ピクピク引きつんだろ、実際」
「適当につつきゃ勝手に引き上げさせるだろ。それでも白々しく残るつもりなら、キッチリやってやるまでだ」
その流れのまま、桔平が説明のまとめに入ろうとした。
「今回に限り、プログラムの殲滅は二の次だ。主たる目的はメガルの防衛とおまえ達の無事帰還。おまえらは自分達の身を守ることを最優先に考えろ。奴らは先の先までシナリオ練ってやがるからな。一度出撃したガーディアンがすぐには完全に回復しないことまで計算に入れてある。いざとなったら全部魔獣のせいにしてミサイルぶち込んでくることも充分に考えられる。そのための布石もすでに打ってある。世界中で頻発している迷惑行為がそれだ。そこでもあちらさんは、何があっても理不尽な暴虐には屈しない姿勢を貫いている。たとえ人質の命を犠牲にしてでもテロの横行は許さないと言う、確固たる決意だ。認めたくはないが、この国のどっかにも了承を取ってある節もある。メガルを壊滅させといて、何も知らないだろうおまえ達が混乱するのを横目で見ながら、自分達が救助に向かうと安心させる。それで通信網の途絶えたメガル司令部にかわって指示も出すと同時に、彼らは世界を救った英雄となる算段だ。テロリスト達は恐れをなして逃げたとでも言えば、味方なんだからなお都合がいいな。後は適当な死体をでっち上げて討伐完了となる。よく計算してあるだろ。奴ら、プログラムに介入する気なんざ、さらさらねえはずだ。ミサイル一発だってもったいぶって撃たねえよ。所詮、大艦隊はテロの気をそらすためのダミーなんだからな」
「大げさなダミーね」あさみがふんと息をつく。「こちらの警告どおりに引き下がってくれてたらもうけものだったけれど、やっぱり言うだけ無駄だったみたいね。だったら、とことんわからせてあげないとね」
げんなりする光輔ら三人。
また先に口を開いたのは礼也だった。
「で、どうすんだって」
「プログラムの発動は朝の五時って言ったよな」
「おう」
「奴らには七時だということにしてある。あるルートを通じて、偽の情報を流した」
「きったね……」
「なんだと、てめえ!」
「情報戦でうちを出し抜けると思ったら大間違いよ」
したり顔のあさみに戦慄する光輔ら。
「向こうの船には遠距離パルス砲が積載してあるわ。それでこっちのネットワークを完全に麻痺させて、無血開城を目論んでいるようね。だったら、こっちはそれを逆手にとりましょ」
「どうやって」
「彼らには、あなた達はメガル所有の揚陸艦に待機させておくと伝えておいたわ。でも実際はVトールの中でいつでも動き出せるようにしておく。それなら揚陸艦を襲撃してきても誰もいませんでしたってことになるから心配ないわ。それで発動の少し前になったら、エア・スーペリアに集束して、あれをやってほしいの」
あれ、あれ、とあさみが何かを訴えるように夕季の顔を見始める。
「あの、ホールドして……」
「ダンディライアン」
「そう、それ」一本指でにんまり。「彼らの通信回路だけを切断してほしい。それで充分よ」
「そんだけでいいのかよ」
「ええ。それ以上は必要ないわ。あとは勝手に自滅してくれるから」ふ~ん、と腕組みをする。「後々莫大な請求でもされたらたまったものじゃないし。それにこちらも同じ手に引っかかったフリをしなければならないしね。バレなければこちらの責任じゃないから、一文も出さなくてすむしね」
「せけえな、おばさん。さっき全部出すって言ったくせによ」
「何か言った、霧崎君」
「せけえな、おばさんって……」
「本気で怒るわよ!」
「……もうすげえ顔で怒ってんじゃねえか」
「セパルがパルス兵器を使用したように見せかけるってことですね」
「さすが夕季」若干口もとをひくつかせながら、あさみが無理に気持ちを切り替える。「だからあなた達にもお芝居をしてほしいの。うわ~、とか、連絡がとれない、とか適当にね」
「んな恥ずかしいマネできるかって……」
ノリノリのあさみに辟易する面々を代表して口を開いた礼也を、ギロリとあさみが睨みつける。
「あなたがその担当ですから、責任持ってやりなさい! 失敗したら許しません」
「……なんか私情がからんでねえか」
「他にやっておくことは」
夕季の確認に、あさみが思い返した。
「そうね。できたらあっちの揚陸艦のハッチでも破壊しておいてくれると助かるわ。ウェルドックって言ったかしらね。沈没しない程度にね」
「よし、作戦を開始するぞ」全員の顔を眺め、桔平が咆哮する。「作戦名はブレイク・アウト(包囲網突破)だ!」
*
「セパルはどいつだ」
滞空するエア・スーペリアの擬似コクピット内で、礼也が獲物を見定める。
月明かりもなく、まだ暗い海面は空の闇と同化し、一切の境界線をも融合させていた。
「二人とも、気を引き締めて」
中央で夕季が釘を刺す。
「今回はサポートなしでやらなくちゃ……」
『お~い、おまえら、大丈夫か!』
「……」
雅の声にポカンとなる三人。
顔を向けると満面の笑みの雅が光輔達を迎え入れた。
『ですって』
「……何言ってんの、雅」
わけのわからないといった表情を向ける光輔に、雅は笑って続けた。
『回線が使えないから、あたしが代表して桔平さん達の言葉を伝えることになりました』
「……そーなんだ」
「がんばれな……」
『まかしてちょんまげ!』
「……」
「ったく、なんで揃いも揃ってテンションたけーんだろうな」
礼也の皮肉を、ははっと受ける光輔。
「そういうおまえだって、うわあ、連絡がとれないいっ! とか言ってたじゃん。すごい棒読みで」
「うるせえぞ、てめえ!」顔を赤らめる礼也。「俺はおばさんに言われて仕方なくだな……」
『おばさんって誰のこと! って司令が怒ってます』
「あ、あれ!」
海上のわずかな変化に気づき、光輔が声をあげる。
静かだった海面が波打ち始め、突き上げるように白濁し始めていた。
「あれが……、セパル……」
巨大な顔だけを出したその姿は、目を瞑り祈りを捧げる少女のようだった。
同じ頃、艦隊には異変が起きつつあった。
祈りを捧げる人魚のようなセパルの姿を見た途端に、戦意を喪失し、乗組員達が持ち場の放棄を始めたからである。
五メートルにも及ぶ腰から上を露呈した少女の裸身を見た者はことごとくに。
危機感から銃を手に取り、セパルを攻撃しようとした乗員も、いざそれを視界におさめるや腑抜けたように腰から砕け落ちていった。
「これは……」
脱力しつつも並外れた精神力でリーダーが踏み止まる。
が、それを受けたのは、今や別人とも言える側近の姿だった。
「もうどうでもいい」
最後の力を振り絞りリーダーが見たものは、恍惚の表情を浮かべる、もっとも信頼する男の顔だった。
「何もかも、とるにたりない。ほしいものは穏やかなこの気持ちだけだ……」
薄れゆく意識の中、リーダーはセパルの歌を耳に刻みつけた。
『殺せ、殺せ、殺せ』と。




