46 薬屋の弟子 ワクチンの材料探しに行く
突然、ロレンさんが畏まった様子で僕たちの前に跪く。
「ロレンさん、どうしたんデスか?」
僕が、不思議そうに彼の肩に触れた瞬間だった。
……べろんちゅっ!
「うぎゃぁッ!!!」
突然、右足を舐められ、思わずガチめな悲鳴を上げる。
あ、乙女心さんは一度蘇ったとは言え、すでにかなり腐敗が進行してますから、可愛く「きゃ!」なんて声は出ませんよ。
全身の鳥肌は全開だ。変身していないのに鳥になれる勢いである。
「な、な、な、何してるんスか!?」
パッと僕の身体を抱え上げ、ロレンさんから距離を取るリーリスさん。
ひえぇ……感覚のある右足がぁぁぁ……!
思わず【鑑定】すると、実に恐るべきことに、ステイタス部分に【変態紳士の加護】って出てるんですけどぉぉぉぉッ!!!
ナニコレッ!?
「んんん、お二人とは今後行動を共にするので、お礼におみ足にキスをさせていただこうかと?」
キョトンと、首を傾げるロレンさん。
キス!? こちとら、膝のあたりまで舐められましたけどッ!?
「いらないデスッ!!! って言うか、変態紳士が感染したらどうしてくれるんデスかッ!?」
「はっはっは! 御冗談を! レイニー殿は女の子ですからな、仮に感染しても変態紳士ではなく、変態淑女ッ!!」
びしっ!!
「ポイントはそこじゃないデスッ!!」
「残念ながら、ワタクシめの接吻程度では、【変態淑女】の称号を贈る事はできないのですぞ」
実に申し訳なさそうに謝っていただいてますけど、欲しくないからッ!!!
そんな称号ッ!!!
「で、でも……ステイタスの部分に【変態紳士の加護】って出てるんデスけど!?」
「んんん! それは、ワタクシめがいつでも貴女をお守りする、という意味ですぞ?」
ロレンさんの守りたい意思が、守られる側のステイタスの異常ってどういう事なのか、この世界の創生神に対して小一時間、問い詰めたい。
「さぁ! リーリス殿も!! おみ足をッ!!! ハァハァッ!!!」
「……えーと……それ、やらないとダメっスかぁ?」
あ、流石のリーリスさんもちょっと不安気な顔してる。
「ロレンさん、紳士は人の嫌がる事をしないんじゃないデスか?」
「んんん! 当然ですな!! まぁ、必要とあらばいつでも、おっしゃって欲しいのですぞ!! 大切に指の股までしゃぶって……もとい、味わわせていただきますぞ!!」
だったら、僕の方もやる前に言ってくれよ。
出発前に根こそぎ気力を叩き折るのは止めて下さい。
そんな一幕があったものの、その後、ロレンさんの持ち物を回収し、僕たちは南に向かって出発した。
リーリスさんを先頭に、僕たち3人は街道を逸れ、冒険者ルートと呼ばれる人通りの少ない道をてくてくと進む。
「……ロレンさん、お靴はお持ちだったんデスね……」
リーリスさんの衣類を着用し、荷物をまとめたロレンさんは、かなりごてごて、トゲトケした……例えるなら、悪魔系ヴィジュアル・バンドのヴォーカルさんが好みそうな、おどろおどろしい靴を履いている。てっきり、常時全裸かと思っていたから、意外だ。
「んんん! 左様ですぞ!! この靴、装着していると、毒が回る呪いの靴なのですぞ」
「はいぃっ?!」
「ですが、最近、あの毒のシビシビ、ピリピリ来る感じが弱まっておりましてなぁ……そろそろ、この毒にも耐性が付いたのですかな? 本当なら、もう少し刺激が強くても良いのですが、なかなか、呪いの品も数がないですからな!」
朗らかに笑うロレンさん。
思わず靴を【鑑定】すると……
【鑑定】
名称:悪魔毒の呪い靴
効果:着用した者に、毒によるダメージを与える。耐性が高すぎる場合は効果がない。
状態:もう無理。勘弁して。
「ブッ……!!」
ま、まさか、呪いのアイテムが弱音を吐くとはッ!! 恐るべし、変態紳士ッ!!
「んんん? レイニー殿、どうかなされたのですかな?」
「い、いえ、何でもないデス……」
呪いのアイテムに同情する日が来るとはなぁ……
思わず遠い目をしてしまう。
強く生きろ、悪魔毒の呪い靴!!
「そろそろ、この辺りで今日は、キャンプにするっスよ」
先頭を進んでいたリーリスさんが、とある大きな樹に耳を近付けて何か音を聞くような仕草をすると、小さく頷いて、そう宣言する。
夕方にはまだ少し時間があるし、お日さまもかなり明るいけど、もうココでキャンプなんだ?
「こっから先、少しぬかるんでて、足場が悪い所が続くから、ちょうど良い宿泊場所がないんスよ」
なるほど。
「レイニーは、ちょっとココで休んでて欲しいっス」
リーリスさんは、ポケットから手拭いのような布を取り出すと、ちょいちょいっとドーナツ形に結び、それを大木の枝に引っ掛ける。
そして、僕をヒョイっと抱き上げると、そのドーナツ型の真ん中に座らせた。
まるで、吊り下げ式のハンモック椅子だ。
おー、視界が一気に高くなったから気持ち良いー!
今日は、ここまでちゃんと歩いて来たから、結構体力使ってるんだよね。……でも、ポポムゥさんの義足は凄いなー。あんなに歩いたのに、装着部分が痛くないんだよ!
キャンプの準備に置いては、僕は正直、戦力外だ。
リーリスさんも、ロレンさんも、荷物の中から支柱のようなものを取り出し、ささっと、ハンモック・屋根替わりのターフ・中央に焚き火の準備……と、あれよ、あれよ、という間にキャンプ準備を整えて行く。
「リーリス殿、魔物避けの結界はどうしますかな?」
「あ、ここのトイレを設置したら、その後で最後に張るっス~」
リーリスさんは、メインキャンプからは大樹の影になっている所にトイレを設置している。
これも魔法のアイテムで、完全消臭・完全逆流防止のポータブルトイレなのだ!!
これ、元の世界にも有ればなぁ!
特に災害直後の被災地で大活躍だよ!!
いや、この完全消臭に特化してる能力を考えると、災害だけじゃなくて、イベント時の臨時増設トイレや工事現場でも、十分に活路があるんじゃないかなー?
なお、ダンジョンや、こういった森の中では、匂いを頼りに、獲物を探す生き物が多いそうで、彼らを避ける為にも、こういった装備はバカに出来ない。
しかも、糞尿は農地に持って行けば買い取って貰えるし。
有機肥料、有機肥料。
そんなお手洗いを設置し終わったら、リーリスさんは、このベースキャンプをぐるり、と一本の縄で円形に囲む。
「ロレンさん、ココに魔力を込められるっスか?」
「んんん! わたくし、魔法は服を着たままでは使えませんぞ? 全裸……いや、せめて、下半身だけでも脱がなければ!」
制約が画的にエグい!!!
「あ、じゃあ、あっちの樹の影でお願いするっス!」
動じないリーリスさんもスゴいな……
「かしこまりましたぞ!」
「俺、その間に、夕御飯のおかずを獲って来るっス~。レイニー、ちょっと行ってくるッスよ。今はこの近くに、危険な魔物はいないと思うっスけど、結界が張れたら、出ちゃダメっスよ?」
「はーい、いってらっしゃいデス」
リーリスさんが、森の奥へ進むのと同時に、ロレンさんも、僕の視界から外れた樹の影へと姿を消す。
恐らく、結界用の魔力を込めているのだろう。
「もっと愛してッ!」とか、「放置プレイも最高ですぞ!!」とか、奇声を発しながらの荒い呼吸音を拾わざるを得ない僕のお耳さんが大変気の毒です。
……と、目の前のロープが、ふわり、と薄い紫色の光を発した。
「無事、魔力を込めましたぞ!」
「あ、ありがとうごさいマス」
樹の影から戻って来たロレンさんは、しっかりと下半身に衣類を纏っていた。
お! すごい、すごい!
ちゃんと紳士レベルがアップしてる! 成長が垣間見えるよ!
「これで、性的な魔物以外は、近寄らないですぞ」
ファッ?! ちょッ?! えッ?!
「な、何デスか?! 性的な魔物って?!」
「ナメクジ産みのような奴らですぞ?」
あんな18禁御用達が他にもおるんかい?!
そういうのも近寄らせないようにしようよ!!
何でその手の魔物をスルーさせようとするんだよ!?
「んんん! ご安心召されよ! その場合は、このワタクシめが、身体を張って、お二人をお守りしますぞ!! 紳士ですからな!」
シュバッ! ビシっと恰好をつけるロレンさん。
「え……いや、それ、ロレンさんが襲われているのを見るのも嫌デスけど……」
「!!」
何故か妙に衝撃を受けた様子のロレンさん。
バッと両腕で顔面を覆い、くねくねと身悶える。
そして、未だにオッドアイになってしまっている瞳をうるうるさせながら叫んだ。
「なんとッ! なんと、お優しいッ!! レイニー殿は聖女ですかな!?」
「違いマス。絵的に汚いモンを他人様の網膜に焼き付けようとしないでくだサイ!!」
「んんん! これが、かの有名なツンデレですな! 小さなツンデレ美少女……イイですぞッ!!!」
「違いマスよッ!!」
「ワタクシめが変態紳士でなければいぢめたくなる可愛さですな!」
朗らかな笑顔で僕の頭をやさしく撫でるロレンさん。
その行動は確かに紳士だし、一応カワイイって褒められているんだけど、これほどまでに嬉しくないと感じさせる褒め言葉も珍しい。
はやく帰って来て、リーリスさん!
「嗚呼ッ……! 是非とも、是非ともレイニー殿にも被虐のキモチ良さを、手取り、足取り、腰取り、じっくり、ねっとり、しっぽり、調教して差し上げたいですぞ!!」
あ、アカンわ。
この人には、暴言も暴力も……多分、無視さえもご褒美なんだろうなァ……




