第1話 勇者クラウン
魔王は勇者達によって倒された。魔王が討伐した勇者たちは称えられた。特に勇者クラウンは世界を救った冒険者として名を馳せた。民衆は魔族からの恐怖も、魔物からの侵略も無くなると誰もが思った。みなが幸福の訪れの予感を感じたのだ。しかし、現実は残酷であった。魔王が死んだ後の世は魔王が支配、統治していた魔族、魔物の残党が蔓延り、更なる侵略を進めてきた。文字通り地獄と化したのだ。その結果、勇者達は第一級戦犯としてその身を追われることとなった。その後、勇者達のパーティは散り散りになり、その後消息を絶っていた。そして時間とともに魔王を倒した勇者達は、正義から逸脱したパーティとしてみなの記憶から消えていくのだった。
魔王討伐から50年後のトンロト村、調剤師の子に生まれたドロガという少年がいた。ドロガは何も出来ない人間だった。学ぶことも泳ぐこともちゃんと走るのもままならない程だった。しかし調剤の技術だけは人一倍長けていた。父から調剤の技術を学ぶ傍ら、密かに、どこで覚えたか魔王を討伐したパーティの勇者クラウンに憧れを持っていた。しかしその憧れには敵が多かった。第一級戦犯だった勇者クラウンへの憧れとは軽蔑されるべき異端とみなされていた。以前父親にそれを話した時大目玉をくらい、憧れを捨てるように強要されたこともあった。
「アリス様だ、アリス様がおいでなさった!」
村に住む老人が声高らかに叫んだ。その声を聞き我先にとアリスと呼ばれる女のエルフの近くにわらわらと集まってきた。
「アリス”様”なんてやめてくれよ」
ドロガの住む村の中心にはアルボルの木という山のように巨大な大木が堂々とそびえ立っており、その木のてっぺんに小屋を作り、そこにアリスは住んでいた。神聖なエルフと言っても現実ではお金が必要であり、アリスはエルフ特有の、その膨大な魔力で月に1度、村へ出て村人の未来を予知し、それを伝えることを生業としていた。村人はその予言を聞き、一喜一憂していた。未来を知ることで飢餓や流行り病、株の売買といったものを上手くやりくりし、小さい村ながらも平和で、困窮することは無かった。また、月に1度、大都市ネペロからの行商くらいしか楽しみのないトンロト村での一種の娯楽でもあった。つまり、この村ではアリスは絶対不可欠な存在なのである。
「少年よ。お前は2年後に死んでしまうだろうな。」
アリスの見たドロガの未来、それはドロガにとって余りにも非情な未来であった。ドロガの心臓は駆け抜けるように早く鳴った。アリスの予言は覆ることは無い。希望の無い未来と生への執着が一層ドロガの心を蝕んでいった。村民の誰もが同情した。ドロガは絶望の縁に立たされていた。
ドロガは家に帰るといつもの薄暗い家があった。父は泣きドロガに縋った。
「ごめんなぁ…本当にごめんなぁ…ちゃんと大人にしてやれなくて…」
ドロガは光が宿らない目で父を見つめた。
「おれ、冒険者になってもいいかな…」
父はまだそんなことを…と言いかけたが、ドロガの暗い目から涙が滴るのを見て、あぁ。と答えた。
「ドロガがそうしたいならすればいい。ただ、ただ、人生を楽しんでくれ」
アリスの予言から六日後の夜、トンロト村に地響きが襲った。魔物の大群だった。村の者は始めて、または久しく見ぬ魔物に戦き、叫ぶしか無かった。口からは火をふき尻尾で村を荒らし、その角で人間の体に風穴を開けた。生まれ、育った村の全てを壊し尽くす魔物にドロガは感嘆し、泣き崩れた。
「やめろ……やめろよぉ……ふざけんなよ…」
「ドロガ!行くぞ!」
父は叫び手を引いた。しかしその時、ドロガに向いた角に父は飛び込んだ。グサリと刺さった腹から魔物が角を抜き、走り去った。暴れ狂う魔物と逃げ惑う人々のカオスの中で、まるで2人がいる場所だけ時間の動きが遅くなっているようだった。
「逃げなさい。なるんだろう、勇者クラウンに。」
ドロガに逃げ、生き残れと伝えた父は息絶えた。危険を察知したドロガはおぼつかない足取りで走った。いや、それは走ったと言うには形になっていない、千鳥足であった。しかしドロガの小さな体では逃げ回る民衆とそれを追う魔物がドロガを押し潰した。至る所の骨が折れ、切り傷もできた。しかしドロガはおもむろに自分の懐のベルトを抜き、輪っかを作り空中に投げた。それは魔物の首を捉えドロガはベルトを手繰り寄せ、魔物の背中に乗りかかった。魔物の背中はトゲトゲしていて心地悪かった。
首を素手で握った手は血が滲み、鉄臭い匂いが自信でも感じ取れた。ドロガは魔物の背中で村の外に出た。村の外に出たのはドロガにとって初めての事だった。魔物から飛び降りたドロガは悲惨たる村の現状に目を向けられなかった。
「なぁ少年。大丈夫か。」
話しかけてきたのはアリスだった。ドロガは強い口調で、この未来が見えなかったのか尋ねる。アリスは、見えた。しかし伝えなかったと話した。ドロガは何故と問う。
「なぜだろうね。でもなんか伝えちゃいけないように思ったんだ。」
ドロガは話にならないと、歩き始めた。
「君があの状況で死ななかったのを不思議に思わんのかね。踏みつけられ頭骨も割れ、怪我をして血まみれで。でも今怪我ひとつない。」
「確かに…」
「私は君に”2年後に死ぬ”と言ったんだ」
アリスは淡々と話し始めた。
「少年。きみは2年後に必ず死ぬ。しかし2年ただずに死ぬことは無い。どんなことをしてもだ。」
アリスは杖をビシッとドロガに向けた。そして失笑して言った。
「私もこんな事象は初めてだ。この運命は何か神か何かがが祝福しているのかもしれないな。」
「何の役にも立たないことのために魔法を使ってるあんたが淘汰されるべきだったんだ。」
「もう、淘汰されたよ…」
アリスは寂しそうな顔で答えた。そして最後にドロガに対しこう伝えた。
「せっかく生き残ったんだ。好きに生きればいい。君の憧れもきっと実を結ぶだろう」
そう言い残しアリスはその場を去った。ドロガは空が明るくなっているのに気づいた。ため息を着いたあとに大きく息を吸うと窮屈だった村の中よりもいい空気を吸っている感じがした。多分本当に違う空気が流れているのかもしれない。と思うほどだった。ドロガは残り短い人生で勇者クラウンの背中を追う事にした。崩壊した村を背に、少しずつ歩き始めた。




