第二話 一枚多い皿(一)
道の曲がり角の大きな石から、うちの戸口まで、三百八歩ある。
何度も数えた。とくに夜に。歩数を数えるのは、ほかのことを数えないでいるのに、いい方法だからだ。あの夜は、握りこぶしに銅貨六枚、ポケットに皮をむいた栗を一つ入れて歩いて、三百十一歩になった。──ゆっくり歩いていたのだ。
うちは村のいちばん端、北の石垣にくっついた最後の一軒で、そこから先は道が匙を投げて草になる。小さくて、どこの家より掃除が行き届いていて、前には毛布ほどの広さの畑があり、キャベツと大根と、鶏が三羽育っている。鶏の名前は、一、二、三。名付けたのは僕だ。カットが猛烈に抗議して、ボタン、クモ、ヒメと付け直した。以来、鶏たちはどちらの体系にもまったく同じ反応を示している。つまり、どちらにも無反応である。鶏だからだ。あれは、僕とカットが公式に引き分けで終えた、唯一の議論だった。
うちに帰るには村を半分横切らなくてはならない。そして僕が元村を半分横切るというのは、毎日繰り返して毎日同じ結果の出る実験だ。──僕が通ると、村の音量が二段階下がる。縁側の話し声は止まりはしない。止まったらあからさまだし、元村であからさまな人間は一人もいない。ただ、低くかがむのだ。風が通るときの稲穂みたいに。そして僕の背中の後ろで、また起き上がる。いつか誰かが、ひそひそ声を量る升を発明したら、この谷は二毛作になる。
理由がずっと分かっていたわけじゃない。小さいころは、帳面のせいだと思っていた。あるいは、店先で値段の間違いを声に出して直すせいだと。──あれが心証を良くしないことは、認める。本当のことを全部つなぎ合わせるのには、何年もかかった。八歳の子どもに誰も何も教えたがらないとき、真実はかけらでしか手に入らない。ここで釣り上げた一言、あそこで途切れた一文、そして、答えの形にぴったり切り抜かれた沈黙。
だがその話は、夕飯のあとにしよう。悲しい話は、腹に温かいものを入れてからするものだと、水車小屋のばあさんがいつも言っていた。
◆ ◆ ◆
戸を開けると、毎晩のものが迎えてくれた。キャベツの汁の匂い、灯心の明かり、そして、囲炉裏ばたでよその繕い物を縫う母さん。布に覆いかぶさるほど身をかがめて、まるで布に内緒話をしているみたいだった。
「おや、栗林の親方のお帰りだ」母さんは顔も上げずに、でも顔じゅうで笑って言った。あれは母さんにしかできない芸当だ。「大商いはどうだった?」
「一日目、二十六袋。二日目、九袋」
「九袋?」今度は顔を上げた。「上の栗林、あんなに実っていたのに?」
「九袋」僕は繰り返して、それ以上言わなかった。なぜ九袋なのかの勘定は、まだ喉につかえていたからだ。
母さんは、あの母さんのやり方でしばらく僕を見た。服の上から帳面を読むみたいに。そして、糸を引っ張らないことに決めた。それも母さんにしかできない芸当の一つだ。──ある数字が、僕には重すぎてまだ動かせないことを、見分けること。
母さんの名は、花という。先に言っておくのは、この村で母さんを名前で呼ぶ人がほとんどいないからだ。「北の石垣の」とか、「あの人」とか言うか、声を低くする。ハナは、花。元村でただ一人、母さんに大声で正面から話しかける治郎じいさんは、いい名を付けたもんだと言う。──花には鉢の花と、ひび割れに咲く花があってな、おまえの母ちゃんは後のほうだ。何も育つはずのない場所で育つ花だ、と。
母さんの手は、倍の歳の人の手をしている。僕が言うのではない。ひび割れが言うのだ。数えたから知っている──当たり前だ、数えた──毎年冬になると、二つ三つ、新しいのが増える。細くて白いやつが。よその家の洗い物で、よその家の洗濯で、よその家の繕い物で。元村じゅうでいちばん多く銭に触れて、いちばん銭の残らなかった手だ。
そして、うちの食卓を見てほしい。うちの食卓には、母さんについて知るべきことが、全部載っている。
うちは二人家族だ。食卓には椅子が三つあり、そして毎晩、皿が三枚並ぶ。
三枚目の皿は母さんが置く。毎晩、空いた席に、必ず。「誰か来るかもしれないだろう」と言って。数え始めてから四百十二回の夕食を記録したが、一枚多い皿が使われたのは十一回だ。治郎じいさんが六回。霧で道に迷った行商人が二回。双子のノブが一回(四人前食べた)。カットが二回──ただしカットは勘定に入らない。カットはうちでは「誰か」ではなく、うちの者だからだ。四百十二分の十一。計算してある。一枚多い皿の稼働率は、二・六パーセントである。
九歳のとき、一度だけ言った。帳面を振り回して。年に三百晩、きれいな皿を洗うことになるんだよ、労力の無駄だよ、勘定が合わないよ、と。母さんは最後まで、まるごと聞いてくれた。真剣な顔で、うなずきながら。そして僕の演説が終わると、言った。
「よく数えられたねえ、えらいねえ」──そして、皿を置いた。
四百十二回の夕食。使用、十一回。それでも皿はそこにある。毎晩、洗い立てに光って、めったに来ない「誰か」を待ちながら。
あの皿が、谷じゅうでいちばん馬鹿げたものに見える夜がある。
そして──母さんには一度も言っていないが──家がとても静かで、風が戸を押す夜には、あの一枚多い皿が、元村じゅうでただ一つ灯っている明かりに見えることも、ある。
あの夜、席に着く前に、僕は食卓の上に宝物を並べた。銅貨六枚を小さな塔にして、その横に、うんと丁寧に、栗を一つ。
「カットから」と僕は言った。「母さん、焼き栗が好きなんだって。前に教えてもらったって」
母さんは、他人が金の指輪を見るような目で、その栗を見つめた。指二本でつまんで、くるりと回して、小さく笑った。
「あの子に言ったのは、少なくとも二年前だよ」首を振った。「あの子は……あの子は、人のことを、傷まない場所にしまっておくんだねえ」
母さんは囲炉裏へ行き、火掻き棒で熾を寄せて、王室の宝物係の手つきで栗を灰に埋けた。そして家じゅうがあの匂い──甘くて、香ばしくて、奥に「これから物事はうまくいく」という匂いそのものの煙が混じったあの匂い──で満ちていくあいだ、僕は思ってしまったのだ。カットは栗ひとつで、僕が銅貨六枚で果たせなかったことを果たした、と。
この現象は、あとで研究するために頭の中に書きつけた。カット現象の研究予定リストは、一冊ぶんある。──進んでいない。




