第11章 ① マルのお仕事 Ⅱ
第11章 ① マルのお仕事 Ⅱ
季節はまだ、秋の入り口を通り過ぎたところ。
外では過ごしやすい季節を、残念ながら、御歴々の方々の寝息が聞こえる本会議場で、シナリオ通りの代表者質問と、想定問答集通りの知事の答弁を男は自席にて聞くはずだった。
それが、今は少し寒気もするような場所にもう一人のスーツ姿の男と一緒にいる。
光のない暗い洞窟に水滴がピタ。ピタ。と落ちる音と、この場には似つかわしくない、スーツに革靴の男達が濡れた岩場に足を取られまいと悪戦苦闘する音が響く。
男達は足元に注意を払うのが精一杯のようだが、上にも限りがあるらしく、鋭利な突起物が頭上を攻撃してくる。
そんな男二人に黒猫は振り返り声をかける。
「おーいお二人さん!だから着替えてからの方が良いって言わなかったけ?それとヘルメットも。」
後続に続く二人は仕立てたスーツを泥に汚しながら、スマートフォンの灯りを頼りに進んでおり、不気味に光る目が反射する。
「それは聞いてないな。そんないきなり誘ってくるなら、マル君、君が用意してくれるとありがたかったんだけど。」
足元の跳ねた泥を払う男は、三上悟。県議会議員を務め、三上茂県知事の息子である。
「先生。これをお使いください。」
ハンカチを出し、三上を気遣う男は小倉成心。今は龍ヶ峰市の市長を務めるこの男だが、元はこの三上悟の秘書を務めていた。
「ありがとう。さすが市長は違うね!まったく俺は抜かされちゃったもんな!ハハ!」
三上の笑い声が洞窟内に響く。
「何無駄口叩く元気があるなら、早く来てくれないか?それと、お客様待遇をご所望なら別料金だ。プラス、サービス向上をご希望ならカスタマーセンターに連絡してくれ。」
「なら、カスタマーセンターに早速連絡をする羽目になりそうですね。正直なところ、私達は連れて来なくてもよかったのでは?急に仕事中に二人もの人間がいなくなったら、世間では大ごとです。」
汚れたハンカチを三上から受け取り、渋い顔をしながら自身の革靴の泥を払う。
「まあ、まあ。そう怒らない。マル君もわけがあったんだろ?」
「そんなところだ。さすが悟だな。親父とは違うものわかりの良さだ。その良さが娘にも出てる。それに時間に関しては安心しろ、俺の力でどうにかできる。特にもうここは精神世界だ。現実世界よりは時間干渉はしやすいからな。」
「それはどうも。まさに百人力ってやつだね。それにいつもお世話になってるみたいだからね。これくらいの恩返しは親としてはしたいものだからね。」
小倉は気楽な三上に黒猫との距離を確認して、小声で耳打ちする。
「先生、この黒猫はそんなに甘くない。恩なんて仇で返されるのがオチです。適当にやり過ごして帰りましょう。」
「大丈夫さ。覚悟は出来てる。どのみちこの手の事には関わる事になる。それに親の心は君にわからないだろ?」
三上は小倉の肩を軽く叩き、黒猫の方へと歩いていく。そうした態度に小倉は終始不満げだ。
「にしてもマル君。こんな洞窟に何があるんだい?」
「ああ、今回の課題はちと厄介で、水量調整が必要になっちまったからな。それ案件だ。三上の爺さんじゃ、協力は受けて貰えそうにないから、悟と元秘書に来て貰ったんだ。」
「水量調整?この前言ってたダムの放流についてか?それなら私が先生方に根回しをして工作済みだ。信頼できないってのか?」
小倉はしばし睨み付けるように黒猫を見つめる。
「そう突っかかるなよ。お前の権謀術数は俺に匹敵するほどだ。その点において信頼してる。だがな、実際問題ダムの放流が続けば渇水時に困ることになるだろ?今日はその時の保険かけにきたんだよ。ほら、あそこにいらっしゃるぞ。」
洞窟の奥に光が見えて来る。そこだけが温かな光に満ち溢れており、近くに行けば行くほど暖色の光が彼らを照らす。
「ふぁー。のんびりやってるのになにさ?光ファイバーの契約なら間に合ってるよ。うちはポケットWiFiでやってるから‥」
こちらに一瞥もくれることも無く、画面の海外ドラマに夢中のスイッチオフの彼女は、何かのセールスと勘違いしている。




