フィリップス工房 2
俺がデザインを決めたことを伝えると、メグが早速店員に声をかけにいってくれた。この店に入ったときに話をしたあの執事のような店員がこちらにやって来て、俺たちを恭しく二階に案内してくれた。
彼の後について階段を上がった先は、一階とはずいぶん違う雰囲気だった。一階は若い女性が好みそうなオシャレなショップといった雰囲気だったが、二階は高級なブランド店の落ち着いた商談スペースといった感じだった。
踏むのを少し躊躇いそうなふかふかのカーペットが敷かれたフロアの真ん中に、二列の長いガラスのショーケースがあり、その周囲にはゴージャスなソファセットがいくつか置かれていた。
宝石店にありそうなショーケースにこわごわ目を向けていると、執事っぽいおじさんが俺たちをまずそちらへ案内してくれた。
「こちらは今まで当店でオーダーメイドでご注文を受けたもののレプリカでございます。こちらには指輪を展示しております。ブローチは向こうにございます」
説明を受けて覗き込んだガラスのショーケースの中に鎮座するアクセサリーたちは、その辺に詳しくない俺が見ても、一階に置かれていたものとは全然値段が違うことが一目で分かった。使用されている結晶のサイズも、デザインの細かさも段違いだった。
根が貧乏寄りの庶民である俺は、溢れ出る高級オーラにちょっと気圧されながら、執事のおじさんに案内されるままにショーケースを見ていった。指輪、ネックレス、ブレスレット、ブローチと眺めていったが、どのデザインもゴージャスすぎて二人に渡すには華美に思えた。俺が希望しているのは普段でも使ってもらえるアクセサリーだ。どうしたものかと思いながら、逃避のようにちらりともう一つのショーケースに目をやると、そこには普通のペンが置かれていた。
「ペン?」
見たところ結晶も何も付いていない、シンプルなペンだった。さっきまで見ていたショーケースの中身との格差が大きく、思わず口にしてしまった言葉に、執事さんが答えてくれた。
「こちらはペンの頭部分の内側に、結晶が仕込まれているものになります」
「せっかくの結晶が見えないところに使われているんですか?」
何のためにそんな手の込んだことを、と疑問に思っていると、執事さんが補足をしてくれた。
「こちらは、結晶を利用して魔法を使うことを周囲に知られたくない方のための道具となります。結晶を見えない場所に仕込むことで、その方ご自身の力だけで魔法が使えているように見せることができるのです」
結晶はそれなりに高価な物だと聞いたし、さっきまで結晶を見せるデザインばかり見てきたので、それを隠すという考えは予想外のものだった。しかしよく考えると、ちょっと見栄を張りたい人にはそういう密かに結晶の力が使えるものが求められるのは理解できた。
ショーケースの中には、ペンの他にも、一見金属のみでできているように見える大小のボタンやタイピン、皮の手袋、懐中時計、つるりとした陶器の置物なんかもあった。
「ユーリ様、ブローチではなくこのような見えない形に加工されますか?」
アクセサリーより余程熱心に見てしまっていたようで、メグがそっと窺うようにそう聞いてくれた。
正直、自分用に何か作るなら女性向けのキラキラしたアクセサリーより、こういうギミックっぽい物の方が面白そうだとは思った。しかし、今回作るのはメグとアリーに渡すものだ。二人とも一階で楽しげにアクセサリーを見ていたし、女性に渡すなら普通に加工したものの方がきっといいのだろう。
「いえ、珍しくてつい見てしまいましたけど、加工はさっき決めた通りブローチでお願いしようかと思います」
俺がそう答えると、そのやり取りを聞いていた執事さんが、フロアの奥に置かれたソファへ俺たちを案内してくれた。
席につくと、女性の店員さんがワゴンを押してきて、俺たちの前に紅茶を出してくれた。その間に執事さんは、分厚いカタログのような紙束の中から、レルムの花があしらわれたブローチのデザインが書かれた紙を出してくれていた。
「右手に並べておりますのが、一階に置いていたレルムの花を用いたブローチのデザインでございます。左手には今までオーダーで製作したブローチの中で、近いデザインのものを用意いたしました」
右際に並べられたデザイン画の中から、一階でメグとアリーがいいと言っていたものを必死に思い出しながら探した。一階でアクセサリーを見てからそこまで時間が経っていなかったのもあって、無事彼女たちの好みだと言っていたものを探し出すことができた。
「気になっていたのは、右手にあるものだとこちらと、こちらと、こちらです」
俺が指差したデザインを確認すると、執事さんは左手に並べていたデザインをいくつか入れ換えた。それらを一応真剣に眺めてみたが、どれも綺麗だなとしか思えず、俺には良し悪しの判断はできそうになかった。
またメグたちに意見を聞こうかと思ったが、もし二人の意見が分かれたらどちらを採用するかでかなり悩むことになる。どうしたものかとしばらく悩んでいると、執事さんがこうアドバイスをしてくれた。
「こちらのデザイン案から先ほどと同じように、何枚か気に入ったものを指定していただければ、それを参考に当店のデザイナーが新しくデザインを起こします。最終的にデザインを決めるのはまだ先ですので、お気軽に気に入ったものをお教えください」
俺はてっきりここで一つに決めなければならないのかと思っていたので、その言葉でちょっと肩の力を抜くことができた。複数案選んでいいなら、メグとアリーに話を聞いても何ら問題はない。俺は早速二人に意見を聞いた。
そうして聞けた二人の好みデザインを執事さんに伝えた。これでよしと思っていると、横からメグがこう言ってきた。
「ユーリ様が作られるものですのに、我々の選んだデザインだけでお願いして大丈夫なのでしょうか?ユーリ様はどれか気に入られたものはありませんでしたか?」
俺がメグとアリーの選んだものばかりを参考にしていたのは、バレていたようだった。俺としてはセンスにも自信がないしそれでよかったのだが、メグは俺の好みではなく、自分たちの趣味ばかりが反映されていることを気にしてくれているようだった。
俺が作るものだけど、俺が使うものではないので二人の趣味だけが反映されていても何ら問題はないですと、今の段階でネタバレをする訳にはいかなかった。そのため、俺は悩みに悩んで、小さなレルムの花が結晶を取り囲むようなデザインを一つ選んだ。
「では、こちらの三点のデザインでお預かりいたします。新しいデザインが出来上がりましたら、お知らせいたします」
執事さんがそう言ってデザイン画を片付けていくのを見ながら、俺は今日一番の難題を何とか片付けることができたと、そっと息を吐いた。メグとアリーの好みを反映したデザインも選べたし、後は多分プロのデザイナーさんがいい感じにしてくれるだろう。
そうして勝手に俺は終わったような気分になっていたが、実際にはまだまだやることは残っていた。執事さんはテーブルの上にあったデザイン画を綺麗に片付けたあと、こう言ってきた。
「では、次に結晶の加工についてご要望をお聞かせください」




