95 愛玩奴隷 二度目のメッセージ
行きは、垂直落下を制御するだけでよかったんだけど、帰りは、地下から二階まで飛んで上らなければならないのだ!!
ウォォォォォォォ……!!
ばばばっ、バタバタバタッ!!
僕は、必死に両方の翼を羽ばたかせ、体を上へ、上へと持ち上げる。
ま、まるでっ! 匍匐前進でっ! 登山をっ! しているっ! ようなっ! 感覚ゥゥゥッ!!
(レイニー、その調子よ! もっと大胸筋を爆発させて! 筋肉の喜ぶ声を聞くのよ!!)
い、一応、秋の終わりには、辛うじて「飛べる」と称しても構わない感じにはなってたんだけど、冬に入ってから、飛行訓練をちょっぴりサボっていたツケが、ががが……!!
「……ヴォルォォォォォォッッ!!」
バタッ! バタッ! バタバタバタッ!!
思わず、くちばしから、乙女にあるまじき唸り声が漏れる。
ボリュームはかなり絞っているから、外には聞こえないと思うけど……!
あー、それにしても痛い!!
脇の肉がもげる!!
だけど、上昇気流が期待できない換気通路!
頼れるものは、おのれの筋力のみよ!!
「ぜひっ、ぜひっ、はひっ、はひぃ……」
「お疲れ様、レイニー」
僕が、疲労と汗と埃でくちゃくちゃになりながら、何とか自室にたどり着くと、すでに世紀末ボディに戻ったティキさんが笑顔で出迎えてくれた。
彼女……両手両足と、背中を使って、実に器用にするするするっと、垂直な通路をかけ上がって行く姿は圧巻でした。
狐って、あんな崖、駆け登れるんだね……
「まだ呼び出しされたりしていないみたいだし、筋トレでもしながら、休憩しましょう?」
「は、はひぃ……」
筋トレなのに休憩とは……?
しかし、久々に、全力で飛行にチャレンジした僕は、そそくさと人の姿に戻ると、自室のソファーの上で燃え尽きたのであった。
……ぴよぷしゅ~……
おはようございます。
気がつくと、朝でした。どうやら、昨日は、あの通気通路の中を飛び回って力尽きたらしい。
僕は、ゆーっくり起き上がると、昨晩、変身した時に外れてしまった左足の義足を装着する。
あー、イタタタ……手を動かすと、腕の付け根と胸肉が筋肉痛だわ……
ふにょにょ。
自分の脇の下から胸にかけてをゆっくりと揉んだ。
気のせいかな? 少し胸が腫れてないかしら?
とほほ……肉離れにならないように気を付けないと……
「あら、ふんっ! レイニー、ふんっ! おはよう、ふんっ!」
「お、ぉ」
って……流石、ティキさん。
テーブル背負っての腕立て伏せですか……
マッスルの女神に愛された仁王ボディが、ふん、ふんという鼻息と共に、イキイキと脈動している。
「おはよう、ございマス……」
「あら……疲れた顔してるわよ? 大丈夫? 昨日の話、覚えてる?」
昨日?
えーと、確か……
記憶さんの底をひっくり返すと、寝オチする前に「次の貴族へのお目見えがある時に、隙を突いて逃げ出そう」と相談していた記憶が蘇る。
「えーと、確か……」
僕が、疲労まみれで睡魔さんとの激闘を繰り広げつつ、相談した内容を伝えた。
しかし、ティキさんは、呆れたように僧帽筋を揺らした。
「もぅ、やっぱり、記憶していなかったのね?」
ティキさんは苦笑するように、僕が寝ていたベッドの上に置かれた小さな箱を取り出す。
「ほら、これ」
「?」
箱の中を見れば、見覚えのある十字架の横棒が羽になっているような付箋。
長距離用のトリレタ?! え? 何でコレがここに??
「!!」
『本文:ソコ ニ イテ カナラズ タスケル 宛先:レイニー・ソフィ』
り、リーリスさんの文字!!
そこに書かれていた文字に、僕が息をつめたのがティキさんにも伝わったのだろう。
「昨日……いえ、今日の明け方の方が正しいのかしら? また、飛んで来てたわよ。この時間で返信が来るって事は、その差出人さんは、けっこう近くに来ているんじゃないかしら?」
ティキさんが、いたずらっ子のようにそのピンク色の狐耳ともふもふのしっぽをピクピク揺らしながら微笑む。
『そこに居て、必ず、助けるっスよ!』
あの、のんびりとした優しい声が耳の奥で蘇る。
ブワァッ……!
リーリスさぁぁぁぁぁぁぁんっ!!!
自動的に眼球からの緊急放水が始まってしまったけど、メガネが有って良かった。
一応、このトリレタって防水機能は付いてるっぽいけど、紙は紙だもんね。
あぶない、あぶない。
ちなみに、これに返信機能は無いらしく、ひっくり返すと、裏面は灰色の塗料で塗りつぶされていた。
そっか……エシル姐さんも居るし、下手に僕が移動しない方が助けやすいのかな?
でも、一体、どういう手段をとるのか、想像がつかないんだけど……
この結界ってエシル姐さんの炸裂弾で壊せるレベルなのかな?
それとも、使用人とか、作業員として潜り込む?
……あー、何となく、ロレンさんなら変態紳士だし、調教士になれそうな気もしなくもないんだけど、あの人はどっちかというと「調教されたい側」だからなァ……
まさか、素直にお客として買い戻す?
いや、それは無いか。
ソコソコ友好的な「貴族」の知り合いっていったら、ダリスのお姫様だけだもんな。
女の子が愛玩姫妓(女性)を購入する意味は無い。
……無いよね? 多分。
「これをふまえた上で『可能であれば結界を維持する古代魔法遺物とあの鞭の魔道具は壊す事を狙う』……そういう話をしたじゃない?」
そっか。
そういわれると、そんな話をしたかもしれない。




