人間の疑念
男らの話はこうだ。
つい二月程前、ここらに大きく育ったスライムが現れた。
スライムは森や森付近の獣、人間を食い荒らす。
村人はそれを恐れるも、ギルドへ討伐を依頼する金はなく、スライムが村へ寄り付かぬよう火を焚き続け、時折通る冒険者がそれを退治するのを祈っていた。
しかしスライムを倒す者が現れる前に、恐れていた事が起きる。
水が底を尽きたのだ。
この村は水源が乏しく、水を得るにはスライムのテリトリーを通り、その先の泉へ行かねばならない。
腕に覚えのある村の男らが生きるため、水場へ向かい、幾人も喰われたのだと言う。
今日も命懸けで水を運んでいたが、その帰り、運悪くスライムと出会した。
必死に逃げたものの、水樽を載せた荷台は壊れ、子スライムに囲まれた挙げ句親が現れる。
もう駄目だと覚悟したその時、何かに反応したスライムらは男らをそのままに去って行ったそうだ。
そして状況も分からぬままに、10あった樽のうち、無事だった6を手分けして運び、力尽きて今に至る。
丁度男らが死に面したその時、修一が鼻血を出したのだろう。
「お手柄ではないか」
「な、なんか複雑だけどな……」
「何においても複雑な心持ちにしかならんのか」
「複雑な心持ちになる事しか起こらないんですぅ~」
反抗期な修一は置いておいて、疲労しきっている男らと重量感を醸し出す大樽を見る。
知らぬ振りをして、男らに引き続き運べと言うのは酷だろう。
「丁度村へ向かっていたところだ。事のついでに運んでやろう」
その旨を男らに告げ、魔法で樽を5つ浮き上がらせる。
「修一、一つ持て」
「はっ!?何で!?」
修一が声を上げた。
樽の一つや2つ持ち上げる事に大差はないが、修一が己の筋力の具合について知る為にも、一つくらいは持たせておいた方がいいだろう。
水が詰まっているとはいえ、たかだか樽一つ運ぶだけだ。
さして負担にはなるまい。
「ち、ちょっと待て!樽を運んでくれるってのは願ってもない話だが、アンタ、今もさっきも、詠唱しないで魔術使わなかったか!?」
「魔術ではない。魔法だ」
「はっ!?」
男が目を見開いた。
意味が分からない、という顔だ。
「ま、待てよおい!魔法って事はまさかお前…!」
俺を指差し魚のように口を開閉させる男。
「む?まだ言っていなかったか。俺はお前達に魔王と呼ばれている魔族だ」
「魔族っ……!ま、魔王!!?」
予想通りの反応はスルーし、樽を前にもたもたしている修一に声をかける。
「行くぞ修一。早く持て」
「そうやって何でもない事みたいに流すから、調子狂うんだよなぁ……。てか、無理だろこれ……」
何かを悟ったような遠い目の修一がいた。
諦念の色を滲ませて樽に手を掛ける。
「よっ…ってうおっ!?軽っ!」
案の定力を入れすぎたらしい修一が尻餅をつく。
「他者の腕を潰す前に力の加減を覚えろ」
本人が知りたいと言うなら魔術を教えてやってもいいが、その前に日常生活での力加減を覚えさせなければ。
うっかりで他者を殺めたり、器物を破壊しかねんからな。
そうなれば俺の目的の障害ともなる。
「アレ特有の肉体強化ってやつ?」
「そうだ」
尻餅をつき、腹と膝の上に樽を載せたままの修一に軽く返事をして先へ進む。
何度も行くぞと声はかけてあるから問題ないだろう。
「ま、待て!今アンタ、魔王って……!」
今度は酷く顔色の悪い男らに呼び止められた。
いい加減先へ行きたいのだが。
「次は何だ」
「本気で言ってんのか!?」
「無理に信じろとは言わん」
半信半疑だろうが笑い話だろうが、兎も角魔王が善行をする話が広まればいい。
人は己の中の真実を捨てられない生物だ。
その真実に、ほんの僅か亀裂が入れば上々。
その後は時をかけ、我らの常識を刷り込んでいけばいい。
「……」
男らの怪訝な視線が俺を差すのが分かった。