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フラッディファイア  作者: 氷鴉 刹
1 Desire:狂気に囚われし青年
4/10

第4話 「惨劇の主役」

 Ad-HC――正式には『Advanced Human & Cerussa Department』という。前時代の大戦により酷く汚染された土地でも生き延びることが出来る、強靭な肉体を開発すること目的としている政府の研究機関である。その目的から、ここを支援する者は多い。無知故に、平気で金を積む。否、その実態を知っていても、その目的達成のためならば、瑣末事なのかもしれない。

(ったく、今回はどんな大実験をしてんだか)

 目の前の青年は「こんなことは聞いていない」と言った。まさか、命の危険がある任務だとは思っていなかった、顔にはそう書いてある。今のご時世、命の危険がない任務なんて無いだろう、とその顔を見て男は密かに呟く。外に送られる時点で覚悟しろよ、と憐憫にも似た視線を向けつつ、青年にまた問いかける。

「“被検体”の詳細は?」

 そう問いかければ、青年はふるふると首を振りながら、力無く答える。

「ああ……速いんだ。信じられねぇくらいに。なんだ、アレ……」

「速い?」

「何も、見え……なか――」 

 そこで、青年の瞼がスッと閉ざされ、がっくりと項垂れてしまった。ベイオネットは、ありがとよと、小さく呟き目を伏せる。そして、青年の手を組み、“At least,bless you.”と言って祈りを捧げると、立ち上がった。

「目に見えないほど、すばしっこい相手か。的確に首の頸動脈を切り裂いているのを見るからに、それなりに知能がある相手だろうな。んでもって、あの傷は、恐らく、ナイフとかで傷付けられた傷だ。となると――相手は、人あるいはそれに類する存在、か」

 やれやれと、溜め息を1つ吐き、相棒ライフルを肩に担いだ。街路の先では、既にそのツヴァイヘンダーと、その被検体が交戦中にあるのかもしれない。

「行くしか、ねぇよな」

 手に持っていたバタフライナイフをパチリと閉じて、懐にしまうと、相棒ライフルを肩から下ろし歩き始めた。音を立てない様に慎重に、されど足早に、街路を抜けていく。歩いていくにつれ、折り重なる死体の数も増えていく。そして、火の勢いも増していく。見渡す限り、血と炎で赤く染まっている。まるで視覚が異常を来たしてしまっているのではないかと錯覚するほど、鮮やかな赤が一面に広がっている。

また、街路は銃身が変形してしまうのではないかと思うほどの熱気に包まれていた。ベイオネットは熱気と何かが焼け焦げる刺激臭そして煙を避けるべく、ジャケットの襟を立て、一番上まで引き上げた。だが、剥き出しの腕と顔に熱気が容赦なく襲いかかる。

(この先に、居る……のか?)

 激しく金属同士がぶつかり合う音は歩けば歩くほどに近付いてきている。

(この状況で、よく、戦えるよな。化け物か)

 高笑いを上げながら、ナイフで応戦しているであろう、仲間を想像して思わず苦笑する。そして同時に、敵わないと、嘆息する。

(少なくとも、今の俺では――)

 言いかけて、首を振る。今はそんなことを考えている余裕はない。1秒でも早く、標的を見つけ出し、仲間の援護をしなくては。無心で、ただ、足を動かす。

 歩き続けてしばらく経つと、前方に広場と思わしき、開けた場所が見えてきた。金属同士がぶつかり合う音と、銃弾が飛び交う音が聞こえてくる。そして、激しい煙に阻まれているが、素早く動きまわる2つの影を確認することが出来た。1つは、長身で体格の良い成人男性のもの――おそらくこれがツヴァイヘンダーだろう――、もう1つはそれよりもずっと低い、痩せ形の……男だろうか。酷く華奢で頼りない印象も受けるが、女にしては、少々輪郭に丸みが足りない気がする。

(あのツヴァイヘンダーが、手間取っているなんてな)

 その背中に冷たい汗が伝う。とにかく、援護はしなくては。壊れた家屋の影に身を隠しながら、ツヴァイヘンダーを狙って銃弾を放つ兵士たちを、1人、また1人と狙い撃つ。ちらりと、ツヴァイヘンダーに視線を向けると、彼は、至極意地の悪い笑みを浮かべ、こちらを見ていた。

(相変わらず、性格の悪いことで)

 小さく舌打ちをして、悪態をつく。しかし、そこで目を逸らさずに、その視線を、ツヴァイヘンダーに猛攻を加えている存在にそのままスライドさせた。血に染まったカナリーイエローの髪を振り乱し、殺気に満ち、爛々と輝くアメジストの様な深い紫色の目で、ツヴァイヘンダーを睨み据えている。その横顔を見て、ベイオネットは、思わず目を見開いた。

(……アイシャ?)

 そう口にしかけて、首を振った。横顔は確かに、似ていると思ったが、何処をどう見ても男だ。どれほど頼りなさそうで華奢な体つきだったとしても、男であることに間違いはなかった。

(他人の空似だ。しっかりしろ)

 そう自分に言い聞かせて、2人から視線を逸らすと目深に被った軍帽を深く被り直した。そして、さらに兵士を狙撃していく。場所を感付かれないように、撃っては移動、撃っては移動を繰り返し、着実に兵士の数を減らしていくが、相手はあまりにも多い。

「……これじゃ、何発あっても弾が足りねぇ」

 1人ごちて、ツヴァイヘンダーに再度視線を向ける。そして、視線が合った所で、身振り手振りで弾が尽きるとサインを出せば、男は、目を閉ざせ、退くと、サインを返す。激しいナイフによる攻撃を片手で凌ぎながら、懐に手を突っ込んで、何かを取り出す。

――閃光弾スタングレネードだ。

それが、閃光を放つと同時に、ベイオネットは広場に背を向け、元来た路地へと駆け出した。銃弾の音が大分遠ざかった所で足を止め、仲間の到着を待つ。ジャケットの襟で防御していたとはいえ、大分煙を吸い込んでしまったようだ。激しく咳き込みつつ、胸を抑えて呼吸が落ち着くのを待った。

 暫くして、背後から、こつり、こつりと、規則正しい足音が聞こえてきた。ベイオネットは、息を殺し、近くにあった物影――積み重なる死体の山――に身を滑り込ませた。足音の主は、半端に伸びた荒れた黒髪を乱暴に一つに纏めた、長身の男。黒いジャケットを身に纏うその姿は、ぎらぎらと輝く蛇の目も相まって、さながら死神の様だ。

「……何をこそこそしているのだ。ベイオネット」

 ツヴァイヘンダーはベイオネットが身を隠す死体のすぐ近くで足を止めると、小馬鹿にしたような態度でそう言った。

「こそこそするのが、俺の仕事なんだよ。悪いかよ」

 そう毒づきながらも、ふーっと、安堵のため息を吐く。そして、ゆっくりと立ち上がり、硬直した。

「お、お前……それ」

 ベイオネットが指を指した先には、先程、ツヴァイヘンダーと切りあっていた、青年の姿があった。退却する際に、ツヴァイヘンダーが手刀打ちでもしたのだろう。その肩に大人しく担がれていた。

「ああ、こいつか? 気に入ったから連れていくつもりだ」

 至極、機嫌が良さそうに男は言った。鼻歌が聞こえてきそうなほど、機嫌が良い。そんなツヴァイヘンダーに寒気を覚えつつも、ベイオネットは努めて冷静に問いかける。

「連れていくってお前、こいつ政府のモノかもしれないぞ?」

 あの青年は、被検体の詳細はと聞いて、それを訂正しなかった。つまり、ツヴァイヘンダーに担がれている青年は、何かの実験を施された、政府の“所有物”だろう。血に染まったカナリーイエローの髪、そして、真っ赤に染まった右手は、彼がこの惨劇を引き起こした、否、引き起こすことを強いられた動かぬ証拠だろう。彼が何者で、どう弄られているのかは、分からないが、面倒事に巻き込まれることになるということだけは確かだ。

「それに、目が覚めた所で、また暴れ始めたらどうするつもりだ?」

 さっきは、ツヴァイヘンダーがその攻撃をひきつけていたため、その姿を視認することが出来た。だが、目覚めた時に、ツヴァイヘンダーが傍に居るとは限らない。もちろん、その猛攻を凌ぎ、彼を眠らせる自信が全くないというわけではない。動体視力と、腕っ節にはそれなりに自信がある。ナイフさえ奪ってしまえば、この華奢な青年を止めることは容易いだろう。

だが、どうしても、ベイオネットは首を縦に振ることが出来なかった。

「では、貴様は、こいつを見捨てるのか? 面倒事は嫌だから、政府の操り人形にしてればいいと? フン……所詮、なんだかんだ綺麗事を並べる偽善者か」

 嘲笑を浮かべ、ベイオネットを見下す。その言葉を受けて、ベイオネットは、怒気に満ちた表情をツヴァイヘンダーに向けた。

「それは違ぇ! 確かに、面倒事に巻き込まれるとは思ったさ。この虐殺を引き起こしちまったのもおそらくそいつだろう。んでもって、それが、こいつの意思であるとは、思わない。思いたくはない……」

 この青年のことは、何も知らない。だが、確かに思ったのだ。出来れば、見捨てたくはない、と。その横顔が、他人の空似だったとしても生き別れになってしまった愛しい存在に似ていたからかもしれない。この惨劇を、この青年が自らの意思で引き起こしたとは、信じたくはなかった。

「出来れば、見捨てたくはないさ。間に合うならな」

 間に合わなかったら、もし、手遅れだったら、という恐怖が頭を支配する。そんなベイオネットを、ツヴァイヘンダーは鼻で笑った。そして、蛇のような目を細めて、こう言い放つ。

「間に合うなら? 何を言っているんだ貴様は。“間に合わせる”のだ。それに、手遅れだった時は、調教するまでだ」

 “間に合わなかった”男はそう口にして、醜悪に笑った。

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