運命の決断
「現状と、私たちの、能力………………。」
私は思わずオウム返しに呟いてしまう。
いつになく真剣なジレェ卿は、まるで別人かと思うような雰囲気を放っている。きっと、彼にしてみても戯る余裕など無い様な真面目な話なのだろう。
「そうだよ。その前にまず………………ハルカ、さっきは済まなかったね。今だから言うけど、ストレンジャーの因子を持っている2人については、ボクも初めは本当に敵視していたよ。でも、少なくともジョッシュについては、もうストレンジャーとしての因子は発芽しないという結論に至ってるから、本当は彼に手を出す気はもう無いんだ。問題はもう一人の方……シュウは、正直まだわからないけど。」
「じゃあ、ジョッシュはもう狙ったりしないんですね?」
「喜んでもらってる所悪いけど、約束はできないよ?ボクは一応公国の国家元首だからね、まず女王陛下と国民の命優先だから、彼らに危害を加えるようであれば……。ただ、今のところはそうだよ。狙ったりしないよ。」
ジレェ卿の答えを聞くたび、一喜一憂するハルカさん。ジレェ卿の事だから、まず嘘を言うことはないだろう。冗談か本気かわからないことは結構な頻度で言うけど。
「で、だ。まずハルカ。君の能力解析の結果を発表するよ?………………君の本来の能力は、恐らく………………“次元接続”だ。」
「「「次元接続?」」」
「…………………!!」
私とリタとハルカさんが声を揃えて聞き返す中、ファンさんのみが黙って目を見開いている。
「ファン、もしかして心当たりあるのかい?」
「はい。………………聞いたことがあります。ストレンジャーは、次元を超えてこの星にやってきたと。もしかすれば、それが………………。」
「多分、その話は本当だろうね。だとすると、ハルカは正当なストレンジャーの能力を受け継いでいたわけだね。」
ハルカさんは、驚きを隠せない様子だ。でも、何故癒しに特化してしまったのだろうか。
そんな疑問を見透かしたのか、ジレェ卿が答える。
「多分、能力の成長には“自覚”が必要なんだろうね。ハルカは“癒す”ことだと思い込んでいた。だから、能力もそういう方向に特化してしまったんだろう。………………さて、次は君たちだ、リタ、それにセリア。」
「「…………………………。」」
いよいよ私たちの話が始まる。私は勿論、リタも心なしか緊張しているようだ。
「君たちの誕生にはね、実はボクも関わっていてね。………………だから、いずれ君たちを引き取るつもりだったんだ。………………5年前のあの日、出会ったのは偶然じゃないのさ。だから、まずは謝らせて欲しい。君たちを迎えに行けなくて、済まなかった。」
ジレェ卿は、辛そうな顔をしながら、深々と私たちに頭を下げた。
でも、そうだとしても、何故関わっていたのかがわからない。
「頭を上げてください、ジレェ卿。何故、私とリタの誕生に関わっていたんですか?」
「………………うん。リタは気絶していて知らないだろうからかいつまんで話すけど、ジョッシュとシュウが生み出されて、その結果シュウという肉体を得てストレンジャーは“ゲル”という封印から外に出てしまった。それをやったのは人間側だけど、ボクが止めきれなかった責任もあった。だから、それ以降は人間側の研究者たちと協力して、ストレンジャーに対抗できるような能力を持った者を生み出したかった。……気づいてるかい?クリスとアポロの双子、そして君たちの4人は、これまでと違う能力を持っているってこと。」
「?、いえ、わかりません………………。」
「私も、見当がつきません。」
私もリタも、何のことを言っているのかさっぱりというのが本音だ。違うもなにも、私たちは超能力を持っている。そこに何の違いがあるのか?
「…………これまでの能力者と君たちの最大の違い。それはね、生物としての不可能を克服していることなのさ。ジョッシュやシュウは、言ってしまえばものすごく優れた学習能力を持っているってことで、それは生物の不可能じゃなくて、極論すれば可能なんだよ。ファンもハルカもそう。人類が知恵を振り絞って進化を続ければ、いつかは辿り着く可能性がゼロじゃないんだ。………………でもね、君たち4人は違う。君たちは生物の不可能である“死”と“時の流れ”を克服しているんだよ。………………そしてセリア、厳密に言えば君だけが違う。君は、克服するどころか未来を観測することで、“時”の流れを見下ろしている。」
さっきからそうだが、私はここに来て驚きの連続が止まらない。また言葉が出ないほど驚いている。
時を見下ろしている。そう言われてみればそうかもしれないけど、でも…………。
「あの、ジレェ卿。私、今…………………………全く未来が、見えないんです。」
「何だって!?………………いつからだい?もう大分経つのかい?」
「いえ、数時間前からですけど。自分自身の未来すら見えなくて………………。」
周りのみんなも、驚愕の表情で聞き入っている。
「うーん………………まいったな。これからのストレンジャーとの戦いには、君の能力は必要不可欠なんだよねぇ………………。」
「どういう事ですか?」
「その話をしたくてね、テレビ付きの防音の目張りをジョッシュたちには与えたんだけど………………ま、いいや。取り敢えず話を続けよう。それでね、双子たちは残念なことになってしまったけど、君たちは、対ストレンジャー用のカウンターとして生み出されたんだ。万が一ストレンジャーに滅ぼされても、リタが時間を遡ってやり直せるし、セリアは未来を見られるから事前に対策が練られるだろう?始めはボクもそのつもりで研究に参加していた。………………でもね、それは間違いだったよ。君たちを遠くから見ていたらね、人と同じように笑って、怒って、悲しんで、恋をして………………だからね、孤児院を追い出されるように逃げ出した君たちを放っては置けなかった。でも、これから先、ストレンジャーは必ず人類に牙を剥くだろう。その時に、君たちの力が必要になるんだ。お願いだ、来るべきその時が来たら、協力してはくれないか?勿論、勝手に生み出しておいてこんなことを言うのはお門違いは重々承知しているよ。それでも………………。」
そこまで言うと、ジレェ卿は両膝を床に付け、両手までも下ろし、
「お願いだ!!ボク達と一緒に、この世界の人たちを守ってはくれないか!?」
深々と土下座をした。
「………………どうする、セリア?」
リタが聞いてくる。
「貴女が決めて。私は正直、利用されるために生まれてきたって思うと腹が立つ。でも、生まれてきて悪いことばかりじゃ無かったし、この世界に愛着もある。……だから、どうしていいかわからないわ。セリアはどうしたい?私は貴女に合わせるよ?」
「………………私は………………。」
どうしたいのだろう?こんな重要な決断を迫られるなんて、思ってもみなかった。
私だって、リタのような気持ちがないわけじゃない。生まれてきた理由がストレンジャーの対抗策って理由だけじゃ悲しすぎる。
でも、確かに世界に愛着はある。何より、私にだって大切な人が………………私たちを放って置ないって言って親代わりに面倒を見てくれたジレェ卿、気は短いけど根は優しいファンさん、いつまでも本当の兄や姉のようなジョッシュさんやハルカさん、ずっと私と一緒にいてくれる親友のリタ、それに、私を好きだと言ってくれたシュウ。もう死んでしまったけど、クリスとアポロだって、私に沢山優しさをくれた。
捨てられない。無視できない。
今は未来も見えない私だけど、何かできるはず。
「………………やります。その時が来たら協力します。」
「セリア………………本当に良いのかい?」
私は、首を縦に振った。
迷いなんかない。私には、この世界を守りたい理由があるもの。
きっとそれが、私が生まれて、“人”として生きてきた証だから。
「やっぱり、貴女はそう言うと思ってたわ。私も付き合うわよ、最後まで!」
リタがそう言ってくれるのは何より心強い。
「私も協力するわ。元よりそのつもりだけどね。」
ファンさんも笑顔で答えてくれる。
「私もやるわよ。どこまで出来るかわからないけど、最悪セリアと一緒に後方支援でも良いし。」
ハルカさんは、さりげなく私が力を使えないことに対してのフォローを入れてくれる。
こんなに優しい人たちが住む世界なんだから、一方的に壊されることなんか絶対にあってはいけない。
「みんな、ありがとう。………………実はさ、打ち明けようかどうか迷ってたんだよね、この話。でも、思い切って打ち明けて良かった。セリアの能力については謎だけど、まぁ何とかなるだろう。……………さて、話が纏まったところで、あの2人を出そうか。そろそろ男臭くなってきた頃だろうしねぇ?」
すっかりいつも調子に戻ってしまったジレェ卿。さっきまでのシリアスムードもすっかり霧散してしまった。だが、これこそがジレェ卿なんだと、妙に納得してしまう。
ジレェ卿が端末のパネルを操作すると、モーター音と共にシャッターが下り、中から2人が姿を現した。2人とも座り込んでいた。
「ああ~………………折角映画がいいところだったのによぉ。なぁジョッシュ?」
「いや、俺は見ていない。」
「嘘つけよ、中盤の戦闘シーン、食らいつくように見入ってたじゃねぇかよ?」
「いいや、見ていない。」
「何だよ?……………ははぁん、ハルカさんがいるからカッコつけてんのか?」
「何だと貴様?児童向けのアニメーションでベソかきながら見ていたのは何処のどいつだったか?」
「んだとテメェ?」
「いいだろう、やるか…?」
「あ~………………君たち、随分お楽しみだったみたいだけどぉ………そろそろ休憩時間終わりでいいかなぁ?」
ジレェ卿に声を掛けられ、2人とも気まずそうにその場に立ち尽くしていた。
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ジョッシュさんとシュウは、何食わぬ顔してさっきのことを水に流そうとしている。私もそうだが、今さっきあんな話をしたばかりで突っ込む気ももはやないため、みんな今見た光景を記憶の彼方に忘れ去っていた。
「さて気を取り直してぇ、まずはシュウ?」
「ん?何だよ?」
「………………ファンに触りたいかい?それとも、触られたいかい?」
「どぉっ!?な、な、な、どういうことだぁっ!?」
シュウの馬鹿。そう思いながらも、ジレェ卿の口ぶりではあのような反応も仕方がない。それを分かっているのだろう、ファンさんが無言でジレェ卿に歩み寄り、顔面に腰の入ったフックを叩きつけていた。
「ガフッ………………ジョークなのになぁ?でもぉ、半分は本当さ。ファンはねぇ、触った生物のコピーを作れるからねぇ?」
「………………コピーだと?そんなもの作ってどうすんだ?」
「ファンには意思のない“人形”を作ってもらう。で、精神を分離させるんだ。上手くいけば、君とストレンジャーを分けることができるよね?」
精神を分離させるなんてことが本当に可能なんだろうか?俄かには信じがたい話だけど、それが可能ならシュウと戦わなくて済むかもしれない。
「ただねぇ、これはすっごく賭けなんだよねぇ。もし仮に分離に成功できたとしてもさ、味方と戦わなくなっただけで、驚異があるのには変わりないし~。それにシュウっていうある意味のブレーキをとっぱらう訳だからさぁ、暴走列車が誕生しちゃうよねぇ~?」
「でも、やる価値はありますよねジレェ卿?」
何となく止められるのも嫌なので、私は進言する。シュウと戦うなんて嫌だもの。
「………………そんな目で見ないでよぉ。やるだけやるからさ~。というわけだからぁ、ファン宜しく。」
「シュウ。私の手を握って?」
「ああ。」
「………………そんなものでいいわ。」
少しの間手を握り、即座に人形を作り出す。
「意思のない“人形”が完成しました。ただ、拒絶されたら困るので意思以外は全て再現しましたが。」
「上出来だよぉ、ファン♪………………さ、そこのカプセルに入ってもらえるかな、シュウ?」
シュウは言われるがままカプセル内に入る。立ったまま入るタイプの大きなカプセルだ。
「で、向かいのカプセルにぃ、お人形さんを入れて?」
ファンさんは、端末のある中央の大きな柱の反対側にある同型のカプセルに人形を配置する。
「準備OKだね?…………………………よし、みんなカプセルから離れて!念のため、人形側のカプセルにはジョッシュとファン、いきなり襲いかかってきても良いようにスタンバイ宜しく!」
「はい。」
「わかった。」
私たちはシュウのいるカプセル側。中央の大きな柱にジレェ卿が操作している端末側のすぐ傍に待機し、反対側のカプセルの方には短刀を抜いたファンさんと魔砲を構えたジョッシュさんが控えている。
「行くよ!!」
中央の柱の上部、そこから両サイドに伸びている太い蛇腹のようなものに激しい電流が走る。
そして、カプセル内のシュウが、
「ぐぅぅうぁぁぁぁあ!!!!」
激痛が襲いかかっているのだろうか。恐ろしい形相で叫んでいた。私は見ていられないと思い目を伏せるが、
「セリア、目を背けちゃ駄目だよ?彼は今耐えているんだから、君が見守らなきゃ?」
ジレェ卿に促され、私はシュウから目を逸らさず、ずっと見続けた。
頑張ってシュウ。負けないで!
そんな時間が1分程過ぎたあたりだろうか?
反対側のカプセルに反応があった。
「ジレェ卿!!人形が“目を開けた”ぞ!!」
ジョッシュさんの知らせに、ジレェ卿は装置を慌ててストップさせる。
「ふぅ~………………これさ、精神を無理やり引っぺがすのって、実は凄い激痛なんだけどさ、多重人格障害の人とかで人格が分裂して仲違いしてる奇妙な人もいてね………………まだ研究段階なんだけど、苦痛を伴う以外は技術は成功してるから、成功するとは思ったけど。」
そんな装置まで開発していたとは、魔族の技術は恐ろしい。
「しまった!!」
「何て事!!」
ジョッシュさんとファンさんの声がする。
2人は血相を変えて走ってきた。
「やられた!あいつ、瞬間移動しやがった!!」
そんな事までできるんだ。ストレンジャーは私は直接相対したことはないけど、そんな人間離れした芸当ができる存在に勝算はあるのだろうか?
と、不意にけたたましい警報が鳴り始める。
「……マズい!!」
ジレェ卿が奥に向かって走り出す。
やはり魔族なのだろうか、物凄いスピードで走っていく。そのすぐ後ろをジョッシュさんが走り、少し後ろにファンさんが走っていく。
あまりの速さに、私たちは動き出す前に置いていかれてしまう。
「く………………酷ぇ目にあった。」
カプセルを開けてシュウが出てきた。
「シュウ、怪我は無いの!?」
「セリア。ああ、怪我はないが体があちこちしびれてるよ。少し休まんと動けねぇわ。」
相当シュウは疲労している。
するとハルカさんが、
「シュウ、じっとしてて。………………もう良いわ。動けるでしょ?」
「………………おっ、指先までしびれが取れてる。ありがと、ハルカさん。」
ハルカさんが癒した様だ。こういう時、ハルカさんの力は便利だ。本当の意味での後方支援ができるだろう。
私には何ができるだろうか?
不意に警報が止み、3人が戻ってきた。だがその顔色は、心なしか暗さを帯びている。
戻るなり、ジレェ卿が苦々しげに柱を叩き、
「くっ、やられた!!あいつ、“岩石”を持って逃げてしまった!!」
「え!?それって………………。」
私は当然、他のメンバーたちも同じことを思ったはずだ。そしてそれが現実に起こって欲しくないと。
だが、ジレェ卿の言葉は、残酷な現実を突きつける。
「あいつがあのまま人間側の持つ“ゲル”に接触すれば、完全に封印が解かれてしまう……!!」




