36 薬屋の弟子 ドワーフに依頼する
「レイニー、今日は特にすることは無いっスよね」
まだまだ残暑さんが頑張ってくれている初秋の午後。
とあるダンジョンから戻って来たリーリスさんが明るく声をかけてくる。
「え? ハイ、僕は、特には……」
僕は、手にしていたチチココの実のヘタとスジを取る手を止めて答えた。
今の季節は、エシル姐さんの指示でチチココという元の世界ではクコの実に似ている木の実の収穫作業を手伝っている。
この実は滋養強壮・精力剤等の原料としても使えるし、栄養価も豊富で、味も、甘くてクリーミーで香ばしく、なかなかの高級品なのだ。
ただし、収穫した実を、直ぐに茹でて天日で干さないと硬くて食べられなくなってしまう。
ヘタとスジ部分を取り除く作業さえ終われば、体が小さい僕の出番は無い。
そのため、午後は比較的暇なのだ。
「姐さん、レイニー借りて行くっス!」
「はいよ」
エシル姐さんがチチココの実を大鍋で茹でている作業スペースから手を振る。
「じゃ、今日はポポムゥの所に出かけるっスよ」
「へ?」
ポポムゥさんやオズヌさんがウチに夕食……という名の飲み会に来ることは有るし、三人の行きつけの飲み屋に一緒につれて行って貰う事も有る。
だけど、こんな昼間に仕事中のポポムゥさんの所へ行く事は無い。
リーリスさんは、すごくいい笑顔で小さめの布袋から、黒い……けど、油を塗ったみたいに玉虫色に光る艶を持つゴツイ石を取り出す。
「今回、魔法鉄が結構いっぱい採れたんスよ」
「魔法鉄……デスか?」
えーと、何だったっけ? それ?
「もー! レイニーの義足を作るのに必要な素材っスよ!!」
「あぁ! えっ!?」
右足と杖だけでぴょこぴょこ移動できなくもないが、現在、お手洗いに行くのも、お風呂に入るのもエシル姐さんかリーリスさんに手伝ってもらっている。つまり、僕は今、要介護状態。
義足が装備できれば、一応、一人で何でもできるようになる! ……はずだ、多分!
それに、ペニシリンの販売が軌道に乗っている今、僕は、ポポムゥさんに義足をお願いするに値するだけの富を有している。
「い、良いんデスか?」
「もちろんっスよ。」
僕は、リーリスさんに抱っこされて、ポポムゥさんの工房に向かう。
ポポムゥさんの工房は、前に行った十日の市場となる公園のすぐ近くだ。
この辺りは、特別な市場が開催されなくても、武器や防具が並び……まさにロールプレイングゲームの中に入ったみたいな風景が広がっている。
こちら側はかなり水路に近いため、船の上に簡易的なお店を開いている所もある。
行き交う人々も中々引き締まった肉体をお持ちの猛者ばかり。
おー……女性も凄いカッコイイ……!
女の人に筋肉付くとボディビルみたいになるかと思いきや、そんな事は無いんです。
ウエストはきゅっと引き締まり、恐らくお腹は奇麗に六つに割れている。
でも、お尻とか、お胸とか、そういう女性のシンボルにはキッチリ脂肪が乗っていて、重力に逆らい、ぷりんぷりんのばいんばいん。
引き締まった手足はまるでカモシカとかトムソンガゼル。
うわぁ……いいなぁ……! ある意味、憧れのボディですよ!
日本のアイドルさんや女優さんのふんわりマシュマロみたいな可愛さ、というよりアスリートの美しさって感じ。
つーか、この辺りを通るとリーリスさんが華奢に見えるんだから凄いよな。この人だってキッチリ腹筋6LDKなんだよ?
そんな並びを通り抜け、少し武器・防具よりはアクセサリー類の目立つ店舗の中に、ポポムゥさんのお店があった。
てっきり、もっと簡易的な出店を想像していたんだけど移動式ではあるものの、かなり、しっかりした作りに見える。
元の世界の、トラック型店舗みたいな感じかな? それのファンタジー仕様版だ。
大きな車輪の付いた小屋に、竈や簡易的な作業スペースが設えられている。
中には、その移動式店舗を引くための大きいけれど大人しい爬虫類のような生き物が、のんびりと草を食んでいるお店も、そこ、ここに見かける。
そして、各店舗の手前部分は、奥様方『憩いの喫茶スペース』のようなものが緑の芝生の上に広がっていた。
ポポムゥさんのお店の周りは同じタイプの移動式店舗が主流みたいだ。
「おーい、ポポムゥ~!」
「あ、リ、リーリスなんだな」
丁度、接客が一息ついたらしく、お客様らしきカップルさんがホクホク顔でポポムゥさんの元から去って行く。
いつものニコニコ笑顔で手を振るポポムゥさんは……あれ?
「ポポムゥさん、お久しぶりデス」
「あ、れ、レイニーちゃんなんだな、ひ、久しぶりなんだな!」
「アトピーじゃなくて、えーと……」
こっちの世界のアトピー性皮膚炎って何て名前の病気だったっけ?
ま、いいや。
「お肌の調子、かなり良くなったんデスね!」
そうなのだ! あの可哀想なくらいボリボリと掻きむしられていた首筋や柔らかな皮膚は、すっかり生まれ変わった茹でたまご肌!……は、言いすぎか。
でも、ほとんど普通の人と分からないくらい奇麗な肌を取り戻している。
たったワンシーズンで凄い改善!
普通アトピーって、こんなに短期間で奇麗にならないのに……これも世界や種族が違うせいなのかな?
「そ、そうなんだな! レ、レイニーちゃんの言った通りにしたら、か、痒いのが収まって来ているんだな! 本当にありがとうなんだな!! レ、レイニーちゃんも、ずいぶん大きくなったんだな」
え? そうかなぁ……? でも、確かにリーリスさんに助けられた時は小学校低学年くらいだった体が、12,3歳くらいまでは成長している気がする。
それでも身長はやっぱり50センチくらいなんだけどね。
やっぱり、エシル姐さんのご飯のお力かしら?
「まさか、ポポムゥへの差し入れで『お酒』よりも喜ばれるモノが出て来るとは思わなかったっス」
リーリスさんは、そう言いながら例のシフキ草の軟膏をポポムゥさんに渡す。
これは、以前差し上げたものが終わってしまったので……と、ソフィの薬屋へ別口で注文してくれているのだ。
「こ、これは凄いんだな。う、ウチのピピミィもお風呂上りに使っているんだな。は、肌がしっとりするって、喜んでるんだな」
ちなみに、ピピミィというのはポポムゥさんの奥様だ。
今も、店舗の奥の喫茶スペースで別の方の接客対応をしている。
「で、き、今日は何でこんな早い時間にレイニーちゃんを連れて……あ! も、もしかして、魔法鉄が手に入ったんだな?」
「大正解っス~!」
リーリスさんは、背負っていた布カバンから、不思議な玉虫色の光を放つ鉄鉱石のようなものを取り出し、ポポムゥさんに渡す。
「これだけあれば魔法鉄も足りると思うんスけど?」
「うん、じ、十分なんだな」
ポポムゥさんは魔法鉄を受け取ると、その固そうな、どう見ても石のようにしか見えないそれを大きな手で、もにもに、とマッサージするように揉み始める。
ん? わずかに、角が取れて、魔法鉄に丸みが……
……ぐにょん。
「おぉ!?」
むにむに、ぐにぐに。
まるで柔らかい粘土を弄るように、ポポムゥさんの手のひらの中で魔法鉄がその姿を変えて行く。
ひょいっと魔法鉄をまるめて、にっこりと頷いた。
「うん……質も良い魔法鉄なんだな。こ、これなら、直ぐに出来るんだな」
ポポムゥさんは、店舗の奥にいた女性に声をかける。
「ピピミィ、義足の依頼が入ったから、ちょっと工房に行ってくるんだな。こっちは任せて構わないんだな?」
ふんわり明るいピンク色の髪の女性がニコニコと頷いている。ポポムゥさんに向かって「アナタ、いってらっしゃいなの」と声をかけてくれたのだが、その音に、キャラキャラと、複数の女性の輝く笑い声が混ざっている。
ここから姿は見えないが、おそらく、他の女性陣の接客中なのだろう。
「リ、リーリス、こっちなんだな」
ポポムゥさんの案内で工房、と呼ばれる作業場へ移動する。
距離は市場からそれほど離れていない町の一角だった。
そこは、まさに、工房と呼ぶにふさわしい作りをしていた。




