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王女との取り引き 3

それは懇願とも取れるような言葉だった。単なる恋愛の話と取るには、重く、真剣すぎるトーンだった。

アレックスが聖女に向ける好意には、聖女の血を求める以外の、何か別の意味があるのだろうか。そう思わせるような言葉だった。

その真意を尋ねようと俺が口を開きかけたとき、それを遮るようにフランチェスカ王女が場違いに聞こえるような明るい声を出した。


「ごめんなさい、ユーリ様。驚かせましたよね?でも、アレックスはあの容貌だから、言い寄られることは数多あっても、袖にされた経験なんてないんです。あれでいて案外、打たれ弱いところもあるので、お手柔らかに願いたいのです」


失恋したと大の男に泣きつかれても迷惑ですので、とコロコロ笑う姿は、先ほどの深い表情は見間違いだったかと思わせるものだった。

しかし、どこか違和感のある明るさに、さっきの「アレックスを嫌わないでほしい」という言葉の方こそ、彼女の本心なんだろうと俺は思った。

彼女たちの事情は分からないが、俺は男なので彼を恋愛的に受け止めることはできない。しかし、だからと言ってあれほど親切にしてくれる人を無下にするつもりもなかった。


「アレックス様の過分なお気遣いやお気持ちには、その、困惑してしまうのですが、親切にしていただいているとは思っております。実際、騎士団の詰め所でも助かりましたし、連れていっていただいたカフェも私の侍女が一度は行ってみたいと言っていたところでしたので、大変嬉しかったです。ですので、あの方を嫌っているということはありません」


俺がそう答えると、フランチェスカ王女は明るく見せていた表情を緩め、ホッとしたような顔を覗かせた。彼女の意図は分からないままだったが、とりあえず俺が嫌ってはいないということだけは伝えることができたようだった。



そうしてどこか含みを感じたアレックスの話題を終えた後は、それを払拭するかのように、フランチェスカ王女は王都の流行りのお菓子や店の話や、段々寒くなってきているので俺に似合う外套の話など、年頃の女性らしい話題を振ってきた。そんな話題だと当然俺はうまく返せないことも多かったのだが、彼女は終始笑顔を絶やさず、楽しげに話しかけてくれた。


「ありがとうございました、ユーリ様。こんなに楽しく話をしたのは久しぶりでした。またお会いできるのを楽しみにしております」


多少のぎこちなさもあったお茶会の後、どう考えても俺の方が話題を繋いでもらった側なのに、フランチェスカ王女は帰り際にそう挨拶をして王城へと帰っていった。こちらの無理な願いを聞いてもらって、かつこんな気を使ってもらったことを申し訳なく思いながら、俺は王女様を見送った。


せめてお礼のプレゼントぐらいはしっかり作らなければ、到底釣り合いが取れそうになかった。結晶に魔法と魔力を込めに行く件については、工房の名前などが少し話に出ていたが、詳細については後でロバートさんが王宮の人とやり取りをしてくれると言ってくれた。そのため、予定が決まったらなるべく早く対応しようと俺は心に決めた。



王族を招くという一大イベントを終えてもまだ周囲がパタパタと騒がしい中、部屋の片付けがあらかた終わったところで、俺は王女様を迎えるために着ていた正装を解いてもらった。フランチェスカ王女と対峙した俺も緊張などでヘトヘトだったが、事前準備を色々してくれていたロバートさんも、お茶を淹れたり細々対応をしてくれたメグも、少し疲れているように見えた。

そんな中、俺の正装の装飾をテキパキと外すアリーだけは、いつも以上のテンションだった。


「フランチェスカ王女、とっても素敵でしたね!お姿も佇まいも品があって、とにかくすごかったです。お話されていた洋服とか小物も王家御用達の一流ブランドのものばかりで、はー、夢みたいに素敵な時間でした」


フランチェスカ王女が俺に振ってくれた女性が好みそうな話題は、どうやらアリーに非常に刺さったようだった。彼女は手を動かしながらも、夢心地で王女様の語った話題について話していた。


「そういえばコートとかも色々薦めてくれたよな。俺は名前も分からなかったけど、やっぱ有名なブランドばっかりだったのか?」


「当然、そうですよ!しかも今年の流行についてもお話されてたじゃないですか!シンプルなラインのファー付きコート、絶対流行しますよ。もうじき王都でも雪が降る季節になりますし、買いに行きましょうよ~!」


「王族御用達なんて、ハイブランドなんだろ?期間限定の女装に使うには、もったいないよ」


俺はそう断ったのだが、それに反論をしたのはアリーではなく、メグだった。


「守護結晶が聖女様の魔力で全て満たされると、最後に結界を構築する儀式を行います。儀式は民衆にも見えるよう外で行われます。今のペースで魔力の充填が進むと、恐らく寒い時期に儀式をすることになるでしょうから、聖女様に相応しいコートは購入されるべきかと思います」


「儀式か、そんな仕事もあるのか」


「はい、聖女様の最後の仕事になります」


最後の仕事という言葉には、浮わついた心をグッと現実に引き戻すようなそんな響きがあった。最近はキャサリンのことやフランチェスカ王女の対応など、目の前のことばかりを見てしまっていた。しかし、そろそろ聖女としての仕事を終えた後、俺はこの世界でどう生きるかも考えていかなければならなかった。

伝も知識も何もないこの世界で、『聖女』という肩書きがない俺に何ができるのか。そんな不安と向き合うことに怯みかけている俺を他所に、アリーは楽しそうな声を出した。


「逆に言えば、そこまでは聖女様としての衣装が必要なんですよ。はぁ、メゾン・ルベリアのコートのカタログを見れるなんて、夢みたい。楽しみ~」


勝手に決定事項のように語るアリーをメグが窘めてはいたが、彼女もそこでコートを買うことには賛成のようだった。


「儀式用の衣装となるとそれなりの品格が必要ですし、フランチェスカ王女がご紹介くださるとのことですから、お言葉に甘えるのがいいのではないかと思います」


「でも、相手は王族だぞ。そこまで甘えて大丈夫なのか?」


キャサリンのことと言い、既に色々甘えさせてもらっているので、正直少し気が引けるところがあった。そんな俺の心配を他所に、アリーはあっけらかんとした声でこう言った。


「むしろユーリ様がフランチェスカ王女を頼った方が、向こうも安心するんじゃないですかね?」


「安心する?どういう意味だ?」


「王族の方々は、二度と聖女様をこの国から失わないように気をつけていらっしゃいますからね。ユーリ様と接点が多い方が安心されるんじゃないかと思いますよ」


アリーがさらりと言った言葉に、メグが少しばかり肩を強ばらせた。その反応と、俺の「二度と?」という言葉に、アリーが気まずそうな顔をした。


「あれ、もしかして、これってユーリ様ご存知じゃなかったです?」


メグとアリーの反応と、「国から聖女を失う」という内容から、あまり進んで話したくなるような内容ではないことは窺えた。しかし、聖女に関することのようだし、知ってしまったからには、聞かなかったことにはできそうになかった。


「過去の聖女に何があったか聞いていいか?」


俺がそう尋ねると、メグは少し間を置いてから、その失われた聖女だという先々代の聖女に起こったことについて話をしてくれた。



先々代の聖女は、この国の平民だったそうだ。彼女の家系は遡れば没落した貴族に連なるそうだが、ほとんど魔力を持たない平民から聖女が誕生するのは、非常に異例なことだったらしい。

突然別の世界から神託の鐘のところに連れてこられた俺と違い、ある日聖女だと自覚した彼女は自らの足で教会まで来た。教会の人間に自分が聖女のようだと伝えたが、平民ということもあり、神託の鐘が鳴るまではホラ吹きのような扱いをされたそうだ。


そうして聖女となった彼女を取り巻く環境は、がらりと大きく変わった。日々の待遇もそうだが、今までは目にかかることすらなかった貴族や王族が、含みのある好意を持って彼女に近づいてきた。

聖女の血を狙う男からは打算にまみれた偽りの好意を向けられ、貴族からは表向きは聖女として敬われるが、影ではその出自から平民として見下された。そんな居心地の悪い空気の中、何とか必死に聖女としての役目をこなしていたところ、彼女は当時の王太子にプロポーズをされたそうだ。

平民だった彼女にとって、王族からの願いは命令のようなものであった。断るという選択肢が彼女にある訳もなく、胸中を不安で満たしながらも、彼女は王太子の手を取ったそうだ。

彼女は聖女である上に、王太子の婚約者となったが、周囲の目は変わらなかった。表面上は彼女を持ち上げつつも、挨拶の仕草など小さなことまであげつらって、友好的な笑顔の裏で彼女を嘲笑った。


そうした中でも、教会の人間に支えられながら彼女は何とか守護結晶を満たしきった。しかし、後は結界の儀式と王太子との正式な婚約の締結を残すのみとなったある日、彼女は忽然と姿を消したそうだ。

教会には、隣国で一人の女として生きます、というメモだけが残されていた。聖女が国を捨てるなど前代未聞であり、王国は国中の兵を動員して彼女を探したが、ついぞ彼女を見つけることはできなかったそうだ。



「そうして聖女様を失ったことにより、当時の王族や貴族はかなり平民からの支持を失ったそうです。一部、暴動が起こったという記録もあります。フランチェスカ王女がユーリ様に気を遣われるのは、恐らくですがそういう理由もあると思われます」


引っ掛かった言葉を軽く聞いただけのつもりだったが、返ってきた答えは思ったよりヘビーなものだった。


「こっちに来てから聖女ってすごく気遣われる存在だと思ってたけど、そういう理由があったんだな」


「聖女様が唯一無二の存在であるのは昔から変わらないことです。しかし、昔の方が今より身分に厳しかったので、聖女様と言えど平民であったため、相当な苦労をされたそうです」


「俺はそんな扱いされたことないから俄には信じ難いけどな」


教会の皆はもちろん、王族も貴族も俺をぞんざいに扱うことはなかった。


「それは、ユーリ様が異世界からいらっしゃったということも影響していると思います。ユーリ様はこの世界での身分をお持ちではありませんので、彼らにとってユーリ様は上でも下でもないのです。純粋に『聖女様』として見ることができるのだと思います」


「なるほどね」


そう思うとこの世界から選ばれる聖女は、本来の身分に縛られるため大変だなと思った。女装はしなければならないが、もしかすると異世界から来た俺は、境遇としては恵まれているのかもしれないと思った。

そうしてフランチェスカ王女の過分な気遣いの謎は解けたが、さっきの話で一つだけ気になったところがあった。


「メグ、さっきの話で先々代の聖女は儀式の前に消えたって言ってたけど、その時代の結界ってどうなったんだ?まさか結界を作れなかった訳じゃないよな?」


「その点については問題ございません。守護結晶へ光属性の魔力を注ぐには、多くの魔力と強い光属性の力が必要ですが、満たされた結晶を作動させることは、光属性の力さえあれば誰にでもできるのです。先々代の聖女様ときには、光属性を持っていた当時の王女様が代わって儀式を行ったと聞いています」


人前でやるその儀式は俺でなくてもできるのか、それはいいことを聞いたと思っていると、考えが顔に出ていたのかアリーにこう釘を刺された。


「代わりの人でもできるだけであって、基本的には聖女様が行うんですよ。誰かに代わってもらおうなんて思わず、ルベリアのコート着てちゃんとユーリ様が儀式を行ってくださいね」


「コートの話はともかく、儀式は聖女であるユーリ様ご本人に行っていただきたいです。人前に出ると言っても、儀式は高台にある祭壇で行いますので、聴衆とはそれなりに距離がありますのでご安心ください」


そこから「少し先の話にはなりますが」と前置きして儀式の説明を始めたメグの声を聞きながら、俺は先ほど聞いた先々代の聖女の話とフランチェスカ王女の態度、そして彼女が語ったアレックスのことを思い出していた。


これまでの歴史と次代に繋がる可能性が高い聖女の血。聖女を取り巻く環境は、俺が捉えていたより複雑なのかもしれなかった。

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