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エピローグ

「レオニートは除隊処分となりました」

 朝早くに訪れたソロイが、静かな声音でそう報告した。

「……そうですか」

 フルーネは椅子から立ち上がり、目を伏せて嘆息した。レオニートはジンクの身に怪我を負わせた許しがたい男だが、だからと言って喜べるはずもない。

 願うのは、これからの彼の生き方がどうか歪み無いものであってほしい、それだけだ。

「此度は身内の者が大変なご迷惑をお掛けし、申し訳ありませんでした」

「え? えええそんな、騎士団の方々は関係無いと……」

 深々と頭を下げて謝罪するソロイに、フルーネは慌てて駆け寄る。

「いえ。団員の不手際は団全体の不手際。どうか処罰を」

「え、ええと……」

 処罰を言い渡されない内は意地でも頭を上げない気らしい。真面目なのは良い事だが、これにはフルーネが困ってしまう。

「いいじゃないですか、ちぃ姫。罰を受けたいって言ってるんだから、この機会に何かやらせてみたらどうですか。パシリとか」

「あなただって騎士団の一員でしょうが!」

 すっかり他人事と決め込んでケラケラ笑うジンクを睨み付け、ふと思い付く。そうやって笑っていられるのも今だけだと、心の中で笑みを浮かべた。

「ではソロイ殿。処罰というよりは、お願いなんですけれど」

「は……?」

 キョトンとした顔を上げ、ソロイはフルーネを見つめる。

「私、本格的に投擲の訓練をしてみたいんですが、騎士団の方でそういうのって出来ます?」

「ちょ、ちょちょちょ、ちぃ姫? 本気ですか?」

「何よ! ジンクが言ったのよ、訓練してみたらって! 見てなさい、めきめき上達してみせるんだから……!」

「あんなの冗談ですって! ちぃ姫が訓練なんかしたら鬼に金棒的な……」

「誰が鬼だ!! そこ立って動くな!」

「落ち着きましょう、落ち着いてください。本は痛いです。なんですかその分厚いの……角とか当たったらヤバイですよ?」

「どうヤバイのか試してみようじゃない……動くな!!」

 バタバタと部屋の中を子供のように駆け回るフルーネとジンク。おいてきぼりのソロイはぽかんと口を開けたまま眺めていたが、不意に吹き出して肩を震わせた。

 ひとり必死に笑いを堪えるソロイの姿に、フルーネはハッと我に返る。みっともない所を見せてしまった羞恥で顔が赤く染まった。

「ジンクのせいよ」

「いやいや、ちぃ姫が悪鬼の如く怒るから」

「ただの鬼からランクアップしてるじゃないの!」

 平手で背中を叩いてやると、打撲の痕が痛むのか無言でジンクは俯いた。

「フルーネ様、我々で良ければ投擲訓練の件、ご指南致しますよ」

「本当ですか?」

 笑いながら目尻を拭うソロイに、フルーネは目を輝かせる。隣のジンクは苦い顔。本当に上達したらどうしようという表情に、ソロイはまた小さく笑う。

「ええ。いつでもいらしてください。お待ちしております」


*****


 ジンクが左手で器用に包帯を替えるのを眺めながら、フルーネは頬杖をついた。怪我は少し痕を残すだろうが、後遺症は恐らく無いという医者の話を思い出す。

 なにせ利き腕だ。あの決闘が終わった後、血塗れになった右腕を見てフルーネは頭の中が真っ白になってしまった。

「あのまま右腕で剣を振るっていたらどうなっていたかわかりませんけどね」

 まるで他人事のように笑って語ったジンク。怪我を庇いながら戦ったのであれば全くの無頓着では無いのだろうが、もう少し自分を大事にしてほしいとフルーネは思う。

「ねえ、そういえば」

「はい?」

 包帯を巻き終え、袖を直しながらジンクが顔を上げる。

「ちょっと変わった動きをしていたわね。剣術じゃなくて……体術というの? どうして最初からああしなかったの?」

 フルーネからそう尋ねられるのは少し意外だったのか、ジンクは目を丸くした。しばし無言になり、じっとフルーネを見つめる。

「……あの、ジンク? 言いたくないなら別に……」

「好きじゃないからです」

 口調には堅いものがあったけれど、ジンクは穏やかに笑っていた。それが無理をして浮かべている笑みのような気がして、フルーネは尋ねてしまった事を後悔する。

「昔習った体術で、あまり好きじゃないんですよ」

「そう、なの? ……あの、えと……私……」

「でもちぃ姫を守る事の方が俺には大切だったんで。……あんな顔させて本当にすみませんでした」

「私、どんな顔していたの?」

「ジンクの事が心配!! 私の大切なジンクが!! ……っていう顔です」

「真顔で言う事なのそれ!? 嘘よ、絶対そんな顔してないんだから!」

 思わず立ち上がって否定するが、頬が赤くなっていてあまり説得力は無い。

「まあ、だからちぃ姫が気にする事は無いですよ。って話です」

「……でも」

「それ以上言うならぎゅーしますよ」

「やだ」

「そこは即答なんですね」

 若干傷付いた表情のジンクに舌を出し、そっぽを向く。ふと窓の向こうが目に入り、灰色の雲がレオニートの顔を思い出させた。

「レオニート殿はどうしてあんなに護衛騎士にこだわったのかしら」

「……さあ? 俺の事が嫌いだったからとか……後は、そうですね。案外ちぃ姫の事が好きだったのかもしれませんよ」

「嫌味言われた記憶しかないんだけど」

「不器用な奴だったんですよ、きっと」

 いまいちピンと来ない話にフルーネは眉を寄せる。

「そうでなければ、やっぱり地位が欲しかったとか。没落したばっかりにあいつは全部失っちゃいましたからね。地位や権力が得られればまた昔みたいに幸せになれるなんて思ったのかも」

 ディオンも同じような事を言っていたのを思い出す。失ったものを取り戻したかったのかもしれない、と。

「何で護衛騎士になると地位が得られるの? 結局は騎士団の一員て事に変わりは無いし、隊長と大体同格だと思ったけど。だったら団長や副団長の方がいいんじゃないの?」

 疑問を口に出して首を傾げると、ジンクが驚いたように見つめてきた。些か居心地の悪い視線に、フルーネは何か変な事を言ってしまったのかと不安になる。

「ちぃ姫知らなかったんですか」

「な、何を」

「この国の女性王族は自分で結婚相手を決められるんですよ」

「え!? 嘘!!」

 寝耳に水。ずっと国王が決定権を持っていて自分達はそれに従うものだと思っていた。未だフルーネにそういう縁談が持ち込まれないのは、父が気を遣ってくれていたのだと。

「候補はあらかじめ決まってるんですけどね。その中からなら自由に」

「……そ、それが護衛騎士と何の関係があるの?」

「護衛騎士も候補の中に含まれるんですよ」

「な、なぁ……!?」

「えーっと、騎士団からは他に団長と副団長。後は貴族と各領の領主……まだ居たような気もするけど」

 指折り数えるジンク。どうして彼が知っていて自分が知らないのか。

 きっと父はこう言うだろう。「だって聞かれなかったし、お前も興味が無いようだから良いじゃないか」と。

「そしたら護衛騎士が一番有利な気がするじゃないですか。四六時中一緒に居るし、いつでもアピール出来ちゃうみたいな」

「……そ、そう、かしら……」

「ガレスみたいに全く興味無い奴も多いですけどね」

 むしろ主に対して不埒な感情を抱くなど言語道断だと斬り掛かってきそうだ。というか、騎士たる者、それが普通だろう。

「運良く結婚出来ちゃえば姫君の旦那ですからね。結構な地位でしょ」

「……そりゃそうよね。成る程。それなら納得出来るかも。姉上は婚約発表してしまったし、消去法で残るは私だけだものね……」

 息を吐きながら椅子に座り、背もたれに体重を預ける。今更だが、やはり姫という立場は重い事を実感した。二番目とはいえ、紛れも無い王族。これからもその地位や権力を狙って近付いてくる人間が出てくるかもしれないと思うと頭痛がした。

 そっとジンクを見ると目が合った。途端、フルーネの頬が熱くなる。

 女性王族は自ら結婚相手を選べる事、その相手候補の中に護衛騎士が含まれる事を知ってしまった今、いやがおうでも意識してしまう。

「ちぃ姫」

「なっ、何」

 急に真剣な顔つきで呼ぶものだから声が上擦ってしまう。何を言われるか胸を鳴らして待つフルーネに、ジンクは口を開いた。

「安心してください。俺はちぃ姫にはそういう意味で全然興味有りませんから」

 拳を握り親指を立て、爽やかな笑顔のジンク。一方フルーネも笑顔を浮かべているが、寒々しい空気が徐々に広がっていた。

「へえ。全然興味無いのね」

「はい。全然」

 複雑な乙女心にヒビが入る。次の瞬間フルーネは手元にあった文鎮を握りしめて立ち上がった。

「私だってあなたなんかこれっぽっちも興味無いわよ!! この騎士もどき!!」

「ちょっと、ちぃ姫、何持ってるんですか。それアウト、超アウトですよ。ぶっちゃけ凶器ですよ」

「別にぃーこれをジンクに向かってぶん投げようだなんて思っていないわよ、全然」

「目が笑ってないですよちぃ姫」

「ちぃ姫って呼ぶなー!!」


*****


 妹の部屋を訪ねてやって来たアデレードは、中から聞こえてくる賑やかな声や音に、にっこりと微笑んでガレスを振り返った。

「楽しそうね」

「……止めて差し上げた方がよろしいかと」

 合間に聞こえてくるジンクの声はどう考えても悲鳴だった。

「お邪魔しては悪いし、このまま帰ろうかしら」

「いえ、是非止めて差し上げて下さい」

 どうせまたジンクが何か余計な事を言ったのだろうが、このまま放っておくのも心苦しい。

「……平和ねえ」

「……ある意味そうかもしれませんね」

「あなたも楽しそうね」

「……アデレード様」

 バツが悪そうに唇を尖らせるガレスに、アデレードは優しく笑いかける。

 ふと、部屋の中が静かになっている事に気付いた。

「あら。終わったのかしら」

 よもやジンクの命が終わったのではないかと不吉な考えが浮かび、ガレスはアデレードに扉を開けるよう促す。

「フルーネ、入るわね」

 ノックの後間髪入れずに扉を開ける。二人の目に飛び込んできたのは、床に押し倒されて真っ赤になった涙目のフルーネだった。勿論、上に覆いかぶさっているのは黒髪の騎士。

 一瞬の沈黙の後、アデレードはゆっくりと扉を閉めた。

「平和ねえ」

「そうですね」

 それだけ言うとアデレードとガレスは何事も無かったかのように廊下を歩き出す。

「ちがっ、違うの姉上!! 転んだだけなの!!」

「ちぃ姫が暴れるからー」

「何で私のせいにするのよ! 馬鹿ジンク!!」

 そんなやり取りが後ろから聞こえてきたが、知らんぷり。

「私もああいうハプニング、ディオン殿とやってみたかったわ」

「……今からでも多分問題無いと思いますが」

 後ろはまだ賑やかで、こっそり振り返ると言い合いをしている二人の姿が見えた。耳まで真っ赤にした素直になれない二番目の姫君と、軽く受け流しながら口許を押さえて隠す慇懃無礼な黒髪の騎士。

 デコボコのようでぴったりハマった二人に、ガレスは柔らかく控えめな笑顔を浮かべた。

 ここまで読んでいただき、誠にありがとうございます。楽しんでいただけましたでしょうか。暇潰しくらいにはお役に立てましたでしょうか。


 心配するヒロインに「そんな顔をさせたいわけじゃなかった」的な事を言うヒーロー、というシチュエーションを書きたくて始めたわけですが、思っていたよりもちょっぴり長くなりました。最初は3話くらいで終わる予定だったもので……。


 ジンクの元カノが出てきちゃったりとか、ジンクの秘密がどんなものなのか等、書きたい話はまだありますが、一応キリが良い所で完結とさせていただきます。


 もう一度。

 この作品に目を通していただきありがとうございました。少しでも楽しんでもらえたなら、それはとても嬉しい事です。

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