↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
4/17

第二話 一枚多い皿(一)

道の曲がり角の大きな石から、うちの戸口まで、三百八歩ある。


何度も数えた。とくに夜に。歩数を数えるのは、ほかのことを数えないでいるのに、いい方法だからだ。あの夜は、握りこぶしに銅貨六枚、ポケットに皮をむいた栗を一つ入れて歩いて、三百十一歩になった。──ゆっくり歩いていたのだ。


うちは村のいちばん端、北の石垣にくっついた最後の一軒で、そこから先は道が匙を投げて草になる。小さくて、どこの家より掃除が行き届いていて、前には毛布ほどの広さの畑があり、キャベツと大根と、鶏が三羽育っている。鶏の名前は、一、二、三。名付けたのは僕だ。カットが猛烈に抗議して、ボタン、クモ、ヒメと付け直した。以来、鶏たちはどちらの体系にもまったく同じ反応を示している。つまり、どちらにも無反応である。鶏だからだ。あれは、僕とカットが公式に引き分けで終えた、唯一の議論だった。


うちに帰るには村を半分横切らなくてはならない。そして僕が元村を半分横切るというのは、毎日繰り返して毎日同じ結果の出る実験だ。──僕が通ると、村の音量が二段階下がる。縁側の話し声は止まりはしない。止まったらあからさまだし、元村であからさまな人間は一人もいない。ただ、低くかがむのだ。風が通るときの稲穂みたいに。そして僕の背中の後ろで、また起き上がる。いつか誰かが、ひそひそ声を量る升を発明したら、この谷は二毛作になる。


理由がずっと分かっていたわけじゃない。小さいころは、帳面のせいだと思っていた。あるいは、店先で値段の間違いを声に出して直すせいだと。──あれが心証を良くしないことは、認める。本当のことを全部つなぎ合わせるのには、何年もかかった。八歳の子どもに誰も何も教えたがらないとき、真実はかけらでしか手に入らない。ここで釣り上げた一言、あそこで途切れた一文、そして、答えの形にぴったり切り抜かれた沈黙。


だがその話は、夕飯のあとにしよう。悲しい話は、腹に温かいものを入れてからするものだと、水車小屋のばあさんがいつも言っていた。


   ◆ ◆ ◆


戸を開けると、毎晩のものが迎えてくれた。キャベツの汁の匂い、灯心の明かり、そして、囲炉裏ばたでよその繕い物を縫う母さん。布に覆いかぶさるほど身をかがめて、まるで布に内緒話をしているみたいだった。


「おや、栗林の親方のお帰りだ」母さんは顔も上げずに、でも顔じゅうで笑って言った。あれは母さんにしかできない芸当だ。「大商いはどうだった?」


「一日目、二十六袋。二日目、九袋」


「九袋?」今度は顔を上げた。「上の栗林、あんなに実っていたのに?」


「九袋」僕は繰り返して、それ以上言わなかった。なぜ九袋なのかの勘定は、まだ喉につかえていたからだ。


母さんは、あの母さんのやり方でしばらく僕を見た。服の上から帳面を読むみたいに。そして、糸を引っ張らないことに決めた。それも母さんにしかできない芸当の一つだ。──ある数字が、僕には重すぎてまだ動かせないことを、見分けること。


母さんの名は、花(ハナ)という。先に言っておくのは、この村で母さんを名前で呼ぶ人がほとんどいないからだ。「北の石垣の」とか、「あの人」とか言うか、声を低くする。ハナは、花。元村でただ一人、母さんに大声で正面から話しかける治郎じいさんは、いい名を付けたもんだと言う。──花には鉢の花と、ひび割れに咲く花があってな、おまえの母ちゃんは後のほうだ。何も育つはずのない場所で育つ花だ、と。


母さんの手は、倍の歳の人の手をしている。僕が言うのではない。ひび割れが言うのだ。数えたから知っている──当たり前だ、数えた──毎年冬になると、二つ三つ、新しいのが増える。細くて白いやつが。よその家の洗い物で、よその家の洗濯で、よその家の繕い物で。元村じゅうでいちばん多く銭に触れて、いちばん銭の残らなかった手だ。


そして、うちの食卓を見てほしい。うちの食卓には、母さんについて知るべきことが、全部載っている。


うちは二人家族だ。食卓には椅子が三つあり、そして毎晩、皿が三枚並ぶ。


三枚目の皿は母さんが置く。毎晩、空いた席に、必ず。「誰か来るかもしれないだろう」と言って。数え始めてから四百十二回の夕食を記録したが、一枚多い皿が使われたのは十一回だ。治郎じいさんが六回。霧で道に迷った行商人が二回。双子のノブが一回(四人前食べた)。カットが二回──ただしカットは勘定に入らない。カットはうちでは「誰か」ではなく、うちの者だからだ。四百十二分の十一。計算してある。一枚多い皿の稼働率は、二・六パーセントである。


九歳のとき、一度だけ言った。帳面を振り回して。年に三百晩、きれいな皿を洗うことになるんだよ、労力の無駄だよ、勘定が合わないよ、と。母さんは最後まで、まるごと聞いてくれた。真剣な顔で、うなずきながら。そして僕の演説が終わると、言った。


「よく数えられたねえ、えらいねえ」──そして、皿を置いた。


四百十二回の夕食。使用、十一回。それでも皿はそこにある。毎晩、洗い立てに光って、めったに来ない「誰か」を待ちながら。


あの皿が、谷じゅうでいちばん馬鹿げたものに見える夜がある。


そして──母さんには一度も言っていないが──家がとても静かで、風が戸を押す夜には、あの一枚多い皿が、元村じゅうでただ一つ灯っている明かりに見えることも、ある。


あの夜、席に着く前に、僕は食卓の上に宝物を並べた。銅貨六枚を小さな塔にして、その横に、うんと丁寧に、栗を一つ。


「カットから」と僕は言った。「母さん、焼き栗が好きなんだって。前に教えてもらったって」


母さんは、他人が金の指輪を見るような目で、その栗を見つめた。指二本でつまんで、くるりと回して、小さく笑った。


「あの子に言ったのは、少なくとも二年前だよ」首を振った。「あの子は……あの子は、人のことを、傷まない場所にしまっておくんだねえ」


母さんは囲炉裏へ行き、火掻き棒で熾を寄せて、王室の宝物係の手つきで栗を灰に埋けた。そして家じゅうがあの匂い──甘くて、香ばしくて、奥に「これから物事はうまくいく」という匂いそのものの煙が混じったあの匂い──で満ちていくあいだ、僕は思ってしまったのだ。カットは栗ひとつで、僕が銅貨六枚で果たせなかったことを果たした、と。


この現象は、あとで研究するために頭の中に書きつけた。カット現象の研究予定リストは、一冊ぶんある。──進んでいない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。