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王子に課せられた呪いのせいで、リオネルは幼少期から自分に想いを寄せる少女の相手をしなければならなかった。誰も好きにならなければ良いだろうと主張したが、両親も兄達も誰も取り合わなかった。
多くの少女が訪ねては、リオネルの気を引こうと画策する。とはいえ、同年代の子供にできる事と言えば、遊びに誘うことと、リオネルの後を追うことだけだった。
王子がいかに素敵で、憧れの対象であるかを刷り込まれてきた少女達は、健気に今日もリオネルに話しかける。うんざりだった。無視をしていても、勝手に着いてくる。結局のところ、リオネルの意思なんて関係ないのだ。
『もう着いてくるなって言っただろ!』
城内にある庭で、リオネルは怒鳴った。三人の六、七歳の少女達が一歩たじろいで、肩身を寄せあった。
リオネルは彼女らに背中を向けて、その場を離れようとした。それを一人の少女が阻む。
『女の子には優しくしないと駄目なんだよ!』
深い青色の瞳がまっすぐリオネルを見つめている。初めて会う子だ。
『ロイックもね、シャルリーに虫の魔法でいじわるしたから、お母さんに怒られたよ。男の子が強いのは女の子を守るためなんだって。だからね、あなたも女の子にいじわるしたら駄目だよ』
ロイックも、シャルリーも知らぬ人物であったが、誰なのか問える雰囲気ではなかった。目の前の少女は口を挟ませなかったし、後ろでは三人が泣き始めてしまったからだ。
でも、不思議とリオネルは嫌な気持ちにはならなかった。そのようにリオネルを叱る存在は稀で、興味を引いた。一生懸命、知っている言葉の中で諭そうとする姿は可愛らしくもあった。
突然、背中を蹴られてリオネルはよろめいた。
『ねえ、ちび兎。何してんの』
『いってぇ。やめろよ、パスカル』
振り向いて抗議したが、大人(十五歳)の兄はリオネルのことなど意に介さない。パスカルは代わりに、少女に手を差し出した。
『行こう、ニコル。話をしよう』
『あ、お兄さん!』
少女がパスカルの手に飛びついた。
その場はパスカルが乱入した事で解散になった。だが、夜の海の瞳の少女とはすぐに再会できた。
『リオネル殿下、娘の非礼をお詫び申し上げます』
少女の父親が頭を下げる。父親のズボンをきゅっと握って、後ろから顔だけこっそり覗かせるのはあの少女だ。
叱りつけた相手が王子と知り、青ざめている。そんなところも可愛い、とリオネルは思った。
ディディエは娘を王家に嫁がせるつもりはなかった。そのため、王子の前では娘の名を出さなかった。
この日、ラ・ディラン家の親子はニコルの母を弔いたいと言うパスカルのために、城を訪ねていた。決して、娘をリオネルに引き合わせるためではなかった。
『ラ・ディラン殿、頭を上げてください。もともと愚弟に非があったのです。話したのはただ、ニコルのしっかりしたところが夫人に似ていると思って、ただ、そう言いたかっただけで……』
パスカルが言葉につまる。
リオネルはパスカルと、目の前の親子がおかれた状況を何一つ理解していなかった。全てを無視して、ニコルのことだけを見ていた。
◇◆◇◆◇
「そんなに前から私を気にかけてくださったのですね」
ニコルの実家に向かう馬車の中、リオネルはどれほどニコルを想っていたか語った。
「でも、最近まで会いませんでしたよね?」
「ああ、うん。ユベールにいは交流の機会を作ろうとしてくれたんだけどね」
「なぜですか?」
「また叱られたら格好つかないだろう?」
ニコルが言った『女の子には優しくしないと駄目なんだよ!』という言葉に従い、リオネルは自分の行動を顧みた。それからは関わる女の子皆に優しくした。言葉遣いも態度も柔らかくなったリオネルにはたくさんの人が集まった。
自分磨きに勤しんでいる間、ニコルのことは兄達が守ってくれた。年の離れた弟をからかう兄達だが、そういう時ばかりは頼りになる。
逆に辛い面もあった。学園で女子生徒に囲まれ、誤解を与えかねない姿をニコルに見せてしまった。
「私の言った事がリオネル様を縛っていたんですね」
「違うよ、ニコル。君の言葉が僕の世界を変えてくれたんだ」
リオネルがニコルのこめかみにキスをした。
「最っ悪」
到着した馬車の中で、姉と男がいちゃついていた。シャルリーは姉と客を出迎える役を任された事も忘れて、吐き捨てた。
「ごめんなさい。女子校に通っているからか、潔癖な所があって」
ニコルが慌てて弁明する。リオネルは無礼を笑って許した。
シャルリーが睨みをきかせるラ・ディラン家の庭に、銀髪の王子様が降り立った。彼の手は馬車の中に残る想い人に差し出されている。
ニコルは肌同士で触れ合える喜びを密かに感じながら、リオネルと手を重ねた。
「いつまで触ってんの。きもすぎ」
車から降りてなお、手を繋ぎ合っている二人にシャルリーは毒づいた。
「やめなさい、シャルリー。この方はリオネル第四王子殿下よ」
「なおさら問題でしょ。王族なら勝手に女性の肌に触っても許されるの?」
「違うの。リオネル様は私の婚約者で……」
「はあ? そんなの聞いてないし」
ついに耐えきれなくなったようにシャルリーが一人先に屋敷に戻った。
「あの子は私に興味がないんです」
「むしろ逆だと思うよ」
姉とその婚約者だという突然現れた男の声を背に受けながら、シャルリーはこぼれそうになる涙をぐっと堪えた。ニコルに男っ気など一切なかったので、勝手に姉と二人で生きていくものだと思い込んでいた。こんな時、素直に寂しいと言えない性格も、難儀なものだ。
「大丈夫だよ、ニコル」
リオネルが繋いだ手に口づけをする。
「時間はいくらでもある。ご家族の理解も得て見せるよ」
「そうも言っていられません。公国に渡る日も迫っています」
「そうか。そうだったね」
近日中に、ニコルをお披露目する婚約式を行うことが決まっている。王族に嫁ぐ者として相応しいマナーと素養を身につけなければならない。並行してスペリア魔法学院入学の準備もしなければならない。忙しい日々が始まるのだ。
「マナーの方は心配していないよ。ニコルは覚えが早いし、秘書官補も着いているだろう?」
「ロジェ様ですね」
「……担当は女の人に変えてもらおう」
ニコルの口から自分以外の男性の名前が出て来た途端、リオネルの機嫌が悪くなる。
「駄目ですよ。お兄様方が考えてつけてくださったのでしょう?」
ニコルが窘めると、視界からリオネルの姿が消えた。足元にリオネルの髪と同じ白銀の毛をもった兎が伏せている。リオネルは拗ねると、こうして銀兎に姿を変える。
リオネル達王族が得意とする魔法は変化の魔法で、幼少期から訓練を繰り返し、変身するのに得意な動物を見つける。ユベールは銀馬、ジェラールは銀狐、パスカルは銀狼、そしてリオネルは銀兎。
護身にも有用な変化魔法については、極秘事項とされている。しかし、婚約者として機密を共有されたニコルには、この姿を惜しみになく見せている。
さて、兎になったリオネルに対し、以前のニコルは機嫌を取るように愛の言葉をささやいていた。今回のニコルはひと味違う。馬車から荷物を取り出し、雪の上で鞄を開けた。中から出て来たのは小さな洋服だ。
「かんわいい〜」
拗ねて身じろぎひとつしないのを良いことに、ニコルはぬいぐるみの服をリオネルに着せ、愛らしさに頬を緩ませた。
正直、リオネルにとって悪い状況ではなかった。ニコルに触れられ、顔を近づけられ、喜ばせられる。でも、長く続けられない理由があった。おもちゃの服は生き物が着る想定をされていないから、裏地の処理が甘い。チクチクする。
銀兎がニコルの膝の上で高くジャンプし、宙で前転した。体が発光し、影がどんどん大きくなっていった。瞬きのうちに、見慣れた青年が現れた。
「あ……」
ニコルから残念そうな声がもれる。リオネルは意地悪な顔をして、スカートを広げて座っているニコルを押し倒した。
雪の冷たさを感じないのは、ニコルが水魔法の得意な一族に生まれたからだけではないだろう。二人の視線が熱く交じり合う────
「お願いレディ、愛してると言って」
お読みいただきありがとうございました。
本作はこれにて一時完結とします。
書ききれなかった小話やパスカルの恋の相手など、いずれスピンオフとして書ければと思っています。
またどこかでお会い出来ることを願って。




