第12.5章 ① 偽りの理想
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第12.5章 ① 偽りの理想
神社の祭りが執り行われる最中、人目を避けるように、境内では一般の参拝客は立ち入れない本殿裏で、小倉はその男と会った。
「君も来たまえ。この会議で重要な話がある。
君が仕える神使も議題に挙がる予定だ。なにせあの計画には国の命運がかかっている。加えて首相自ら来るとのことだ、抜かりなく頼むよ。」
切れ長の目を持つ白髪の男はそう言って、一枚の招待状を渡してくる。
神職でありながら、この祭りでは祭祀を取り仕切ることはない。
男は日本神護協会の会長であり、この日本の神々の祭り事を裏から支える事こそ男の本来の仕事なのだ。
要件だけを伝えると、男はすぐに立ち去る。
表向きの仕事は挨拶回りなのだ。
無論小倉も同じことだ。支援者である宮司や、地元の後援会に対する挨拶回りで、日頃の活動に対する叱咤激励を受け、次回の選挙での協力を呼びかける。そういう仕事だ。
小倉は渡された招待状に目を通す。
そこには
「新国家戦略会議2020 」とあり、
会場 インペリアルグランドホテル大阪 麒麟の間
とある。
開催日時を確認してその招待状を胸元に入れると、小倉は本殿裏から人目を引かぬように抜け出ると、電話を一本かける。
「どうも、お疲れ様。予定が入った。ああ、しかも大阪出張だ。公務を開けて欲しい。表向きの理由はつく内容だから心配ない。それじゃ頼む。」
電話を切った小倉は、待たせていた秘書の元に向かう。
「市長。お疲れ様です。二神様とはお会いになれましたか?」
「ああ、滞りなく。しかし、予定変更だ。来週に大阪での会議に出席するように言われた。既に事務所には連絡してある。あとは職員になんて言うかだな。」
「それは助かります。ちなみに会議は非公式なものですか?」
「いいや。経済界や政治家、その他諸々のお偉いさん方が集まる会議らしい。なんでも日本の100年後の未来を語る会議だとか。」
その言葉を聞いた秘書は手帳を取り出すと、何やらペンを走らせる。
「市長、でしたら簡単です。市制70周年を記念しての行事が年度末に控えております。それを口実に市のPRと日頃のご支援に対する感謝を申し上げるために参加する。というのはいかがですか?」
秘書が渡したメモ書きには市の広報課の番号と、担当者の名前がある。
「ありがとう。そうするよ。どちらにせよ参加はしないとね。さて、ここからは本来の仕事に戻りますかね。」
小倉はメモを受け取ってジャケットの右ポケットへと突っ込む。
そして、何食わぬ顔で参拝客でごった返す祭りの中へと溶け込んでいった。
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このホテルを形容するにはこの言葉が最も相応しい、「豪華絢爛」。
このホテルは内装、客室内の家具、娯楽施設や飲食、ガラス張りの容姿に至るまで、ありとあらゆるものが細部までこだわりをもって作り上げられている。
更に春には桜並木が綺麗な一級河川を眼下に見下ろせる、そんな風光明媚なロケーションをも誇る、正真正銘の関西一のホテルだ。
そこに働く従業員達もみな一様に規律と気品を持ち、慇懃な態度でお客達を迎え入れている。
そんなホテルの1階エントランスの前にいた小倉は招待状を片手にスマートフォンの画面を見ていた。
その画面には1通のメールの文面が写し出されていた。
23:00 インペリアルグランドホテル大阪 スイート2201号室とある。
小倉はそれを確認すると、招待状を胸元にしまい、目的の人物の車がやって来るのを待つ。
こうして待っていると、ホテル暖色の灯りがガラスの壁を挟んでよく映えて見え、こちらとあちらの住む世界の違いを浮き彫りにさせる。
豪華な花も添えられ、飾られた世界は小倉の心を締め付ける。小倉には果たせなかった思いがあった。胸に秘めた思いは、今もまだ燻っている。
世界には支配される人間と支配する人間しかいない。
こうやって豪華絢爛なホテルで、呑気に自らのことばかりを語る為政者や経済界の重鎮、その他の上流階級の人々を目にすると、否応無くそのことを痛感させられる。
しかしその心を知らぬ男がまたやって来た。
黒のクラウンをエントランス前に乗りつけたその男は、SPが扉を開けると、こちらを見つける。しかし何をする訳でもなく、そのまま男はSPを連れてエントランスからホテルへと入って行く。
小倉は堪りかねて後ろから追いかけるように話しかける。
「先生!三上先生!ご無沙汰しております。」
その言葉に反応した男は立ち止まり、一瞬躊躇ったが、踵を返して睨みつけるように小倉の元へと近寄る。
「なんだね。君か?君はいつからまた秘書のように人を待つようになったのかね?」
わざとらしくその声で気付いたフリをして、ニヒルな言葉をかける男にはそれなりの理由がある。
小倉にはこの男に対する多大なる恩があり、
その恩を返さぬまま独り立ちし、かえって仇で返された経緯がある。その遺恨はまだ男の腹の底には消えずに残っている。
故にその小倉が何年か振りに顔を見せてきたことに対して、癪に触るところがあるのは事実なのである。
「先生、随分と長い間ご挨拶もせずに申し訳ございません。」
「いいや、気にしてはいないよ。むしろ気にかけてもいない。たかが一人の秘書が、私の支援する者を蹴落として職に就こうが、それら私の政治家としての人生に全く影響を及ぼすところではないのでね。」
その言葉とは裏腹な感情を抱えた男は小倉の姿や周囲に人がいない事実を不思議に思い、問いかける。




