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フィリップス工房 4

執事さんに案内され、俺たちは三階へと移動した。

三階は高級な雰囲気は二階と同じだったが、二階とは違い完全に個室となっていた。


広い部屋に通され、中央に置かれたソファに腰を下ろすと、机の上に新しい紅茶と共に複雑な魔方陣のようなものが書かれた透明の板が用意された。魔方陣の周囲には記号のような文字が書かれ、その側にはいくつか小さな結晶もはめ込まれていた。

俺が物珍しさからその板をじっと見つめる中、メグは慣れた様子でその魔方陣の真ん中に持ってきた結晶を一つ置いた。


メグと執事さんは魔方陣の書かれた板と結晶を確認し、細々と微調整をしていた。それが終わると、執事さんはメグと二、三言葉を交わし、頭を下げて部屋から出ていってしまった。

まだ追加の準備があるのかと呑気にお茶を飲んでいると、メグに声をかけられた。


「ユーリ様、準備が整いましたので、結晶の加工を始めたいと思います」


「え、もう?あと、あの店員さんは出てっちゃったけど、俺たちだけで始めていいのか?」


「はい、加工陣の作動は確認していただきましたので、後は私たちだけでも問題なく進められます。光魔法を扱うことになりますので、万が一にもユーリ様が聖女様だとバレないように、店員の方には席を外していただきました」


強い光魔法を使えるのは聖女だけらしいので、確かに目を眩ませられる程の『ライト』を込めたことなんて見せれば、俺の正体は一発でバレてしまう。


「そうなのか。俺がお忍びって言ったから気を遣わせちゃったな」


「いえ、そういう訳ではございませんよ。どんな魔法を込めるかを他人に知らせたくない場合もありますので、特に珍しい対応でもございません」


「なら、よかった。魔法を込めるのには、この加工陣っての使うんだよな?俺はどうしたらいい?」


護衛も部屋の外で待機してくれていたので、部屋には俺たちだけだった。そのため、俺はいつもの口調でそう聞いた。


「この模様のところに指を置いて、後は普通に魔法を使ってください。すると、魔力と共に魔法がこの結晶の中に入ります」


難しくはないと言う言葉通り、加工の作業自体は本当に簡単なようだった。俺はメグの指示通り、加工陣の一部に指を添えて、強めの『ライト』を使った。


もう慣れた魔法なので、呪文は唱えなかった。いつも通り魔力が動く感覚はあったのに、目の前に魔力により生み出される光は現れず、代わりに加工陣の中の結晶が一度、小さく光った。

起こった事象としては、たったそれだけだった。その光が消えたのを確認して、メグは加工陣の上にあった結晶を手に取った。彼女は何度か結晶を覗き込んだ後、小さく頷いた。


「問題なく加工されております。作業はこれで完了です」


昼食に響かない程度だとは聞いていたが、本当に一瞬のことだった。メグを疑う訳ではないが、あんな作業だけで加工できたのか信じられず、つい手渡された結晶をまじまじと見てしまった。


「あんな作業だけで、魔法がちゃんと込められているか心配になりますよね。私も初めて見たときはそう思いました。よければ一度、確認の意味も込めて作動をさせてみますか?」


「いいのか?なら、確認してみたいな。発動は、そうだな、アリーにお願いしてもいいか?」


俺の指名に、アリーは驚いた顔をした。


「私ですか?別に構いませんが、ユーリ様がならさなくてよろしいんですか?」


「俺がやるより、光魔法が使えない人に発動してもらった方が、ちゃんと結晶を使って光魔法が出たことが分かるかと思ってさ」


そうやってそれらしい言葉を並べたが、実際は魔力が低いアリーでも問題なく作動できるところを確認したかっただけだった。


「分かりました。では、お借りします」


「あ、強めの『ライト』を込めたから、結構眩しいと思う。メグも直視はしないように。光が漏れないように、両手でふたをするように持ってから、発動させてみてもらってもいいかな?」


「分かりました。光が漏れたら、光魔法を込めたのがバレちゃいますもんね。では、やってみます」


アリーは俺の指示通り、軽く目をつむり、両手で包み込むようにして結晶を握った。すると次の瞬間、彼女の手のひらが内側から透かされるような強い光が、手の中で生まれた。それは間違いなく、俺が使う『ライト』の光だった。


「あれだけのことで、本当に魔法が込められてたんだな」


結晶を覗き込み、俺はしばらく感心していたが、はたと折角結晶に込めた魔力を今使ってしまったことに気がついた。


「これ、折角込めた魔力がなくなっちゃったよな?もう一回加工したら戻るのか?」


机の上の加工陣の上に結晶を置こうとしたが、メグにそっと止められた。


「いえ、魔力の補充にはまた別の加工陣を用います。すぐに用意していただきますね」


そう言ってメグは店員さんに声をかけるため、一旦外に出た。そこからしばらくすると、執事さんが先ほど使ったものより一回りは小さな加工陣を持ってきてくれた。


先ほどと同じく、メグの指示に従ってその板の上に結晶を置き、同じように板に触れながら魔法を使った。先ほどと同じく魔力の動く感覚はしたので、魔力の補充も恐らくできたのだろう。


こうして一つ目の結晶の加工を無事終えたが、今回のプレゼント作戦のためにはもう一つの結晶も同じ加工をする必要があった。加工を終えた結晶を丁寧にケースに戻すメグに、俺は予め考えていた台詞を告げた。


「この光魔法を込めた結晶は護身用というか、目眩ましみたいに使おうと思ってるんだ。それで、万が一のためにスペアも作っておきたいんだ」


これは、同じものを二つ作る方便として考えてきた台詞だった。不自然じゃないよなと内心どぎまぎしていたが、メグはすんなりとそれを受け入れてくれた。


「かしこまりました。では、もう一つの結晶も加工も行いましょうか。先ほどと同じく、ここに触れて魔法の発動をお願いします」


そうして無事に、同じ加工をした結晶を二つ作ることができた。まだお昼にもなっていないが、デザインの決定と含めて、今日一番の難関を乗り越えることができた。


気を抜くと、現金なことに腹が減っている気がしてきた。魔法を使う役目さえ終われば後の細々とした手続きなどに俺の出番はないため、俺は昼食を楽しみにしながら、大人しくソファに座って必要な作業が終わるのを待った。



執事さんの恭しいお辞儀に見送られフィリップス工房を出たのは、お昼より少し早い時間だった。しかし、どこか別の場所に寄る程の時間はなかったため、俺たちはそのまま昼食の店に向かうことにした。


メグとアリーが選んでくれたその店は、庶民も入れる店らしいが、落ち着いた雰囲気のあるレストランだった。二階の個室を予約してくれていて、気取ったコースでなく、色々気になったものを頼むようにしてくれていた。人の出入りも少なくするようにしてお願いしてくれていたのか、店員は料理をまとめて持ってくるとすぐに下がっていった。そのお陰で、きちんとした聖女様モードではなく、自室に三人でいるときのような雰囲気で食事をすることができた。


二人が勧めてくれたパイ包みは、しっかりとした味付けのされた鶏肉と野菜が包まれたものから、アップルパイっぽいデザートのようなものまで様々なタイプがあった。付け合わせで頼んだサラダやスープも美味しくて、俺たちは他愛ない話をしながら大いに食べた。

教会で出してくれる食事も美味しいのだけど、普段は一人で食べることも多いので、今日の昼食はことのほか美味しく感じた。二人を労うはずだったのに、俺もかなり楽しんでしまった。


最後に少しスパイスが入った紅茶を飲んでから、店を出た。店を出る前に、俺の奢りだと言っておいたのに支払おうとするメグとちょっとだけ一悶着があった。「ユーリ様にお出しいただくわけには参りません」とメグは頑なだったが、最終手段の聖女様からの命令だと言って押し通した。


そうしてレストランを出たあと、馬車を走らせ俺たちは今日最後の目的地へと向かった。


貴族街に程近い大きな広場の側、いくつもの商店が並ぶ一角にそのお店はあった。近くに停めてもらった馬車のドアが開いた瞬間から、ほのかにバターとお菓子特有のいい匂いが鼻腔をくすぐった。


「あそこです!あの、行列のあるお店。あれがパティスリー・ガロンヌ、今人気急上昇中のお店です!」


興奮したアリーが指差す先には、女性が列をなして並ぶ小洒落た焼き菓子の店があった。

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