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転性 ー第三の性ー  作者: 金帽子


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エピローグ 転性

2060年 舞台は日本

政治家でありトランスジェンダーの飛山 晶(ヒヤマアキラ)によって社会は男性、女性に次ぐ第三の性、転性を公に認めた。

主人公の佐伯(サエキ) 咲人(サキト) 25歳は、何処にでもいるサラリーマンだが、彼も転性である。

社会は順調に新たな時代へと進み続けるはずが、飛山による戦後最悪の政治テロが起きてしまう。

事件をきっかけに新総理大臣は国民の安全の名の下、転性者撲滅法を確立した。

この法は、転性と認められたものをその場で逮捕できるという異例の法であった。

新たな社会を生きるはずだった咲人が、

逃げ抜けた先に待ち受ける運命は悲劇かそれとも…

「今日は免許更新かぁ」


そう独り言を呟き、手元の免許証を見つめる。

そこには、

男性、女性、そして転性。


三つ目の性が記載されている。


私は、佐伯(サエキ) 咲人(サキト)。


25歳、普通のサラリーマンだ。

他の人と少し違うところがあるとすれば、生まれは男性、自認は女性の転性であることだ。

それは、男性でも女性でもない、第三の性。

見た目は、特に女性に寄せることもしていない。

側から見れば、170cmほどの普通の体型の男だ。


今から40年前、まだこの言葉すら存在していなかった。

2020年頃から、トランスジェンダーに対する社会の反応は少しずつ変わり始めていた。

そして、一人の政治家によって、日本は大きく変わることになる。


その人物の名は――


飛山(ヒヤマ) 晶(アキラ)。


飛山もまた、彼もまた、生まれは男性、自認は女性の転性である。

長年にわたる政治活動。

自身が受けてきた差別や苦悩を語り、街頭演説では多くの支持を集めた。

その人気は凄まじく、やがて一部ではカルト的人気とまで呼ばれるようになった。


そして――


2058年。


飛山の長年の活動と、数多くの支持者たちの努力が実を結び、日本で新たな性が正式に認められた。


男性。

女性。

そして――転性。


同年、免許証やパスポート、マイナンバーカードなどにも、男性・女性と並んで「転性」が記載されるようになった。


飛山 晶は、次期総理大臣候補として挙げられるまでになっていた。


誰もがこれをきっかけに日本はもっと変わっていくと思っていた。

転性という性も、当たり前に受け入れられていくのだと。


――しかし。


翌年、2059年。

日本の歴史を大きく変える事件が起きた。


2059年12月25日 東京都・六本木。


その日、飛山は総理大臣をはじめとする与党関係者が集まる忘年パーティーに出席していた。


「いやぁ……本当に長かったですよ。ここまでの道のりは……」


そう言ったのは、飛山だった。


当時、59歳。


『飛山君も本当にご苦労だったな。君は間違いなく歴史に名を残す偉大な政治家だ。私は、同じ時代に生きられたことを本当に誇らしく思うよ』


当時の総理大臣、永岡(ナガオカ) 隆(タカシ)が飛山へ激励の言葉をかける。


「総理。まだゴールではありません」


飛山は笑顔を浮かべた。


「これから始まるのです。新しい時代が」


『ははっ、頼もしいという言葉では足りぬな!』


「そんな言葉、私にはもったいないです」


『それに先ほどから各テーブルを回って、自分で飲み物まで配っている。飛山君の人の良さには、本当に頭が下がるよ』


「…………」


飛山の笑顔が消えた。

ほんの一瞬。

しかし、その表情を見た者はいなかった。


「……総理」


飛山は静かに口を開く。


「あと50年ほど早く、日本が……世界が今のようになっていれば」


そして、総理をまっすぐ見つめた。


「あなたに恨みはありません……ですが、申し訳ございません」


その瞬間だった。

ガシャ――ン!

パーティー会場に、グラスが落ちる音が一斉に響いた

政治家たちが次々と床へ倒れていく。


「う……」

「が……っ」


身体を激しく痙攣させ、口から泡を吹き始める。


『『キャァァァァァ!!!』』


会場中に悲鳴が響き渡った。


「飛……山君……」


床に倒れた永岡総理が、震える手を伸ばす。


『これ……は……なんの真似だ……』


飛山は、その姿を静かに見下ろしていた。


そして――


「ふふふ……」


小さく笑った。


「私の人生の歯車は、ようやく回り始めたんです。今まで、本当にお世話になりました」


最後まで意識を保っていた総理も、床へ崩れ落ちた。

やがて、パーティー会場からの通報を受け、警察が到着する。


『手を挙げろ、飛山!!』


警察官が銃を構える。

しかし、飛山は抵抗しなかった。


「すみません、警察の皆様」


穏やかな笑みを浮かべる。


「これからは、馬車馬のように働く羽目になると思います。ご迷惑をおかけして、本当に申し訳ありません」


そして――


「では……さようなら」


飛山は、その場で床に倒れた。

その顔には、最後まで不気味な笑みが浮かんでいた。


こうして、2059年12月25日。

六本木のパーティー会場で起きた事件は、死者50名を超え、さらに約20名が毒物による重篤な中毒症状に陥る、戦後最悪の政治テロとなった。


そして事件から16日後。


2060年1月10日 神奈川県・横浜。


日本を揺るがす法律が、制定されようとしていた。

私は朝、いつも通りテレビをつけた。

すると、緊急記者会見の映像が流れていた。


『新総理大臣の馬籠(マゴメ) 新(アラタ)です』


画面の中で、新総理が深々と頭を下げる。


『12月25日に発生した、飛山 晶による事件を受け、国民皆様の安全の名の下、新たな法律を緊急制定することとなりました』


ニュースによれば、飛山の支持者には転性が多く、今回の事件に関わった協力者の中にも、多数の転性者がいたという。


私は、飛山本人と、その周囲の協力者に対する何らかの措置が取られるのだろうと思っていた。


まさか――


自分まで巻き込まれるなんて、考えもしなかった。


『国民の皆様……心して、お聞きください』


馬籠総理の表情が険しくなる。


『我々は今回の事件を重く受け止め――、転性者撲滅法を制定いたしました』


「…………え?」


手から箸が落ちた。

カラン、と乾いた音が部屋に響く。

直後、スマートフォンが震えた。

お母さんからのメッセージだった。


『咲人、ニュース見てる?!大変なことになってるわよ!!』


「見てるも何も……」


声が震える。


「訳がわからないわよ……」


やっと、生きる道が見つかったと思った。

男性でもない。

女性でもない。

自分は自分として、生きていける。

そう思っていた、なのに、目の前に大きな壁が立ちはだかった。

絶対に退けることのできない――

巨大な壁が。


ニュースは続いている。


『明日より、警察を総動員し、全国の転性者の確保に動きます。抵抗せず、素直に応じる場合は、乱暴な措置を取ることはいたしません』


『しかし、抵抗、虚偽の報告、逃亡などを行った者については、新たな法に基づき逮捕いたします。また、転性者を庇う者についても、同様の措置を取ります』


『より良い世の中のために――、国民の皆様、ご理解とご協力のほど、よろしくお願いいたします』


その言葉を最後に、新総理大臣は壇上を降りた。

そして――


異例とも言える土下座をした。


「…………」


私はテレビを見つめたまま、動けなかった。

頭の中が真っ白になる。

そして、ようやく口から出た言葉は――


「私は……一体どうすればいいの……?」


震える手で、免許証を握りしめる。

そこには、はっきりと記載されている。

転性。


「……逃げるしかないの?」


その日私は初めて、自分の性を証明するその文字を憎いと思った。


こうして、私の人生は少しずつ音を立てて崩れていった――

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