招かれざる来訪者 6
チク、チクと一定のリズムで進む時計の針を睨みながら、俺、佑利は今にもこの部屋を飛び出していきたい気持ちをぐっと抑え続けていた。
ロバートさんの部屋を出て自室に戻った後、俺は彼の指示通りすぐに服を着替え、自分でウィッグを被った。寝室の姿見で何とか聖女の格好になっているのを確認してから部屋に戻ると、自分のデスクの上にメモがあることに気が付いた。それはメグからのメッセージだった。
彼女も、俺に必ず自室にいるようにと書き置きを残していた。ロバートさんやメグの言うとおりそれが最善と理解してはいたが、それを飲み込むのは難しかった。アリーが、もしかしたらメグも大変な目にあっているかもしれないのに、俺は部屋にいることしかできなかった。それが、何とも歯がゆく、悔しかった。
そのときの俺に許されていたのは、じっと耐え、ただただアリーたちの無事を願うことだけだった。
かなりの時間耐えていた気がしたのだが、俺が部屋で一人じっと過ごしたのは、後から思い返せば三十分にも満たない時間だった。
俺がソファに座りじっと時が過ぎるのを待っていると、外から微かに人の話す声と足音が聞こえてきた。それに気づいた俺がバッと勢いよく顔を上げると、ちょうどそのタイミングで部屋のドアをトントンとノックする音が無音の部屋に響いた。
すぐドアに飛び付きたくなったが、落ち着いて俺は続く声を待った。それこそ数秒のことだったが、そのときはひどく長く感じた。
そうして緊張して待つ俺の耳に届いたのは、慣れ親しんだ彼女の声だった。
「ユーリ様、メグでございます」
早口になってしまったが、俺はすぐに「どうぞ」と返した。立ち上がり、ドアが開くのを今かと見つめていると、ゆっくりと部屋のドアが開いた。
そこにはメグと、そしてアリーが立っていた。俺は思わずドアのところまで、駆け寄った。
「アリー!大丈夫だったか?怪我とかしてないか?」
部屋に入ってきたアリーに、ドアが閉まりきるのも待てず、俺はそう聞いた。アリーはパッと見たところ怪我などはしていないようだったが、顔には涙の痕が残っていた。
赤くなった目元に不安を覚えたが、アリーは気丈にはっきりと答えた。
「大丈夫です、ユーリ様。すっごく怖かったけど、メグさんや皆さんに助けていただきました」
「そうか、とにかく無事でよかったよ。メグ、アリーを助けてくれてありがとう」
アリーの隣に立つメグも、少し目元が赤いように見えた。
「ヨンハンス司教や多くの方が助けてくださったおかげです。ユーリ様こそ、お部屋にいてくださってありがとうございました」
「俺は何もしてないよ。アリーたちが大変だったのに、本当に何もできなかったよ」
思ったより情けない声を出した俺に、メグとアリーはぐいっと一歩分身を寄せた。
「いえ、私たちはユーリ様のお力に救われました」
「本当に凄かったんですよ。悪い奴も怯ませちゃうし、人もたくさん集まったので、そこに紛れて私たち無事に逃げることができたんです」
二人はそう言ってくれたが、俺には彼女たちが何を言っているのかよく分からなかった。彼女たちに起こったことを詳しく聞くためにも、俺たちはまずソファに座ることにした。
落ち着いて話をするためにもお茶を淹れようとしたのだが、俺が手をつける前に、メグとアリーがささっと準備をしてしまった。こんなときぐらい休んでほしかったが、「こうしていると日常に戻れた実感がわきます」と言われてしまったので、俺は早々に手を出すのを諦めた。
結局、いつも通り彼女たちが用意してくれた紅茶を飲みながら、俺は今回彼女たちの身に起きたことについての話を聞いた。
ロバートさんの部屋に届けられたメモにあった通り、アリーはジュリアスに捕まっていたそうだ。アリーを助けようとしたメグまでも奴に捕まりかけたところで、あのブローチが活躍し、彼女たちは難を逃れたらしい。そしてジュリアスたちの側から逃げた先でヨンハンス司教が手配してくれた騎士に保護され、この部屋まで送ってもらったらしい。
話の中で、メグが俺が贈ったブローチを使ったくだりを聞いて、やっと彼女たちが俺に言ってくれた言葉の意味を理解することができた。
「あのブローチが役に立ったんだな。思いつきみたいなもんだったけど、作っておいて本当によかったな」
「このブローチのおかげでアリーを助けることができました。それにあの光を見た人が多く集まったことで、人混みに紛れて逃げることもできました。これがなければ、私たちはどうなっていたか分かりません。ユーリ様、本当にありがとうございました」
「いや、でもメグたちが危ない目にあったのは、俺の侍女だったからじゃないか。お礼を言われるどころか、俺が謝らなきゃならないことだよ」
俺の言葉に、メグは静かに首を横に振った。
「それは違います。悪いのは立場の弱い私たちを利用して、ユーリ様に働きかけようとしたジュリアス様です。ユーリ様が謝ることなど一つもございません」
「そうですよ!ユーリ様がきっぱりお断りの手紙を書いてたのに、未だにしつこいあの人が悪いんですよ!」
二人のフォローに、俺は小さくありがとうと返した。
「確かにジュリアスが今回の一番の元凶だな。今回は引き下がったけど、あの男ならまた何かしてきかねないよな。何か対策を考えないとな」
「私も同感です。ユーリ様をきちんとお守りできるよう、警備を強化するようロバート様に相談したいと思います」
あんなことがあったのに、自分を棚に上げるようなことを言うメグに、俺は釘を刺しておいた。
「俺を守るなら、メグたちも守られなきゃダメだ。今度あんなことがあったら、次こそ俺は部屋を飛び出ていくからな」
てっきり遠慮をするのではないかと思っていたが、メグはあっさりとそれを受け入れた。
「もちろんです。私たちのせいで、ユーリ様にご迷惑をおかけしたくはありません」
その考えはアリーも同じようだった。
「貴族が相手だと、私じゃ何もできないって痛感しました。私も、もう二度とユーリ様の弱点にはなりたくはありません。自分のこともしっかり守ります」
「うん、二人が安全じゃないと、俺も安心できない。自分のことも大切にしてくれよな」
俺がそう言うと、二人はしっかりと頷いてくれた。
「しかし、二人を守るって具体的にはどうするのがいいのかな?こういうのは、ロバートさんに相談すればいいかな」
「そうですね。今回、ヨンハンス司教も動いてくださったようなので、司教にもお話を通した方がいいかと思います」
「騎士を手配してくれたんだよな。お礼も言いたいし、どこかで時間を取ってもらうことにするよ」
そうしてこの先のことを話していると、トントンと来客を告げるノックの音が聞こえてきた。一瞬、俺たち三人は警戒をしたが、それはすぐに解かれることとなった。
「ロバートです。ヨンハンス司教もいらっしゃいます」
ロバートさんとヨンハンス司教が来たなら、今日のことや、この先のことを相談できそうだ。そう思って俺がメグにドアを開けるよう頼もうしたところ、アリーにストップをかけられた。
「ユーリ様、この髪と服はご自分でなさいましたよね?ヨンハンス司教にもお会いするなら、少し直させてください。さ、寝室に行きましょう」
確かに、思い返せば今の俺はギリギリ聖女といった格好だった。俺は来客の対応はメグに任せて、アリーに引っ張られるまま、寝室へと一旦引っ込んだ。
アリーに手早く髪や服を直してもらい、簡単な化粧もされてから、俺はヨンハンス司教たちが待つ部屋に戻った。
俺はヨンハンス司教の向かいに座ると、まず最初に彼にアリーとメグを助けてもらった感謝を伝えた。
「ヨンハンス司教、二人を助けてくださって本当にありがとうございました。司教のおかげで、彼女たちはこうして無事に戻ってきてくれました」
「お礼には及びません。ユーリ様こそ、彼女たちに身を守る力を授けてくださり、ありがとうございました。あの光あったからこそ、彼女たちは逃げられたのです。私はその後の対応をしたに過ぎません」
「モングスト侯爵令息相手に、その対応ができる人は限られています。ヨンハンス司教がいてくださって本当によかったです」
俺がそう伝えると、ヨンハンス司教は少しだけ声を潜めた。
「実は、私は今日、王城での予定があったのです。しかし、出かける直前に王弟殿下の使いから、今日は教会に留まるようにと連絡が来たため、外出を取り止めたのです」
「それって……」
その先の言葉を読んだのか、ヨンハンス司教はこくりと頷いた。
「明確な理由を伝えられた訳ではありませんでしたので、恐らく王弟殿下も確信はお持ちではなかったのでしょう。しかし、そのご配慮のおかげで、我々は彼女たちを助けることができたのです」
王弟、アレックスの義父が連絡をしてくれていなければ、今日教会にジュリアスを止めることができる人はいなかったのかもしれなかった。
「そうだったのですね。王弟殿下にもお礼を伝えなければなりませんね」
「ユーリ様は王弟殿下と面識がございませんので、殿下へは私が連絡をいたします。ユーリ様はご子息のアレックス様からお礼をお伝えするのがよろしいかと思います」
「分かりました。彼にも今回のことを相談したいと思っていましたし、そのときにお礼を伝えてもらえるように頼んでみます」
そうして今日の出来事について話し合った後、俺たちはこれからの対策についても続いて意見を交わした。
「ユーリ様のおっしゃる通り、メグとアリーが教会の表に出るときには護衛を付けるようにいたします。それから、貴族が来ているときには、二人は表に出さないようにいたします。今回の話を聞いて、同じようなことを考える者が出ないとも限りませんので」
「よろしくお願いします」
「人員を手配しますので、ご不便をおかけいたしますが、ユーリ様もしばらくはこの部屋でお過ごしくださいますようお願いいたします」




