~その11~ 式、その後…。
結婚式の日は、さすがに私も一臣さんもお屋敷に着くとぐったりだった。
「おかえりなさいませ」
メイドさんもコックさんも、みんな屋敷の前に勢ぞろいして出迎えてくれた。
が…。
「疲れた。すぐに風呂入って寝る。喜多見さん、風呂の用意できてる?」
と一臣さんは、さっさと車から降りるとお屋敷に向かって行ってしまった。
「弥生様、おかえりなさい!式はどうでした?」
「あ、はい。感動的でした」
私も疲れていた。でも、目を輝かせている亜美ちゃんとトモちゃんにそう答え、にこやかにお屋敷に入った。そして、一臣さんと一緒に2階に行こうとしたが、一臣さんの姿はどこにもなく…。
「あれ?一臣さんは?」
「え?もうお部屋に行かれましたが?」
そう答えたのは、12月から新しく入ったメイドさんだ。数人のメイドさんが、龍二さんのために大阪に行ってしまい、最近になって新しくメイドさんが入ってきた。そのうちの一人で、私と同じ年だと言っていた。
「一臣様、弥生様のこと置いて行っちゃったんですか?もう~~。冷たいなあ」
トモちゃんがそう言うと、亜美ちゃんが、
「し~~。声大きいよ」
とトモちゃんに注意した。
「ご結婚したと同時に、性格が変わる男性もいますものね。釣った魚に餌はあげない…みたいな?」
え?!
「ちょっと、新人!変なこと言わないで。一臣様と弥生様は、それは仲が良くって、たとえ、結婚したとしても、お二人は変わったりしないんだから」
亜美ちゃんが、いきり立った。その横でトモちゃんも、顔を赤くして新人のメイドさんを睨んでいる。
「入曽さん、弥生様に失礼ですよ」
日野さんがビシッとそう新人メイドさんに言った。入曽さんというのか。私や一臣さん付きのメイドではないから、名前まで知らなかった。
「……申し訳ございませんでした」
無表情にそう言って頭を下げ、入曽さんはダイニングの方に歩いて行った。
「何あれ。どういう教育受けてここに来たの?よく面接で受かったよね」
「小平さん、小平さんが怒ることじゃないですよ」
「でもっ!」
「申し訳ありませんでした、弥生様」
「え?そんな、日野さんが謝らなくても。トモちゃんも、そんなに怒らないで。私、気にしていないから」
「そうです。あんな新人の言うこと真に受けたりしないでいいですからね、弥生様。一臣様はきっと、お疲れになっていて先に行ってしまっただけで…あ!」
亜美ちゃんは話の途中で、階段の上を見上げた。
「弥生!いつまでメイドたちと話し込んでいるんだ。そろそろ、風呂に入るぞ!」
「え?あ、はい」
「まったく。いろいろと立川たちと話がしたいだろうとは思ったが、こっちだってさっさと風呂に入りたいんだよ」
「すみません!」
私は慌てて階段を上りだした。そうか。亜美ちゃんたちと話があるだろうからって、先に行っちゃったんだ。良かった。入曽さんの言うように、結婚したら態度が変わっちゃったのかと思っちゃった。
「弥生、お前、みんなに礼は言ったのか?」
「え?」
「特に立川に。祝辞のビデオの礼はしたのか?」
「あ!そうだった」
私はくるっと後ろを振り向き、みんなに、
「ビデオ見ました。ありがとうございました」
と言って、頭を下げた。
「そんな、お礼なんていいんです、弥生様!」
亜美ちゃんがびっくりした様子でそう答えた。でも、
「弥生、感動して泣いていたぞ。立川、ありがとうな」
と、一臣さんまでがお礼を言い、亜美ちゃんの方が泣きそうになってしまった。
「…ああ、でも、こんな高いところから礼を言って悪かったな。また、明日改めてみんなには挨拶をするから」
そう一臣さんは言うと、2階に上りついた私の背中を抱き、廊下を歩き出した。
「一臣さん」
「ん?なんだ?」
わ。優しい声だ。良かった。
「あ、あの、なんか、嬉しかったです」
「何がだ?」
「亜美ちゃんにお礼を言ってくれて」
「なんでお前が嬉しくなるんだ」
「な、なんとなく」
「変な奴だな」
でもね、一臣さん。亜美ちゃんもトモちゃんも日野さんも、他のメイドさんたちもみんなして、一臣さんがお礼を言った時、目を丸くしてた。やっぱり、一臣さんは変わったと思う。それがなんだか、嬉しいんだ。
「新人のメイドさんが何人か入ってきましたね」
部屋に入ってからそう聞くと、
「ああ。まだ、顔も名前も一致していないけどな」
とそう言いながら、一臣さんは私の腕を掴み、パウダールームに入って行った。
「疲れたろ?ジャグジーに入ってあったまるぞ」
「はい」
「明日は休みだ。ゆっくりしような」
「はい」
一臣さん、優しい。良かった。釣った魚に餌をあげない…なんてことにならないで。
「今夜は抱けそうもないから、子づくりは明日からだな」
「……」
「不満か?今夜も抱いてほしかったのか?」
「いいえ。違います」
ジャグジーに入ってから、私は思い切って一臣さんに告げてみた。
「実は、プレッシャーで」
「何が?」
「子供…。できるのかなって」
そう言うと、一臣さんは後ろから抱きしめ、
「そんな心配していたのか。アホだな」
と、優しく私のうなじにキスをした。
「でも、跡継ぎを産むっていうのが、私の役割なんですよね」
「ああ。そんな心配するな。多分、すぐに妊娠もするだろ」
本当に?
「でも、もし男の子じゃなかったら?」
「そんときは、そんときに悩めばいい。子供ができなかったら、それもそれで、そんときに悩めばいいことだろ?」
「そんな呑気なこと…」
「いいんだよ。子供ができなかったとしても、弥生が悪いわけじゃない。誰も弥生を責めたりしない。もし、責めるやつがいたら、俺がそんなやつ、クビにしてやる」
「だけど、お義父様も、お義母様も、期待していたし」
「大丈夫だ。いざとなったら、養子をもらうとか、いろんな手はあるんだからな」
「私以外の女性に、跡継ぎを産ませる…とか?」
「は?」
「そ、そういうことも、有り得ますか?」
ドクドク。一臣さんの返答が怖い。でも、聞いてしまった。本当は聞きたくなんかないような質問。
「あほか!なんで俺がお前以外の女を抱くんだよ。そんなこと絶対に有り得ないから安心しろ」
「本当に?」
「本当だ!お前以外の女なんか抱きたくないって言ってるだろ。冗談じゃない。考えただけでも憂鬱になる」
「ごめんなさい」
「まったく。なんだってそんなアホなこと考えるんだ。アホ弥生」
う…。アホアホってさっきから、何度も言われてしまった。
「ごめんなさい」
「まったくな~~。弥生はいつになったら、俺が弥生に思い切り惚れているってわかるんだ」
「……はい。ごめんなさい」
ギュ。一臣さんが抱きしめる腕に力を入れた。
「弥生、何かを一人で悩んだりするなよ。なんでも俺に言え。わかったな?」
「…はい」
安心した。一臣さんの声も温もりもすべてが優しい。
その夜は、二人で寄り添って寝た。二人ともほぼ同時に、眠りについていた。
回想、終わり…。
これが、婚約してからの、私と一臣さんとの間に起きた出来事です。本当に瞬く間に時は過ぎて行きました。
緒方弥生になった私には、きっとこれからも試練は訪れると思います。でも、でもでも、一臣さんもいつもそばにいてくれるし、私には応援してくれる人もたくさんいるし、きっと大丈夫!
それに、私はもう、一臣さんの奥さんなんだもん!とうとう、フィアンセから奥さんになったんだから、今まで以上に頑張っちゃう!!
結婚式までは大変だった。今思い返しても、いろんなことがあった。
緒方商事の庶務課に配属され、一臣さんとご対面したのはいいけれど、一臣さんに煙たがられた。
一臣さんの周りにはたくさんの綺麗な女性がいて、一臣さんは私との結婚を思い切り嫌がっていた。
お屋敷に来ると、一臣さんのお母様から屋敷を追い出されるし、如月お兄様は私と一臣さんの結婚を思い切り反対するし、秘書課ではいじめにあうし、セクハラにもあうし。でも、そんなの、私にとって、なんてことのない試練だった。
1番辛かったのは、一臣さんとの婚約を破棄してもらおうと思った時。生きていて、あれほど泣いて泣いて、涙が枯れるかもっていうほど泣いたことはない。
だけど、一臣さんから思ってもみない告白をされ、私と一臣さんは両想いになれた。
そのあとの試練は、龍二さん。それに、綺麗なフィアンセ候補の人たち。まだまだ一臣さんを信じ切れていなかった私は、いつもハラハラしていた。
それと同時に、一臣さんがいきなりスケベに変身して、いつ襲われるかわからない毎日が続いた。あれも、私にとっては試練の連続。今となってみては、一臣さんはものすごく優しく私を愛してくれるんだから、もっと早くに覚悟決めてもよかったのかな~、なんて思う。
一臣さんの秘書になり、一緒にプロジェクトを組んだ。自分にはなんの力もないと、何度もへこんだっけ。
その後は、鴨居さんの出現で、もう一臣さんに飽きられたかも…なんて、疑ってみたり、勝手に落ち込んでみたり。
そして、Aコーポレーションの罠にまんまと引っ掛かり、龍二さんと二人さらわれてしまった。
あの事件は、龍二さんが怪我もしたし、大変だった。でも、一臣さんと龍二さんの兄弟仲が復活し、絆が深まった事件となった。
あ、瑠美ちゃんの出現も辛かったな。私、一臣さんと結婚できなくなるかも、と一瞬真っ暗になったっけな。
全部今思い返すと、一臣さんと私との距離が縮まり、どんどん二人の絆が深まるばかりの出来事だったな。
私ってば、一臣さんのこととなると、すぐに凹んだり、泣いたり、わけのわからない妄想したり…。でも、いつでも一臣さんは、私のことを想ってくれていたし、大事にしてくれた。
言葉は悪いし、よくからかうし、俺様なんだけどね。だけど、本当は優しくて、あったかい。
これからは、仮面夫婦なんて呼ばれるかな。まだまだ、一臣さんに相応しい女性にはなれていないかもしれない。
でも、これからも、一臣さんの隣で頑張る。一臣さんがいてくれるから、私はいつでも強くなれる。
多分。
きっと。
なんて、そんなことを思っていたら、またもや、凹むようなことが起きてきてしまった。なんだってこうも、試練は来るのだろうか。
…だけど、その話はまた今度。
結婚式までの私と一臣さんの慌ただしい日々のことは、本日で報告を終わります。
~おわり~




