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54 薬屋の弟子 病の変化を知る


「ど、どうしましょう、リーリスさん……」


 仮に逃げ出すならば、僕が変身して、この鉄格子の隙間から抜け出して、鍵か何かを探してくるけど……

 僕の問いかけの意味を正しく理解しているリーリスさんは、ふるふる、と首を横に振る。


「ん、それには及ばないっスよ。……ここを勝手に抜け出すのは兄貴に迷惑かけそうだし……姐さんの所に薬の原料が届くなら、ちょっと待ってた方が確実かもしれないっス」


 ん~、リーリスさんがそういう判断なら……


 結局、その日は門の中にある座敷牢(仮)で一晩明かすことになりました。

 一応、たらいで一杯お湯を貰ったんだけど、手ぬぐいで身体をキレイに拭く事はできても入浴は無理。

 僕のサイズなら、一人だけ入浴は可能といえば可能なんだけどね……?

 流石の僕でもロレンさんとリーリスさんの前で湯舟に浸かる訳にはいかない。腐っても、カビても、一応、乙女としてはね。

 とほほ~ん、お風呂が恋しいぜ。




「まったく、とんでもない状況になっちまったもんだね。」


「!?」


「え!? 姐さんっ!?」


「おや? こちらの方は?」


 翌日、朝食をいただいた僕たちの元に懐かしい声が響いた。

 3人の視線の先には、鉄格子の向こう側で腕を組むエシル姐さんの姿。

 その手にはなにやらガラスっぽい透明な提灯ちょうちんのようなケースとバスケットを下げている。


「姐さん、こちら、一緒に薬の元を取りに行った変態紳士のロレンさんっス。で、ロレンさん、こちらは俺たちの師匠みたいな人でエシル・ソフィ姐さん。薬師っス」


 とりあえず、初対面の二人をそれぞれ紹介するリーリスさん。


「んんん、お初に御目文字おめもじつかまつります、ご婦人。ワタクシ、ロレン・ツォルクと申しますぞ。」



 膝立になると、すらりと流麗な仕草で一礼するロレンさん。

 本当に、変態行動が無ければ、乙女ゲームに出て来て世の婦女子をメロメロにすることも出来得る素材を持った青年なのに……。

 

 しかし、流石のエシル姐さんは、そんな偽りの爽やかさに惑わされるような女性ではなかったようだ。

 ロレンさんの顔面フラッシュを浴びてなお、フン、と胡散臭そうに鼻を鳴らして睨みつける。


「はッ! アタシはそんな取り繕ったような挨拶、嫌いだね。貴族のマネ事なんて止めとくれ」


「おおお! 流石、一目でワタクシの本質を見抜いていただけるとはッ!! 感謝カンゲキ雨あられですぞ!! ではではッ! このような偽りの装いなど、すぐさま脱ぎ捨てッ!!」


 ズルババボロンッ!


 言葉の途中で弾き飛ばすように衣類を脱ぎ捨て、エシル姐さんの前で己をさらけ出すロレンさん。


「生まれ出でたる変態紳士ッ!! 被虐の鞭こそ、人生のご褒美! たぐいまれなる脱衣力だついりょくで世界を救わんと立ち上がった愛欲の勇者!! それがワタクシなのですぞおぉぉぉッ!!」


 全裸亀甲縛りにモザイクばばーん!!


 あー……変態紳士・ノンストップでござる……


 これは、セクハラ罪で死んだかな……僕たち、もろとも……

 そう思って、大阪の道頓堀よりも濁り切った眼差しでエシル姐さんの表情を伺う。


「はッ……」


 しかし、エシル姐さんは、不機嫌な猫のような顔から一変。

 何故か勝ち誇った笑みを浮かべる。


「アンタ……男ならもうちょっと見栄張って、股間モザイクの範囲、大きなサイズにしときな。その程度のアハ~ンで隠れちまう様な粗品ならモザイクなんざ要らないだろ。ウチの死んだ旦那以下だね」


 まさかのダメ出しッ!!!

 

「はぅっ!!」


 ぱっと両手で股間を覆うロレンさん!!

 脱衣・命! の変態紳士に精神ダメージが通ったぁぁぁぁ!?

 スゲェ!!エシル姐さん!! 『破壊神の右目から生まれた薬剤師』の異名は伊達じゃない!!!


「姐さん! あにさんはまだ死んでないっス!!」


 リーリスさんが珍しく口を尖らせる。


「ハイハイ。何十年も前に行方不明になって帰って来ない旦那なんざ死んだようなもんだよ。そんな事より、今は皮膚死病ヴァリオラの予防薬の事だよ」 


「まさか、薬の原料が届かなかったんデスか!?」


「いや、安心しな。昨日ココの衛兵の一人に届けて貰ったよ。ホラ。」


 エシル姐さんが腕に下げていたバスケットから250mlのペットボトルサイズの壺を取り出して、目の前で振る。

 どうやら、あの仔ウサギ青年の兵隊さんがきちんと届けてくれたようだ。

 ちゃぽん、ぽたん、と液体が躍る音が聞こえたから、恐らくそれがワクチンなのだろう。


「おお! じゃぁ、薬は出来たんスね?」


「いや、それが……まだ作成中なんだけどね……」


 エシル姐さんが何やら渋い顔をする。


「チビ助、アンタ、フィノーラ薬についてどこまで知っているんだい?」


「え!? ふぃのーらやく!?」


 な、何それ??


「アンタが手紙に書いて来ただろ? 皮膚死病ヴァリオラの予防薬の事だよ」


 あ、ワクチンの事か。

 僕は、現時点で知っているワクチンの作り方をエシル姐さんに伝える。


「ふん……アンタのやり方だと実験奴隷は使わないのかい?」


「じ、実験奴隷デスか!?」


 おもわず、ざわりと皮膚が泡立つ不快感と耳の奥から響く心臓の不協和音。

 無意識的に、右手では鎖骨辺りの奴隷印の所の服を、左手ではすぐ隣に座っていたリーリスさんの服をぎゅむっと、握り締めてしまった。

 声が震えなかったのは、我ながら偉かったと思う。


 聞けば、この世界ではワクチン作りで、サルや牛の代わりに、そのまま奴隷……つまり、ヒトを使うのが普通らしい。


「中央での作り方は奴隷を使うんだけどね? ダリスは獣人が多い事も有って、奴隷は使えないんだよ。」


 な、なんだ。よかった、人道的なところで……

 思わず胸をなでおろす。


「だから、この手の薬を作る場合は、かなりの高額で依頼を出して被験者になってくれる奴を探すんだけど、ちょっと今回の皮膚死病ヴァリオラは厄介でね。」


「もしかして、被験者がみつからないんデスか?」


「んんん? もし、それならば、是非ともワタクシめに! そのご褒美……じゃなくて、被験者の立候補をいたしますぞ!」


 ロレンさんが軽く目の色を変え、勢い込んで挙手をする。


「違うんだよ。」


 ぺぺぺっと、立候補するロレンさんを追い払うように手を振り、一瞬、水辺に浮かぶオフィーリアのような少し暗い顔を覗かせるエシル姐さん。

 どうしたんだろう?


「実は……今、ウォーレンで流行っている皮膚死病ヴァリオラ、ちょっと普通じゃないみたいなんだよ。」


「……普通じゃないんスか?」


 エシル姐さんの様子にリーリスさんも不安気に首をかしげた。


 エシル姐さん曰く、通常の皮膚死病ヴァリオラの初発症状は発熱と、気分がすぐれず頭痛や腰痛などの症状がでる。

 2~4日後には皮膚に、皮疹ひしん丘疹きゅうしん疱疹ほうしん膿疱のうほう、と行った皮膚疾患が現れ、さらなる高熱が出る。

 そして、4~10日程かけて、その発疹はっしん水疱すいほうとなり、やがて膿が溜まり出し、そして特徴的なかさぶたを形成する。

 ちなみにこの発疹はっしん……体幹部分よりも手足や顔の方に集中するケースが多く、仮に熱が下がって、かさぶたが取れても、顔がデコボコと醜くなってしまうのだ。


 だが、今回の皮膚死病ヴァリオラの場合、その発疹に膿が溜まり始めた段階で、膿疱のうほうに青黒いカビのようなものが生え、吐血や鼻血、網膜からの出血を繰り返し、呼吸困難や多臓器不全で死に至るらしい。


 えええええ!? 

 地球の天然痘は出血性の病気ではなかったはずだけど……?

 何!? その、天然痘にエボラ出血熱を足したような症状!!  

 ウィルスは変異しやすいから……毛細血管にダメージを与えるように変化したのかなぁ? それだとしても、怖すぎっ! もはや別の病気じゃん!!


「途中から、まるで魔毒でも盛られたような症状が出ちまうのさ」


 魔毒……? あれ? そう言われると、最初に【鑑定】したご遺体にも、そんな毒が出ていたような……?

 いや、あの時は、天然痘の衝撃に気を奪われていたから、スルーしちゃってたよ……


「うわぁ……誰かが精霊の魔改造でもしたんスかねぇ?」


「精霊の魔改造デスか!?」


「そうっスよ。病の精霊を複数かけあわせたりして、とんでもない病気を作ったりする研究がこっそり行われてるっていう……ま、都市伝説っスけどね。」


 その手の研究は当然違法なのだが、何処の街でも噂としては、連綿と語られているものらしい。


 曰く、1000年前の英雄を呪うための邪教集団が今でもコッソリ精霊の魔改造を行っている。

 曰く、【創造魔法】の中には病気をも創り出せる邪法が存在する。

 曰く、奴隷売買が盛んな街の地下には大規模な実験施設があり、合成獣キメラや毒、兵器の研究が行われている。


 などなど、かなり眉唾なものから、そこそこ信憑性がありそうなものまでよりどりみどりだそうな。


 おう。どこぞの街の貴族の館の地下に、実験奴隷を使って毒やら何やらの研究をしている施設なら確実に存在してるけどな。僕が逃げ出した、どこぞの街に!


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