王女との取り引き 2
『アクセサリーを作る』
その単語を聞いて俺が真っ先に思い浮かべたのは、先日フィリップス工房で行ったあの頭を捻りに捻ったデザイン選びの工程だった。
俺が?王女様にアクセサリーを作る?この国で一番良いものに触れているであろうこの人に?
恐ろしい可能性から意識を現実に戻し、俺は改めて目の前に座っている女性を見た。
今日はお忍びのため、フランチェスカ王女はドレスもアクセサリー類も一見シンプルなものを身に着けていた。しかし、どれも無駄のないデザインで、とても品がよかった。華美ではないのにきちんと高級に見えるということは、相当デザインが良いのだろう。
この人に贈るものを俺が作るのか?無理で無茶じゃないか?
思わず遠い目になった俺を見て、目の前のフランチェスカ王女がほんの少しだけ眉を下げたように見えた。気のせいかと流しかけたが、その次の王女様の言葉で、気のせいではなかったことを知らされた。
「やはりアクセサリーより、もう一度聖女様の奇跡を目にしたいですわ。ユーリ様、私にまた『ミラクル』の祝福をいただいてもよろしいでしょうか?」
にこやかな笑顔なのは変わらなかったが、彼女が俺に気を遣って要求を変えてくれたのは明らかだった。そんなフランチェスカ王女に、俺は慌てて考えていたことを打ち明けた。
「あの、嫌とかそう言うのではないんです。ですが、私は元の世界であまりアクセサリーに縁のない生活をしていたもので、その、王女様に相応しいものを作れる自信がないのです。お礼なのに変なものを贈ることになってしまうと、申し訳ないことになるなと思っていたのです」
男なので女性ものの良し悪しは分かりませんとは言えないため、俺は必死に言い訳を並べた。しどろもどろ喋る俺を見て、フランチェスカ王女はホッとしたように小さく笑った。
「ごめんなさい、私の説明が足りませんでしたね。ご心配には及びませんわ。デザインは私が懇意にしているデザイナーに任せますし、材料となる結晶などもこちらで用意します。ユーリ様には、結晶に魔法を込めていただきたいのです」
アクセサリーと聞いて勝手に色々考えてしまったが、どうやらそれは俺の早合点であったようだった。
「そうでしたか。それであれば喜んでお受けいたします。ちなみにどの光魔法をご希望ですか?」
確かフランチェスカ王女も光魔法の素養があったはずだ。自分でも唱えられる簡単な『ライト』ではなく、恐らくそれより光属性の適性が求められる魔法を希望されるだろう。
「『ミラクル』と、それを発動させるだけの魔力を込めていただきたいです。魔力もとなると、大変でしょうか?」
「私は魔力量が多いそうなので、全く問題ありません。結晶を用意してもらえましたら、予定を調整して加工に向かいます」
「まぁ、ユーリ様は歴代の聖女様よりお力が強いとは聞いておりましたが、本当でしたのね。結晶は既に手元にありますので、後で予定を相談させてください」
「分かりました」
フランチェスカ王女からの要求はどんなものが来るかと身構えていたが、これなら問題なく対応できそうだった。彼女の要望も叶えられそうだし、お礼の件もこれでまとまったかなと俺は思っていたが、話はまだ終わっていなかった。
「話は変わりますが、お手紙にも書かれていた通り、今回のキャサリン侯爵令嬢の件についてユーリ様が動いたことは周囲の方に知られたくないのですよね?」
「はい」
今回のことは、俺が勝手にやると決めたことなので、メグにはその経緯も、結果も伝える気はなかった。生真面目な彼女のことだから、知るときっと俺にも気を遣うだろうし、キャサリンの人生を自分が変えてしまったのかも知れないと罪悪感を負うかもしれないと思ったからだった。
「では、ユーリ様が私にアクセサリーのための結晶を加工してくださる理由を考えねばなりませんね」
「あっ、そう言われれば、そうですね。急に贈り物をすると、不自然ですね」
俺は全く気づいていなかったが、確かにフランチェスカ王女の指摘通りだった。何か王女様にプレゼントを贈るそれらしい理由があるだろうかと俺は今から考えようとしたが、フランチェスカ王女はそこまで考えてきてくれていたようだった。
「実は私、もうすぐ誕生日ですの。ユーリ様は貴族の多く集まる祝いの場には出向かない代わりに、光魔法を込めた結晶を私に贈ってくださる、という理由はどうでしょうか?」
誕生日なら、確かにそこまで親しくなくても物を贈る理由にはなる。他にいい案が思い付けないのもあったが、俺は彼女の案に同意した。
「ありがとうございます。フランチェスカ王女の案でお願いしたいと思います」
「では、決まりですね。そろそろ侍女たちを部屋に戻そうと思いますので、そこで誕生日の話をしたいと思います」
「分かりました。私は演技とかは得意でないので、会話が棒読みにならないように気を付けます」
そうしてお礼の件が今度こそ片が付いたので、フランチェスカ王女の侍女やメグたちを俺の部屋に呼び戻した。
王女様の侍女が流れるような手付きで新しい紅茶を淹れてくれる横で、俺たちは先ほど決めた誕生日の話をした。
俺はうまく応じられるか少し緊張していたが、フランチェスカ王女はその辺りも加味してくれていたようで、ほとんど彼女が話をしてくれた。俺はその会話に短い相づちを打つだけだった。
自然にアクセサリーを贈る理由を説明できた後、その話の流れでフランチェスカ王女はこう言った。
「実はアレックスから、ユーリ様が先日アクセサリーを作りに行かれていたことは聞いておりましたの。そのときに聖女様の魔法が込められたアクセサリーだなんて素敵だなと思っていたので、本当に嬉しいです」
「アレックス様からですか?」
「ええ、彼とは幼い頃から付き合いがあるのです。彼は今もお兄様の護衛を務めることもあるので、話をする機会がよくあるんです」
確かに最初に王宮へ行ったときも、アレックスはディラン王子の側にいた。予約の難しい店に予約をねじ込めたことといい、王族と小さい頃から付き合いがあることといい、やはり彼は相当地位の高い貴族なのだろう。
そんな人に絡まれると断りづらいから、聖女を狙うの止めてほしいんだよなと思っていると、そんな思考を読んだかのような言葉をフランチェスカ王女から掛けられた。
「そう言えば噂で聞きましたが、アレックスがユーリ様を貴族街のお店にご案内したそうですね。仲睦まじい様子だったとかで、ご令嬢たちがずいぶん嘆き、騒いでおりましたわ」
「あっ、あれはちょっと理由がありまして、お店に連れていってもらっただけなんです。断じてそういうのではないんです。けど、そうですか、噂になっているのですか」
嬉しくないことに、アリーの予想通りガロンヌのカフェでアレックスの連れていた人物は俺であるとバレていたようだった。しかも、仲睦まじいとか、噂らしく尾びれ背びれまでついているようだった。
俺(男性)が王都一の男前(当然男性)と華やかな噂になっている。その事実に、フランチェスカ王女が目の前にいるのに、俺は自分の笑みが引きつるのを抑えきれなかった。
「王宮にユーリ様がいらしたときから、アレックスが珍しく気にしておりましたの。彼はあの容姿で、いえ、あの容姿だからこそ今まで特定の女性と親しくお付き合いしたことはありませんのよ」
高嶺の花でもないけれど、男前も度が過ぎると遠巻きにされたり、特定の相手を作るのが難しくなったりするんだろうか。
と言うか、それだけモテるなら『聖女』なんかにこだわらず、好みの女性でも選んでくれよと思っていると、不意にフランチェスカ王女に「ユーリ様」と名を呼ばれた。
逃避のような思考に耽っていた視線を王女に向けると、今まで軽く噂話の話をしていたはずなのに、彼女は何故か真剣な目をしていた。切羽詰まったようにさえも見えるその表情がどこから来るものかが分からず、俺は思わず黙って彼女を見つめ返した。
俺の視線を逸らさずに受け止め、彼女は何か大切なことでも告げるように、ゆっくりと口を開いた。
「ユーリ様はアレックスのことをどう思われていますか?彼の好意を、あまり嬉しく思われていないように見えますが、彼のことはお嫌いですか?」
セリフだけ聞けば、幼い頃からの知人の恋路を心配する言葉に聞こえたかもしれない。しかし、そう口にした彼女の表情の奥深くにあるものは、そんな軽いものではないように俺には感じられた。
なぜ王女様がアレックスのことをこんな真剣に聞いてきているのか、俺には見当も付かなかった。その理由を考えてしまい、何も返せずにいた俺に、彼女は返答を待たずこう告げた。
「ユーリ様には、ユーリ様のお気持ちがあることは十分承知しております。それでも、お願いです。どうか彼を嫌わないで、いえ、嫌うような素振りを見せないでやってくださいませ」




