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第二の聖女 1

ジュリアスの襲来後、警護のための人員が手配できるまでの数日間、俺たちは俺の部屋に引きこもることになった。幸いにも聖女の仕事である守護結晶への魔力の供給は早すぎるぐらい順調に進んでいたので、数日休んだところで問題はなかった。


さすがにメグとアリーは仕事のために何度か部屋を出ることがあったが、お世話されるだけの俺は完全に部屋にこもりきりとなった。アレックスやフランチェスカ王女に手紙を書いたり、ロバートさんが届けてくれた自室でもできる神官見習いの仕事を進めたりしていた。


その間に、図々しくもジュリアスからの手紙が届いた。ヨンハンス司教にそれを伝えると、「どうせ下らない保身のための言い訳しか書いておりませんよ」と中身も見ないまま、その手紙を回収していってくれた。未開封で返すと、返事をする意思がないという意味になるらしく、手紙をそのまま返すと言ってくれていた。

そこからヨンハンス司教に聞いた話だと、今回の件は司教からもモングスト侯爵家に抗議をしたし、王弟殿下にも報告をしてくれたそうだ。ジュリアスは人目のあるところで王弟殿下から注意されたばかりか、「うちの息子に敵わないとしても、せめて正当な手段を取るように」と言われ、顔を真っ赤にしたらしい。王族に大っぴらに苦言を呈されたこともあり、しばらくは社交も控え、大人しくしているだろうとのことだった。



そうしているうちに部屋でできる仕事も粗方片付き、そろそろやることがなくなるかもと俺が思い始めた頃、ロバートさんから警護の手配が完了したとの連絡をもらった。そのため、その次の日から俺たちは日常へと戻っていった。



外に出られるようになった初日、午前は久々の守護結晶に魔力を注ぐ仕事をして、午後は部屋にいる間に終わらせた神官見習いの仕事をロバートさんの部屋へ持っていくことにした。

男の格好で書類を抱え、ロバートさんの執務室を目指していると、偶然メグと会った。


「メグ、さん、こんにちは。こっちへ行くってことはメグさんも事務棟に用なんですか?」


「あ、はい。ロバート様のところまで荷物の受け取りに行くところです」


目的地が同じということだったので、メグと一緒にロバートさんの執務室に行くことにした。並んで歩いていると、いつもはピシッとしているメグが、何だか今日はソワソワしているように見えた。俺が何かしたかなと思っていると、廊下ですれ違った下働きの少女たちが、俺たちを振り返り、小声でこう言うのが聞こえた。


「あの人よね、聖女様って」


聞こえたきた単語に、俺は心臓が飛び出すかと思った。どっと冷や汗が出て、思わず立ち止まりそうになった俺に気づくことなく、彼女たちはひそひそと話を続けた。


「そうそう。第二の聖女様よ」


「聖女様からお力を授けられるなんて凄いよね。憧れちゃう」


肩をこわばらせたまま聞き耳を立てていると、どうやら彼女たちが囁いているのは『聖女()』のことではなく、『第二の聖女』とやらのことだった。

第二の聖女って何だと、メグにこっそり聞こうと彼女の方を見た。すると、何故かメグは気恥ずかしそうな、居たたまれないような、そんな顔をしていた。

メグは何か事情を知っていそうだったが、少女たちから見えるところで聞けそうな雰囲気ではなかった。そのため、俺は早足になったメグに歩調を合わせてそのまま無言で進んだ。


事務棟も近くなり、進んで人気のなくなったところで、俺はさっきのことをメグに聞いた。


「メグさん、あの、さっきの第二の聖女って……」


すると彼女は、言葉を被せる勢いでこう言った。


「違うんです、ユーリ様。私もヨンハンス司教も否定しているのですが、広まった噂が中々収まらなくて」


「メグさん、落ち着いて。噂って何ですか?それが第二の聖女ってやつと関係しているんですか?」


外では俺に敬称を付けないという約束も忘れ、必死に話すメグに俺はゆっくりと言葉を返した。彼女も焦っていたことを自覚したのか、今度は落ち着いて話し始めた。


「先日、聖女様よりお預かりしている結晶を使って強い光魔法を出したのですが、それを見た人の一部が、私が聖女様から力を分けてもらい、それであんな強い光魔法を使えるようになったと勘違いしているのです。あれは結晶を使ったものだと否定しているのですが、彼らが先ほどのように、私のことを、その」


第二の聖女と呼んでいるのか。消えてしまったメグの言葉の最後を頭の中で補いながら、俺は先ほどの少女たちの言葉の意味をやっと理解した。

そして、その話を聞いて、メグが妙に気まずそうにしていた理由も知ることができた。真面目な彼女のことだ、誤解から生じたこととはいえ、自分が聖女と呼ばれていることを気にしていたのだろう。


「私も昨日知ったのですが、私たちが外出を控えている間に噂が広まったようなのです。大部分の人は正しく理解してくださっているのですが、一度立った噂を消すのは中々難しく、ああやって私を誤って呼ぶ人がいるのです」


「なるほどね。メグさんも大変だね」


「私はいいのです。しかし、私がそのように呼ばれるのはおこがましくて、聖女様に申し訳ないのです」


メグはそのまま視線を下げ、すっかり俯いてしまった。そんな彼女に、そんな気にしなくてもいいということを伝えたくて、俺はわざとらしい咳払いを一つしてから、こう言った。


「あー、その、これは私のイメージですが、聖女様はそんなこと気になさらないと思いますよ」


少し棒読みっぽくなってしまったが、メグには言いたいことが伝わったようだった。彼女はゆっくりと顔を上げ、少し眉の下がった笑顔を見せた。


「おっしゃる通りですね。ユーリ様は器の大きい方ですから」


「それに、人の噂は何日とかって言いますから。きちんと対処してますし、根拠のない噂はすぐに消えていきますよ」


「そうですね。一つ一つ対応していけば、きっと分かってもらえますよね」


俺が思うより噂は根深いのか、メグは己に言い聞かせるかのようにそう言った。俺はメグが聖女と呼ばれても全く気にしないけど、メグがそんなに気にしているなら、早くこの噂が沈静化すればいいのにと思わずにはいられなかった。


そのとき、メグは『第二の聖女』とは別のことにも頭を悩ませていたのだが、そんなことを全く知らなかった俺は、そんな的外れなことを考えていたのだった。



そんなことがあってから、一週間ほど経った日のことだった。俺は神官見習いの仕事を終え、自室に戻る途中で、見知らぬ神官から用件を頼まれた。


ジュリアスの件もあったため寄り道は極力したくなかったが、神官見習いが神官の命令を断るのも不自然であった。そのため、俺はそれを受け、荷物を指定された場所へと届けることとなった。


荷物の届け先は、寄付金の受け付けなどを行う場所だった。そこには寄付をする信徒とその手続きを行う事務員がおり、それなりに人の多い場所であった。手前には花や果物など、生ものを受け付ける窓口があり、奥には金品を受け付ける窓口があった。俺が用があったのは奥の窓口であったため、人の間を縫って奥へと進んだ。

荷物を無事届け終わり、今度こそ部屋に帰ろうとしたそのとき、一人の男が礼拝堂の方からこちらにやってくるのが見えた。


男の風貌は、それなりに身なりのいい格好をしているが、それ以外は至って普通であった。そんな男がどうして目を引いたかというと、彼はプロポーズでもするような大きなバラの花束を抱えていたのだった。

教会に生花を寄進する人もいるが、普通はレルムのような白い花を持ってくる人が殆どだった。そのため、真っ赤なバラの花束を持つ彼は、ひどく目立っていた。


変わった人だなと何気なく見てしまっていると、その男が急にこちらに向かって歩いてきた。見すぎたかと俺が焦っていると、彼はこちらを見て、小さな声で「俺の聖女様」と口にした。


「うえっ?」と俺は思わず変な声を出してしまった。聖女と呼ばれるだけでもパニックものなのに、更にその上に見ず知らずの男に「俺の」と言われてしまったのだ。良くないと理解しつつも、思わず驚きを声や顔に出してしまった。

それにも関わらず、男はにこやかな笑顔でこちらに向かってきた。どこで、何が原因でバレたのかと焦る俺との距離を、男は一歩ずつ詰めてきた。そして目の前に来たかと思うと、彼は俺には目もくれず真横をサッと通りすぎていった。


頭の中の処理が追い付かず立ち尽くす俺の背後で、男は今度こそはっきりと「俺の聖女様」と言った。


どういうことかと振り返った俺の視線の先、真っ赤なバラの花弁の向こうで、困ったように立つ一人の女性がいた。今この教会で、俺以外で唯一聖女と呼ばれるその人は、俺がいつも聞いているものより幾分トーンの沈んだ、弱ったような声を出した。


「聖女は止めてくださいと、何度も申し上げております。私はただの信徒の一人に過ぎません」


男がバラの花束を差し出し、聖女と呼んでいた相手はメグだった。

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