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銀拳  作者: 月草 イナエ
10/45

~09桜花乱舞(後編)

【現在時刻:午後七時三十分】


 警備課B班は大通り公園の花見巡回を開始してから初めて一息ついていた。

 A班と交代してからは目の回る忙しさで、監視と指揮を担当した三右と案山子(かかし)は大きな溜め息を吐く。


「やっ〜と落ち着いてきた…四剣の気持ちが分かったわ…」


『大剣です。迷子三名預かり所に送り届けました』


『了解。皆、落ち着いてきたから、少し休憩してや〜』


『案山子、了解。三右さん、休憩がてら面白い映像観ない?』


『映像?何か見つけたんか〜?』


『今、モニター繋ぐから皆も観る?』


 案山子はそう言って仮想モニターを操作すると、B班のメンバーの前にモニターが表示される。 そのモニターに映し出されたのはロングヘアに、藍色のスカートの女性と手を繋ぎ歩いている志緒の姿だった……


『蟹?本当にデートやったの!?』


『鉄巫女です…お相手の方は?』


『案山子二号の映像から確認できるよ~』


足枷(あしかせ)、目標確認!相手は[アプリコット]の店長、大学院三年の鈴木杏子さんです』


『何ィィ――ッ!年上だとおぉ―――ッ!』


『杏子さんのあの笑顔!信じられん!!戦斧の錆にしてやる!』


『落ち着つこ…鉄槌!斧!』


『……………年下好きと信じていたのに!』


『………鉄巫女?』


『待ち合わせみたいだね?相手は…二人、案山子三号から見えるかな?』


『足枷、目標確認!大学院三年、警備課の[門番天使]佐々木楓さん!同じく三年の[占術師]氷馬朝花さんです』


『何ィィ―――ッ!また年上だとぉ―――――ッ』


『…………グスッ、年下好きと信じてたのに!鶴はもう、生きていけません!』


『…………鉄巫女?蟹に何かされたん?』


『クソーッ!ゲートの天使まで!此処からでは戦斧が届かん!誰か!弓兵呼べ!』



『…目標座標固定。投石機、砲撃準備完了。』


『パルちゃん!?なんでおるの!?』


『円盾君とお花見してました』


『こおぅらぁー円盾!何ィ、サボってんや!』


『………うるせぇ、ババア…』


『あっ!蟹が何か渡してる!案山子三号ズームイン!』



『…なんかの券みたいだな?』


『…店シュガー&クール三点無料券?何の無料券だ?食い物?』


『S&Cの無料チケット!?なんでそんなもん持ってんや!』


『蟹の実家の店です。バイトで縫製やデザインやってるんですよ。私も貰いましたよ。』


『ほんまか!?大剣!ウチも欲しい!!』



『三右さん、覗き見はここまで。北西から無登録武装集団接近!数は三十、緊急招集発令!花見客の避難放送流します。避難完了後、公園を封鎖。公園の東口と南口に救護班配置します。』


『OK。そんじゃあー気合い入れていこか!狩り開始や!』


   ◆

   ◆

   ◆

   ◆



「ほら、友一。ア~ン」

「バッ…、こんな処で…」


「……クッ、家でも見せられ…此処でも!ムカつくわ!」


「朝花の妹とは思えない良妻っぷりだな」


「楓さん!此方も負けられません!焼き鳥どうぞ!ア~ン」


「夏樹ッ!何やってるんだよ~!俺がやるよ~!かッ、楓さん!どうぞ!」


「……ククッ。鼻血笑顔の二人にア~ン攻撃、楓さん早く食べないと死んでしまいますよ」


「ねえ?志緒君、高等部でア~ンするの流行ってるのかな?知らなかったよ」


彼奴(あいつ)らだけですよ。杏子さん。騒がしくてすみません…」


「そっ、そんな事ないよ~楽しいぞ!志緒君!」


「……もふもふ食べたい」


「…………」


 エリスがコートを引っ張って睨んでいる…

 無料券効果と、友一達が合流して朝花さんと楓さんの相手をしているので、杏子さんとの関係を深く追求される事は無かったが、俺を挟む様に座っている杏子さんとエリスは互いに気になるのか、肩越しにチラチラ相手を覗いている。

 そう言えば、エリスはアプリコットにまだ行った事無かったな……そう思い、杏子さんにエリスを紹介する。


「杏子さん、まだ紹介してませんでしたね。彼女は、エリス・アープ。中央学園から四月に高等部に転校してきました。日本は初めてで、この学園にまだ慣れていませんから色々相談に乗ってほしいんです。ほら、姫サン?」


「……エリス・アープ。…好きな物はラーパンです…」


 高等部にしては情けない自己紹介だった……

 そんな自己紹介に杏子さんは嬉しそうに笑う。


「パン好きなの?私は鈴木杏子。大学院三年で、大通りに[アプリコット]って言うパン屋さんの店長です。今度買いに来てね。オマケするぞ〜」


「…うん。行く」


 少し照れながら微笑むエリスを見て、杏子さんも嬉しそうだ。

 二人は多少ぎこちないが、杏子さんのパン話をエリスが真剣に聞いている。

 話題がエリスのラーパンの具の話になった時、俺とエリスの携帯から捕縛課の緊急招集音が鳴り響く。

 周囲の人達に不快感を与え無い様にメルヘンチックな曲だが、大音量なので杏子さんと朝花さんが吃驚している一方、楓さんと友一達は表情が険しくなっていく。

 エリスと視線を交わし通信機をセットする。


『蟹です。銀拳と公園西側にいます。状況は?』


『こちら案山子、現在公園北西に三十人の無登録武装集団が中央へ移動中です。市民を東口と南口へ避難させてから狩りを始めます』


『了解。避難誘導後に中央に移動します』


『それと、次のデートは二人っきりの方がいいよ…ププッ』


『死ねッ!年上の敵!』


『割るぞ!タラシ!』


『…年下好きだって信じてます!』


『ウチにも無料券く……』

(ブツッ)





(…………最悪だ…)



 通信機を耳から外した暗い顔の志緒を、心配そうに見つめる杏子。その手を握り、エリスが微笑む。


「……タラシは死なない…年下好きだから…」



「…姫サン…勘弁して……」




 杏子さんや友一達に状況を説明していると周辺のスピーカーから避難放送が流れ始め、楓さんは慣れた様子で周辺にいる人達を誘導し南口に向かわせている。

 友一達にも手伝ってもらい、西側の花見客の避難が完了するのを南口付近まで見届けると、エリスと中央塔に走り出す。


『蟹です。西側の避難完了。南から中央へ向かいます』


『案山子、了解です。避難は、九割完了。相手の戦力は三十、此方の戦力は十一。中央塔上部に二、塔下部に一、中央塔北200m地点六、交戦中。蟹は前戦へ急行、銀拳は塔の下に僕がいるからガードに付いて』


『…了解』


「銀拳、先行する。後衛よろしく」


 石畳を踏み込む速度を上げ、塔の左側を駆け抜けると、仮想モニターに囲まれた案山子が見える。その先には交戦中の大剣、斧、鉄槌、足枷。やや離れて、三右さんと鉄巫女の姿が見える。

 一気に駆け寄り、近くにいる侵入者に一撃を与える


「悪い、遅くなった」


「ふん!別に蟹なんか待ってなかったぞ!」


「クソーッ!全然羨ましくなんかないぜ!勘違いすんなよ!」


「女の敵が来たぞ!」


「……なあ、│大剣つばさ。こいつら…」


「お腹減ったなー。今度は屋台がいいなー」


 加勢に来たのに四面楚歌の状況だった…



『案山子です。集団が分裂!両側から五人ずつ林に入りました。大剣、足枷、追いかけて狩って下さい』


『『了解!』』


 案山子からの指示で大剣が西側、足枷が東側の林へ向かって行く。

 戦力を分散させ、此方側の人数が減った事を確認したリーダーらしき男が、両翼からの攻撃指示を出す。

 包囲しようと回り込む男達に鉄槌はハンマーを、蟹は長剣を横に払い、斧はは牽制しながら正面からの攻撃を弾く。

 更に大きく膨らみ、此方を囲もうとする両翼の男達が塔から飛来した岩石に弾き飛ばされる。


『目標に着弾確認。次弾装填。十五秒後に集団中央に二発着弾予定』


『鉄巫女です。次弾着弾後に右後方から私が、左後方三右さんが撃ち抜きます。回避して下さいね』


『『了解』』


『えっ?(おれ)真ん中にいるけど?………』


…ドッドオォォォン…


 斧の疑問は投石機の着弾音に()き消される。


「アイアンメイディン、解放三番《鉄針弾雨》!」


「死にさらせえーッ!」


 土煙の上がる着弾地点に、鉄巫女の鉄針と、三右の弾弓から複数の鉄球が打ち出される。

 視界が晴れると、其処には呻き声を上げ、倒れ込む集団の姿と、石畳に突き刺さる斧の戦斧が見えた……


    ◆

    ◆

    ◆


…ドッドオォォォン…


 大きな着弾音が辺りに響く。


 手入れの行き届いた林の中で大剣は四方を囲み、ゆっくりと近づく相手に動かずにいた。

 五人の内の一人を追跡しながら切り捨てると、四人は四方を囲み、一斉に襲い掛かろうとしている。


 (後ろは片手剣…右は太刀、左は槍、正面は棍か…どう来るかな?)


 大剣はゆっくり剣を肩に担ぎ、腰を落とす。白い首筋にリボンで結んだ黒髪が流れる。 切れ長の瞳から放たれる鋭い視線に怯む正面の男が、太刀を持つ仲間に目で合図を送った瞬間、槍を持っていた仲間の身体が、視界から消える。慌てて視線を戻すと、今度は太刀の仲間が消える。

 大剣の女の姿も消え、目の前には片手剣の仲間が驚愕の表情で此方を見ていると、口から血を吐き出し、糸の切れた人形の様に崩れ落ちる。


「ヒィッ…」


 悲鳴を上げようと息を吸った瞬間、頚に冷たい金属が触れる。


「質問があるのだけど宜しいですか?…今回の目的は?」


「ギッ、銀髪の女だ…そいつを(さら)って、引き渡せば、金を貰う約束だ……」


「お相手は?」


「俺は知らない!」




「では、最後に…桜でも見て、死になさい…」


 崩れ落ちる男を背後に大剣は塔に向かい走り出した………



    ◆

    ◆

    ◆



「まったく……俺から逃げられると思うなよ…」


 足枷の周りには、大きな鉄球が鎖で両足に付けられた侵入者が転がっていた。

 後はこのまま警備課に引き渡せば斧達の援護に行ける。そう考えていると、林の奥を走り抜ける人影が目に止まる。


『案山子、足枷だ。侵入者の一人が回り込んで、そっちに行った!俺は動け無いから、何とかしてくれ!』


『了解、銀拳に行ってもらうよ。回収班直ぐ行くから、もうちょい待っててね』


『おう、了解だ』



…ドッドオォォォン…


「あっちは派手にやってるな。此方も早い処終わらせるか…」



    ◆

    ◆

    ◆



「銀拳、聞こえた?東側の林に一人逃走。捕まえてきて!」


「…了解。直ぐ、捕まえる」


 前方で戦う蟹を視界に捕らえて銀拳は林の中へ走り出した。

 中央塔から東に延びる石畳の通りに沿って、林の中を少し走ると左手の林の隙間から、此方に向かい走って来る人影が見える。素早く桜の幹に身を隠し、相手が近づくのを待つ……


……キンッ…


 微かに響く鍔鳴りに反射的に飛び退くと、幹の向こうから声が聞こえる。


「…ほう…今のを皮一枚でかわしますか…中々ですね」


 銀拳の白い腕に薄っすら赤い線が滲む。

 桜の幹がゆっくりと滑り落ち、幹の向こうにいる男の姿が現れる。

 オールバックの黒髪を撫で付けるサラリーマンがいた。


「……死角」


「また、お会い出来て嬉しいですよ。アープ様。先日は、お相手出来ず申し訳ありません。ですが今夜は、御一緒に来て頂きます」



「……断る。」


「困りました……つまらない依頼は投げ出しますが、楽しい依頼は必ず最後までやる事にしているので…」


「…私は貴様を狩る…ただ、それだけ…」


「ああ…そんなに見詰められると楽し過ぎて……依頼を忘れてしまいそうです」


 喜びに震えながら近づく死角を、銀拳は拳を構え迎え撃つ。

 繰り出される短刀の突きを銀装甲の小手で弾き、懐に飛び込む。身体の捻りを加えた拳を叩き込む。

 しかし、死角の身体が消え、拳が空を切る。


「此方ですよ、アープ様。」


「……」


 打ち抜いた筈の死角の身体が、自分の左側二mの位置に立っている。蟹の無音走行とも違う、何かしらの動きに銀拳は静かに拳を構える。

 中央の学園の時は追跡中に何度も見失い、直接戦え無かった…この前も、ビルの屋上まで追い詰めたが、逃げられた…やっと巡って来た機会を無駄にしたく無かった銀拳は、死角の動きを一瞬たりとも見逃さなかった筈だった。


「時間もありませんし、此方から行かせて頂きます」


 短刀を逆手に持ち、腰を落とすと死角は、銀拳に真っ直ぐに向かって行く。

 銀拳はフェイントを入れ顔面を狙い、死角が僅かにかわした瞬間に、肩を掴もうとした…

 しかし、今度も拳は空を切る……体勢を崩した銀拳の脇腹に強烈な蹴りがめり込み、林の端まで蹴り飛ばされる。


「…カハァッ……」


 桜の幹に背中を打ち付け、呼吸が止まる。 幹を支えに立つ銀拳に、更に死角が追い討ちをかける。左右から放たれる斬撃をかわしきれず、腕や脚に赤い線が刻まれる。何度か反撃はするものの、その度に拳は空を切る。


「…頑張り屋ですね。私としては、楽しいですが…依頼は生け捕りなので、傷が付くと値切られてしまいます。そろそろ、終わりにさせて頂きましょう。」


 鋭い踏み込みから袈裟切りに振り下ろされる短刀を銀拳は弾こうとするが、死角は身体を回転させ、回し蹴りを腹部に叩き込む。

 石畳の上を吹き飛び、倒れた銀拳は起き上がろうとするが、腕に力が入ら無い。死角は銀拳の銀髪を無造作に掴み、引き上げる。苦悶の表情を見せる銀拳は呻き声を上げる。


「…グッ…うッ」


「そろそろ、参りましょうか?アープ様?」


    ◆

    ◆

    ◆




「………ブッ、ハゥアアァー!…お前ら!俺を殺す気か!」


 石畳に墓標の様に刺さっている戦斧の後ろから、斧が顔を出す。


『えーっ?生きてるのー?生きてるならええやん』


『…年上好きなんて……死ねばいいのに……』


「…あの、三右さん、巫女ちゃん、何気に酷くない?」


 投石機と、三右さん達の一斉射撃で戦闘不能になった侵入者を蟹と鉄槌が拘束している横で、

斧は三右さん達に抗議している。

 侵入者を縛りながら鉄槌が、後ろから声を掛ける。


「蟹、そっちは何人だ?」


「えーっと、十一人です。」


「此方は八人だ…一人足りねぇ…」


『案山子!鉄槌だ!一人逃がした。そっちで捕捉してくれ!』


『大丈夫。足枷が見つけたから、銀拳に行ってもらったよ』


『流石、仕事が早い』


『大剣です!今回の目的が判明しました!銀拳です!侵入者の目的は銀拳の拉致です!』


『流石、余計な仕事増やしやがって!蟹、行け!』


『了解!場所は?』


『大変だーッ!モニターで確認するよ!今は……………いたッ!塔の東通りで戦闘中!サラリーマンみたいな奴だよ!』


『コイツ、死角やで!』


SSS(トリプル)かよ!』


『銀拳?何で、死角の横に攻撃してるんだ?』


『おっ、おそらく、特殊系武装ですね』


『また│彼奴あいつか!行きます!』


 東通りに向け、全力で駆け出す。此処からなら二分掛からない…


『投石機!其処から銀拳見えるか!』


『…銀拳確認。行動不能、意識有り。援護開始!』


 左前方から投石機の着弾音が二つ聞こえて来る。走りながら腰のバックから腕輪とグローブを取り出し装備する。


『砲撃失敗…視覚に作用する武装と確認。到着まで砲撃続行』


『三右さん!俺の半径二十mに入らないで下さい』


『二十m?…了解や!』


 林を横切り東通りに出ると、石畳の真ん中に銀拳を引き摺り、砲撃を避けている死角がいた。


『おや?お仲間の登場ですよ。アープ様』


 銀髪を引き上げ、銀拳の顔を此方に向ける。


「……しっ…志緒…」


「今助けるから待ってろ!死角!エリスを離せ!」


「折角捕まえた獲物を逃せとは、不粋ですねアープ様のお仲間は…」


「離さないなら…お前を狩るだけだ!行くぞ!」


 一気に間合いを詰め、右手の長剣と短剣を振り抜き、銀髪を掴む左腕を狙う。

 刀身が左腕すり抜け、切り飛ばした手応えが全く感じられ無い… 死角は俺の右前に移動していてヤレヤレと、頚を振る。


「いきなり切りつけるとは、教育が成って無いですね。少し礼儀を教えて差し上げましょう」


 俺は死角にかわされるのを覚悟して切りつけたのだが、何故当たらないのか、さっぱりわからなかった…

 死角に聞こえない音量で案山子を呼ぶ。


『案山子、死角の左腕狙って見たけど…どう見えた?』


『やはり、どちらかに攻撃がズレていますね。通常の斬撃では当たらないと思います』


『次は防御で試してみるから見ててくれ』


『了解。気をつけて』


 長剣を振り上げ、短剣を長剣よりやや下に構え、ゆっくり左右に身体を揺らし、死角を中心に円を描き近づくと、鋭い踏み込みから二段突きが放たれる。

 長剣で一突き目を受け短剣で二突き目を受け流し、背後に回り込み、蹴りを放つ。

 しかし、死角に当たる筈の蹴りは、身体をすり抜ける。間合いを外し、死角を囲む様に円の動きを繰り返す。


『案山子、今のどうだった?』


『…死角の攻撃の時は変化は無い…でも、蟹が蹴りを放つ時に始めから違う方向に蹴ってるよ』


『防御専門って事か…』



「おやおや、さっきから回ってばかり、時間稼ぎですか?それなら闘いやすい様に、これはどうでしょう……」


 そう言って銀拳を吊り上げ、細い腕を捻り上げる。苦悶の表情を蟹に向け、小さな声を漏らす銀拳は、痛みに耐えている。


「…ぐっ…しっ、志緒は、お前に何か…負けない!……私のより……偽物…じゃ…無い……本物…なんだから……」


「…ククッ…ハハハハァ…本物?貴女より強い?ただ逃げ回っているだけではありませんか?それなら、私が楽しめる様に、本気になるまで貴方を痛めつけるだけです」


 死角は更に腕を捻り銀拳は苦痛を漏らす。


「…待て、死角!エリスを離せ…」


 蟹は短剣を鞘に収め、長剣を石畳に突き刺し、死角を見据える


「今更交渉ですか?時間の無駄遣いは嫌いなのですよ」



「…交渉じゃない…最後に一人で…桜が散る姿でも眺めてから……死ね…」


 ゆっくりと蟹は死角を指差す…

 その瞬間、死角の周りの桜並木が崩れ去り、桜の花びらが乱れ舞う。

 周囲を花びらが舞う中、蟹は死角に告げる。


「エリスは、返して貰う」


 冷徹な一言と共に蟹は指差した指を横に振る。

 死角に捕らわれていた銀拳は、銀髪を揺らし吸い込まれるように蟹の胸に飛び込んで行く。


「大丈夫か?エリス?」


「…だっ、大丈夫…」


 銀拳は蟹に支えられながら、胸に顔を埋める。

 その光景を呆然と見送る死角は、慌てて銀拳を掴んでいた両腕を見ると肘から先が失われている。


「…ハヒャ?…あ、うで?腕がッ…腕、無い…腕が無えぇよぉぉぉ―――!!」


「忘れ物だ……」


 蟹が投げつけた死角の両腕が足元に転がる…


「あぁ…付けなきゃ…腕…取れな…拾…拾え無い…拾え無いよぉー!」


 石畳に転がる両腕の前に(ひざまず)き、掻き寄せる様に腕を動かし膝の上に乗せ、怯えながら蟹を見上げる。


「どっ…どうやって…俺の位置を………」


「…お前の脚と石畳を良く見てみろ…」


 言われるままに脚と石畳を見つめると、微かに光る銀色の糸が脚に絡み、石畳には死角を中心に蜘蛛の巣の様に糸が広がる。その先を辿ると、蟹のグローブの指先から腕輪に繋がっている。


「い…つの間…に…」


「この銀糸(ぎんし)はお前の周りを回っていた時に仕掛けさせて貰った。感知能力付の操作系の武装だ。位置さえ正確に分かるなら、攻撃を当てるのは容易い……無駄話は終わりだ…」


「…いっ…嫌だあぁぁ…たっ…助けてえぇぃ…」


 蟹に背を向け、逃げ様とする死角に指を振ると、脚に絡んだ銀糸が食い込み、悲鳴と共に動きを止める。糸が身体を締め付け、死角を無理矢理立たせる。


「エリスを傷付けた仕返しも未だなのに、逃がす訳無いだろう…」


 右腕を前に突き出すと、銀糸が集まり腕を覆い始める。振り上げる蟹の右腕が銀色に輝く腕に変わり、死角の顔面に銀の拳をめり込ませた。


「……ブヘッ…銀…拳?」



「ほら、エリス。俺はもういいから…お前が捕まえろよ…」


「…アリガト…志緒」


 よろめきながら死角の前に立つと、拳を振り上げ、死角の顔面を打ち下ろすと、死角は小さな呻き声と共に頭を垂れ意識を失った。






「…ハァ〜ッ…疲れたぁーッ」


 石畳に座りながら塔の方を見ると待機していた捕縛課のメンバーが此方に駆け寄って来るのが見える。


「……志緒…アリガトウ…」


 銀髪を揺らし微笑みを浮かべるエリス。折角の白い肌は痣や切り傷だらけだが、笑顔は変わらず輝いていた……





「エリス、勤務中は蟹だろ?」



「……蟹も銀拳って呼んで無い…」





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