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聖女 2

沈黙が痛かった。それはそれは突き刺さるように痛かった。


分かってる!俺だって分かってる!そりゃ白のフワフワのワンピース着て、脛毛も剃ってて、ロングヘアーに見せるウィッグ被って、ばっちり化粧してたら女だと思うよね!俺も第三者として見たら多分そう思います!


けど、今日ばっかりはこれが必要だったのだ。貧乏学生にとって、学食チケット半年分は喉から手が出るほど欲しいものだったのだ。

普段一銭も得をしない、むしろ損の方が多いこの女顔を活かせると言うのだから、喜んで女装ミスコンなんてキワモノ企画に参加した。それが、まさかこんな格好で異世界とやらに呼ばれることになるとは、夢にも思っていなかったのだ。


気まずすぎて視線を下に向け、両手でウィッグを揉んでいると、目の前のメグと名乗った女性は恐る恐る俺に話しかけてきた。


「……貴方は、女性ではない?」


完全に曇ってしまった黄緑の瞳を申し訳なく思いながらも、俺はきっぱりと返事をした。


「はい、そうです。あ、この格好は断じて趣味とかではないんです!必要に駆られてって言うか、とにかく、今日だけこんな格好なんです。普段はちゃんと男の格好をしてます」


「……分かりました。では、聖女様の祭壇にいて、神託の鐘も鳴ったけど貴方は聖女様ではないと」


「祭壇とか鐘とか、その辺は俺には分かりませんが、聖()だったら違うと思います、はい」


「そんな……」


目に見えて落ち込む彼女に何と声をかけたらいいのかと俺が悩んでいると、部屋のドアをノックする音が聞こえてきた。


「メグ、いるのですか?」


聞こえてきた声に、メグさんは思わずと言ったように顔を上げた。そして俺に断りを入れた後すっと立ち上がり、ドアのところまで急いで向かっていった。そして来訪者としばらく小声で会話をした後、彼女は俺に一言断り、彼らを部屋に招き入れた。



部屋に入ってきたのは四十代ぐらいとおぼしき男性とメグさんより少し年下ぐらいの赤っぽい髪の女性だった。

男性は部屋に入るなり俺の方を見て、「なるほど」と呟いた。


ウィッグを取っただけの中途半端な女装男に何がなるほどなんですかと、俺が泣きそうな気持ちで思っていると、目の前まで来たその男性は俺にこう名乗った。


「私はここの教会の神官を務めますロバートと申します。貴方のことは先ほどメグより少しだけ伺いました」


「どうも、斎藤佑利です」


「ユーリ様とおっしゃるのですね。ユーリ様の格好やメグと出会った状況から見て、ユーリ様はこの世界の方ではないと見受けられます。突然のことでユーリ様も驚かれているかと思いますが、その辺りについて少しお話をしてもよろしいでしょうか?」


目の前のロバートと言った人は、柔らかく笑いかけながら俺にそう言ってくれた。

とりあえず俺が女でないことだけは取り急ぎ彼女に伝えたが、今の状況は確かに分からないことだらけであった。

少しでも状況が掴めるならばと思いながら、俺はロバートさんに「お願いします」と返事をした。



「まずはこの世界が、ユーリ様のご存知である世界かどうかを確かめたいと思います。ここはフェルドザーク大陸の中央にあるアークティメリア王国です。この名前をご存知ですか?」


ここに来てから目にする全てがファンタジーで非現実的であったため、ここは俺の生きていた世界ではないかもしれないと覚悟はしていた。しかし、いざこうして別の世界に来たことを突き付けられるのは、中々衝撃的なことであった。

俺はざわざわと忍び寄る不安から目を逸らし、ロバートさんにこう答えた。


「どちらの名前も聞いたことがないです」


「確認のためユーリ様のいらっしゃった世界のことをお聞きしても?何という国にお住まいだったのでしょうか?」


「日本って島国です。ロバートさんはこの名前に覚えはありますか?」


悪あがきのようにそう聞いてみたが、返ってきた答えはもちろんノーだった。


「やはりユーリ様は別の世界からいらっしゃった可能性が高いと思われます。というのも我々の世界には、幾度か異世界の方が降臨されているのです」


「俺以外にも、前例があるんですか?」


「はい。そして、その異世界より降臨された方々こそが、聖女様なのです。先ほどメグが説明致しましたように、この世界では女神様より聖女が遣わされると言われております。実際に約五十年毎に聖女様が現れ、この世界を守る結界を張ってくださっています」


「聖女様ってのは異世界の人なんですね」


だからメグさんは俺を聖女だと思ったのかと考えたが、話はそう単純なものではなかった。


「いえ、聖女様は異世界より降臨されることもありますが、この世界の者がある日、急にその力に目覚めることもあります。そして異世界から遣わされる方にしろ、この世界の者にしろ、聖女となられる方が聖女の祭壇に立つと、神託の鐘がそれを告げるために鳴ると言われております」


確かによく思い出してみれば、メグさんはあの鐘が鳴ってから、俺に聖女様と言ってきていた。俺の現れた状況は、限りなく聖女っぽかったようだ。


「聖女として選ばれたことを自覚し、自ら祭壇に足を運ばれる方もいれば、ユーリ様のように導かれてあの場に立つ方もいらっしゃいます。しかしどんな状況であれ、聖女様が祭壇に立たれたとき、必ず神託の鐘が鳴るのです」


「確かに、俺がここに来たときの状況はそれにぴたりと当てはまりますね」


「そうです。そのためメグは貴方のことを聖女様と思ったのです」


ロバートさんの話を聞いて、メグさんが俺を聖女と思いこんだ理由は理解できた。俺の格好も含めて、それなら誤解をしても仕方ないなと一人納得していると、ロバートさんがさらにこう話を続けた。


「そして、今回の状況から考えると、私もやはりユーリ様は女神様が遣わした此度の『聖女様』である可能性が高いと考えております」


至極真面目な表情で、ロバートさんは俺に向かってそう言いきった。俺はその結論に戸惑いながら、こう返した。


「あの、本当にこんな格好で説得力ないとは思いますが俺は正真正銘男なんです。なんなら、そこの女性たちに外してもらって上でも脱ぎましょうか?」


「それには及びません。ユーリ様はお優しい顔立ちをされていますが、男性であることを疑っている訳ではありません」


「では、どうしてユーリ様が聖女様だと思われるのですか?」


それまで大人しくロバートさんの話を聞いていたメグさんが、思わずといった感じでロバートさんにそう尋ねた。俺もそこが理解できなかったので、メグさんと同じく返事を待つべくロバートさんをじっと見つめた。


二人分の視線を受け止めながら、ロバートさんは落ち着いた口調でこう話し出した。


「メグ、この世界に遣わされる『聖女様』についての教えを、今そらんじることはできますか?」


「はい。もちろんです。『この世界を守る女神の力が弱まりしとき、神の遣いが現れ、聖なる力でその守りを甦らせるだろう』です」


「そう、教えにはどこにも『聖女』とは言われていないのです。『神の遣い』と呼ばれています。『聖女』というのは、ただ文献や伝承で伝わる神の遣いは全て女性であったため、皆がそう呼ぶようになっただけの名称なのです」


そこで言葉を切り、ロバートさんはこちらに視線をしっかりと向けてきた。その強い視線を受け取りながら、俺は彼の言葉の続きを聞いた。


「本来、神からの遣いに性別の括りはないのではないかと私は考えます。今回は、今までと違いたまたま男性であった。それだけなのではないかと思うのです」


「……つまり、俺は男だけど、あなたたちの言う『聖女』に当たる存在かもしれないってことです?」


「はい、ユーリ様。その可能性が高いのではないかと私は思います」



「確かに教えには女性とは明言されておりません。しかし今までは全て女性でした。本当にそうなのでしょうか?」


話としては理解できるが、納得はできないと言った雰囲気のメグさんがそうロバートさんに言った。


「だから、今からそれを確認したいと思います。アリー、それをこちらにお願いします」


そこで初めてロバートさんと一緒にこの部屋に入ってきた女性、アリーさんが俺の前までやってきて、近くの机に大きな板のようなものを置いた。


真ん中に大きな透明なガラス玉のようなものが嵌め込まれたそれは、一見針が一本しかない時計のようなものだった。数字の変わりに五ヶ所に色の違う石が嵌め込まれていた。


俺がそれを珍しげに見つめていると、それを持ってきたアリーさんと言う人が俺にこの道具の説明をしてくれた。


「初めまして、ユーリ様。私はここの教徒でロバート様のお手伝いをしておりますアリーと申します。この円盤の装置は『魔力計』と呼ばれております。この真ん中の水晶に手を添えると、その人の持つ五大属性と、その力を知ることができます」


「五大属性って、この五つの石のことですか?」


「そうです。この針が一番上の白い結晶を指すと、その人は聖女様が操る光属性を持っていると言うことになります。そこからは右回りに水属性、土属性、火属性、風属性と順に示しております」


「この五ヶ所のどこかに針が止まるってことです?」


「いえ、隣り合う属性を二つ持つ者もおります。その場合は、二つ持つ属性の配分に合わせて針の位置が変わります。例えばロバート様は主に水属性をお持ちですが、少しだけ光属性もお持ちです。そのため、針はこの辺りを指すことになります」


そう言いながらアリーさんはその装置の目盛りの上、水色と白色の石の間の、かなり水色の石寄りの場所を指差した。


「そして真ん中の水晶は力の強さを示します。この水晶が強く光るほど、力が強いことを示します。常人では真ん中が光る程度ですが、聖女様となれば恐らくこの水晶全体が光ると思われます」


「分かりました。俺がこの魔力計ってやつで測定して、針が白い石を指して、真ん中の水晶がすごく光ったら男だけど『聖女』に当たる存在であるって証明になるんですね」


「そうです。ユーリ様、ご協力いただいてもよろしいでしょうか?」


自分の今の状況が知りたいのは俺も同じだった。だから、俺はロバートさんからの申し出にすぐ頷いた。

三人に見守られながら、俺は少し緊張に強ばらせた手をそっと魔力計の真ん中の水晶に添えた。




その瞬間、眩しい光が部屋を包み込んだ。それは思わず反射で目を閉じてしまうほどの強い光だった。


光に目が少し慣れてきたころに、目を細めながらそろりと魔力計の針の位置を確かめた。すると、それは真っ直ぐに白い石を指していた。


光属性、眩いほどの光を生む強い力。

それは先ほど教えられた『聖女』のものだった。



この結果が喜ぶべきものなのかどうなのか、そのときの俺には正直判別は付いていなかった。


俺はただ、同じく魔力計の針の位置を確認したロバートさんが、どこか呆然としたような声で「……聖女様の降臨だ」と呟くのを聞いていた。

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