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招かれざる来訪者 5

それは咄嗟の行動だった。

目の前で今にも踏まれそうになっているアリーを助けたくて、メグは強く目を閉じて、ユーリから贈られたブローチにすがるように魔力を流した。


その瞬間、ぎゅっと閉じたメグのまぶたの向こうに、神々しいまでに眩い光が現れた。二人を守るためにとユーリが込めた『ライト』の魔法が、メグの助けに応えるかのように彼女の目の前に呼び起こされた。ユーリの豊富な魔力により発動したその魔法は、容赦ない光をジュリアスたちに浴びせた。


「ぐあっ!」


メグの目の前で、ジュリアスが両手で目を覆い、苦しそうに呻いた。彼の後ろにいた騎士や侍従も眩しい光を直視したため、俯いたり、目を押さえたりしたりしていた。


彼らが目をやられもがいている隙に、メグは倒れていたアリーに駆け寄った。


「アリー!早くこっちへ!」


メグの声に、アリーは暴力に耐えるためぎゅっと閉じていた目を開けた。アリーは何が起こったのか分かっていなかったが、メグに引っ張られるままに立ち上がり、ジュリアスの側から急いで離れた。


メグがアリーの手をしっかり握り、教会の奥へと向かおうとしたときだった。背後から激しい怒気を含んだ声が、彼女たちに浴びせられた。


「おいお前たち、俺に一体何をした!貴族に対して暴力を振るうなど、どうなるか分かっているのだろうな!」


ジュリアスは未だ視界が戻りきらぬ片目を押さえたまま、二人にそう怒鳴った。彼はよろめきながらも、メグたちに向かって一歩ずつ近づいてきた。メグたちはお互い手を握ったまま後ずさりをして距離を取ろうとしたが、しばらくすると無情にも彼女たちの背は壁に当たった。


もう逃げられない。退路を断たれ震えるメグたちに、ジュリアスは怒りに任せて拳を振り上げた。しかし、その拳がメグたちに振り下ろされることはなかった。

なぜなら、礼拝堂の中に急に人がどっと押し寄せてきたからだった。


「今の光は、なんだったんだ?」

「光を出すのは『ライト』の魔法だろ?すごい光だったな」

「ばか、光魔法なものか。そうだとしたら、あんな強い光を出せるのは聖女様だけだぞ」

「聖女様?聖女様がいらっしゃるのか?」

「聖女様は礼拝堂にはお越しにならないんじゃないのか?今、お見えなのか?」

「え、聖女様がお見えなのか?どこだ?どの方だ?」

「当代の聖女様は黒髪の乙女だろ。光の方にいたのは、金髪の娘だったぞ?」

「聖女様がいらっしゃるの?ああ、なんてことかしら!」

「金髪の人が聖女様なの?」

「父さん!聖女様がいらっしゃるそうですよ!」

「聖女様!」「聖女様!」「聖女様!」


最初は強い光を見た人が何事かと礼拝堂を覗き込んでいただけだったが、一人があれが光魔法だと言うと、瞬く間に今の光を起こしたのは聖女に違いない、聖女様が礼拝堂にいるという話に膨れ上がった。それを聞いた人が、どんどん礼拝堂に入ってきたのだった。

人が人を呼び、それまで閑散としていた礼拝堂はすぐに多くの人でごった返すようになった。


それまではジュリアスが連れてきた騎士が立ちふさがるようにして、礼拝堂の奥、アリーの捕まっていた場所に人を寄せ付けないようにしていた。そうしてジュリアスの行いを人目に触れないようにしていたのだが、今や礼拝堂には騎士たちでは抑えきれないほどの人が集まっていた。ジュリアスが拳を振り上げたときには、彼らのすぐ近くまで人が押し寄せていたのだった。


「おい、お前たち何をしている!こいつらをとっとと押し返せ!」


ジュリアスが苛立ちながら命じたが、礼拝堂には次々と人がやってきていて、既に数人の騎士でどうにかなる状況ではなくなっていた。

そうして彼らが揉めている隙に、メグは近くまで来た群衆の中へ、アリーを連れて駆け込んだ。「待て!」と叫ぶジュリアスの声を背に、彼女たちはどんどん人混みの中へ逃げていった。


「くそっ!追え!捕まえろ!」


ジュリアスは騎士にそう命令したが、周囲に人が増えすぎ、騎士は彼の周囲の空間を確保するだけで精一杯になっていた。ざわざわとした喧騒が、ジュリアスのただでさえ苛立っていた神経を逆撫でした。彼が爆発しそうになったそのとき、それまで騒がしかった人々が急に静かになった。


何事かとジュリアスが群衆が顔を向ける方を見ると、礼拝堂の壇上に一人の男が立っていた。彼は教会まで出向いて祈りにくるほどの信者であれば、誰もがその存在を知っている人物だった。


「ヨンハンス?バカな、奴は今日は不在ではなかったのか」


驚きながらジュリアスはそう呟いた。ヨンハンスはこの教会において、ジュリアスが権力で押さえつけることのできない数少ない相手であった。そのため、ヨンハンスの予定を調べ、王城での会合のため不在だと知っていたからこそ、ジュリアスは今日聖女の侍女を捕まえる計画を実行したのだった。

それなのに、そのヨンハンスが確かに壇上にいた。

ジュリアスが信じらない思いでその姿を凝視する中、ヨンハンスは素知らぬ顔で礼拝堂に集った人々に話しかけた。


「ここにいる皆は、先ほどの強い光のことが知りたくて集まっているのだろう。皆が目にしたあの光は、確かに聖女ユーリ様のお力により顕現した光である」


ヨンハンスのその宣言に、人々はどよめいた。聖女様がいらっしゃるのかと再び騒がしくなった人々を落ち着かせてから、ヨンハンスは言葉を続けた。


「しかし、こちらに聖女様はいらっしゃいません。先ほどの光は、ユーリ様より聖女様の力を託された者が、その身を守るためにその力を使ったことで、生み出されたものだったのです」


ヨンハンスは見渡すように聴衆に目を向けた。彼は礼拝堂の端から端まで視線を動かす中で、あくまでも自然に、でもしっかりとジュリアスを見た。


「幸いにも聖女様のお力により危機は脱しました。皆が見たのは間違いなく慈悲深き聖女様の救いの力だったのです」


その言葉に、人々はわっと沸き立った。興奮冷めやらぬ人々に、ヨンハンスはこう静かに告げた。


「此度の聖女様は静かにお務めをされることをお望みである。しかし、結界を構築する儀式の際には、皆の前にそのお姿を見せてくださるだろう。お姿を目にできるまではもう少しあるが、皆そのときまで待っていてもらいたい」


そうして遠からぬうちに聖女の姿を見れることを告げてから、ヨンハンスは皆に解散するよう声をかけた。人々は今日見た光や、聖女の姿を見れるという儀式の話をしながら、彼の言葉に従い次々と帰っていった。


礼拝堂に残る人の姿がまばらになった頃に、ヨンハンスは共を連れて壇上から降りた。そして、未だ礼拝堂の隅に残っていたジュリアスのもとへと向かった。


「モングスト侯爵令息様、貴方の本日の御用向きは部下より伺いました」


ヨンハンスの表情はいつも通り温和だった。しかし、彼の声にはその温かみは含まれていなかった。


「聖女様は自らが侍女に授けた護身用の力が必要になった事態に、とても心を痛めておいででした。しばらくは手紙を書くためにペンを持つこともできぬほど、深く悲しまれておりました」


それは、今までは書いていたジュリアスの誘いに対する形式的な断りの手紙すら、今後は書かないという宣言だった。奥歯をギリリと噛みしめるジュリアスに、ヨンハンスはさらにこう続けた。


「もうすぐ礼拝堂を閉める時間です。ここに戻ってくる人間はもうおりませんので、モングスト侯爵令息も早めにお帰りくださいませ」


ヨンハンスは帰宅を促す言葉の裏で、メグたちを再び捕まえさせはしないとジュリアスに告げた。それを正しく受け止めたジュリアスは、己の計画の失敗を突きつけられたことで、内心ははらわたが煮えくり返る思いであった。しかし、貴族としての矜持で、表面上はあくまで穏やかにしながら、彼は礼拝堂から去っていった。




「くそっ!折角不在を狙ったのに、なぜ奴が教会にいたんだ!」


ジュリアスは馬車のドアが閉まるやいなや、すぐにそう声を荒げた。


「それにマーガレットがあんな力を使うとは。平民紛いの侍女にご自分の力を込めた結晶を渡すなど、ユーリ様は何を考えておられるのだ!」


ヨンハンスのことも計算外であったが、メグがユーリの力で反撃してきたことも、ジュリアスにとっては予測もしていなかったことであった。


「侍女を重宝されているとは聞いていたが、ここまでだったとはな。くそっ、これではただユーリ様からの印象を悪くしただけではないか。ヨンハンスにも見られていては、揉み消しもできん。ああ、あの方の隣に立つのはあんな顔だけで成り上がった男などではなく、聖女の血も流れるこの私だと言うことを、早くユーリ様に理解していただかねばならないのに」


向かいの座席をガンガンと蹴りながら、ジュリアスは呪詛を唱えるかのようにそう呟いた。

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