フィリップス工房 3
結晶の加工については、強めの『ライト』を魔力と一緒に込めると決めていた。そのためそれを伝えたらすぐ終わると思っていたのだが、執事さんから思わぬ質問をされた。
「では、発動機構はどういたしましょうか?」
発動機構?初めて聞く単語に、思わず助けを求めるようにメグの方を見た。メグは俺の視線に気づいてくれたようで、単語の説明をしてくれた。
「発動機構とは、結晶に魔法とそれに必要な魔力を込めた場合に、その魔法を発動させるための条件のことを言います。結晶に魔力を流したときに魔法が発動するとか、衝撃を与えたときに発動するとか、色々な方法がございます」
メグの話を聞く限り、発動機構とは結晶に込めた魔法を作動させるスイッチのようなもののようだった。どうしましょうかと聞かれたが、どういうものがあるかすら俺は分かっていなかった。そのため、まずはそこから聞いてみることにした。
「そこまでは考えておりませんでした。発動機構について詳しくないので、どのような機構があるのかから教えてもらってもいいでしょうか?」
「もちろんでございます」
執事さんはそう言うと、側にいた別の店員に向けて手を上げた。すると、その人は緑色の小さな結晶がいくつか乗せられたトレーを持ってきて、机の上に置いた。
「こちらは実際に様々な発動機構を組み込んだ結晶となっております。一番右端のこちらは、最も一般的に用いられております魔力を通すと発動するものになっております。この結晶には、弱い風魔法とそれに必要な魔力が込められております。よろしければ、手に取って発動をさせてみてください」
勧められるままに結晶を手に取り、軽く魔力を流してみた。すると、結晶からふわりと微弱な風が巻き起こった。
少し魔力を動かしただけで、結晶に込められた魔法がすぐに作動した。これなら簡単に使えそうだし、悪くはないと思った。しかし、魔力での発動には、一つだけ気になることがあった。それは、魔法が使えないアリーでも発動させられるかどうかということだった。
魔法が使えない人でも、少しは魔力は持っていると聞いたような記憶はあった。でも、その魔力が結晶を作動させられる程のものなのかは、分からなかった。
しかし、ここで『魔法が使えない人でも発動できますか?』なんて直接聞く訳にはいかなかった。今のところ、この結晶を加工したアクセサリーを使うのは俺ということになっている。魔法を問題なく使いこなし、何なら人より断然魔力の多い俺がそんな質問をする理由がなかった。
でも、直接は聞けないが、どうにかヒントになるような情報を得たかった。何でもいいからとりあえず聞いてみようと思い、俺は無難な質問をしてみた。
「えーっと、最も一般的に用いられているとのことですが、例えばどういう物にこの発動機構は使われているのですか?」
少し話を脱線させるような質問だったが、執事さんはにこやかに俺に答えてくれた。
「魔力を通す方法は誤発動を起こす可能性が低いため、攻撃用や護身用に作られた結晶にはこの発動機構がよく用いられております。他には、最近であれば、緩やかな風を起こす結晶が組み込まれた扇子などが貴族の女性に人気です」
貴族の女性となると、魔法が使えるほどの魔力を持っているはずだ。やはりこんな遠回しな質問では、アリーが使えるかどうかのヒントを得られそうになかった。
どう話をもっていけばいいか、俺がもたもた悩んでいる間に、話は次の発動機構の説明に移ってしまった。
「次に、こちらは物理的な衝撃で作動するものとなっております。机に軽くぶつけていただきますと、風魔法が作動します」
渡された緑色の結晶を言われた通り、軽く机にぶつけてみた。コンという音と共に、先ほどと同じような風がふわりと起こった。
「こちらも発動が容易ですが、落下などの衝撃で誤って作動する場合もございます。その点についてはご留意ください」
確かに落としたときに魔法が作動してしまっては困るかもしれない。アリーでも使えるところはいいが、要検討だなと思った。
「次は近くで魔法が使われたときに、それと同時に発動するタイプとなります。魔法を補助するような目的で作られることが多いです」
執事さんはこれも実演しようとしてくれたが、アリーは魔法を使えないので、この機構にすることはないので断った。残りの機構も魔法に絡めたものばかりで、俺の希望に沿うものはなかった。
色々と考えてはみたが、誤作動の恐れはあるが、確実なのは物理的な衝撃で発動するものだけだった。それしかないかなと思っていると、メグが声をかけてくれた。
「お悩みのご様子ですが、どこか気になる点がございましたでしょうか?」
「今のところ、衝撃で発動する機構がいいかと思っているのですが、誤作動の可能性があることが気にかかりまして。どうしようかと悩んでいたのです」
「誤作動が心配でしたら、発動に必要な衝撃の強度を上げることも可能です。しかし、強度を上げすぎると今度は発動させるときにも、それなりに強い力が必要にはなってしまうのですが」
女性に使ってもらうのに、あまり強い力が必要なものは実用的ではないだろう。結論を出せず悩む俺に、メグはこう提案をしてくれた。
「今まで説明をしていただいたのは、基本となるシンプルな発動機構です。複雑にするとそれだけ加工に必要な時間はかかりますが、これらをベースにもっと条件を付けた発動機構を組むことも可能です。ユーリ様は、どういう条件をご希望でしょうか?」
俺の希望は、魔力の低いアリーでも使えるという一点だけだった。しかし、そう正直に答える訳にはいかないため、俺は必死にいい言い回しがないか考えた。屁理屈でも何でもいいから出てこないかとぐるぐる悩む俺の思考を遮ったのは、メグではなくアリーの声だった。
「ユーリ様、どうして魔力を通すタイプではダメなのですか?結構使いやすいですよ。あ、もしかしてユーリ様は魔力が多いから魔力を少しだけ流すのは却って難しいのですか?」
使いやすい、そう言ったアリーの言葉の思わずこう聞いてしまった。
「アリーも何か魔力を通して発動する結晶を使ったことがあるのですか?」
実際に使ったことがなければ、「使いやすい」だなんて言葉は出てこないはずだ。予想外の話の流れにちょっと前のめりになりがら返事を待つ俺に、アリーは当然のような顔で答えた。
「はい、教会にもいくつか結晶を利用する道具はございますので、日常的に使ってます。火を起こす道具なんかは、事故を防ぐためにも必ず魔力を通して作動するようになってますし」
マジか!平然とした顔を保ちつつも、俺は心の中で叫んでいた。魔法を使うほどの魔力はなくとも、結晶の発動はできる。少なくともアリーは使える。それさえ分かればもう迷う必要はなかった。
けれど、ここまであれだけ悩んでいたのだから、即決するのも変かと思い、一応こう言葉を足しておいた。
「そうなのですね。魔力を通しすぎると結晶に不具合を起こしてしまわないか心配していたのですが、そこは大丈夫でしょうか?」
「今まで魔力の通しすぎで不具合が出たという話は聞いたことはございません。それでもご心配でしたら、加工後に強めの魔力を流して、問題がでないか確認をすることも可能です」
俺が言ってみた不安に対して、執事さんがそう説明をしてくれた。それを聞いてから、俺は今決心したというような態度でこう答えた。
「前例がないのなら、恐らく問題はないのでしょう。それであれば、今回は魔力を通して発動するようにしたいと思います」
俺が結論を出したので、執事さんは別の店員に机にあった見本の結晶を片付けさせながら、最後の確認をした。
「では、結晶につきましては、魔力を通す発動機構で、魔法と魔力を込める加工をさせていただきます。結晶は本日お持ちでしょうか?もし、お持ちでしたら今から加工も可能です」
結晶については、必要になるだろうとのことだったので、メグに持ってきてもらっていた。
「昼食の店を予約しているのですが、間に合うのであれば加工までしてしまいたいです。メグ、時間は大丈夫ですか?」
「はい。発動機構がシンプルですので、恐らく問題ないと思います。加工の準備にはどれぐらいかかりますか?」
メグの問いに、執事さんはすぐに答えた。
「すぐに準備できますので、そうお時間はいただきません。三階に専用の作業場がございますので、そちらまで移動をお願いいたします」
加工の詳細についても俺は全く知らないが、メグと執事さんがそう言うのなら、早く終わるのだろう。
「分かりました。では、今から加工もお願いします」




