35 【外伝:エシル・ソフィ曰く】
ウチのぽんこつエルフが小人族の子供を拾ってきた。
しかも、そのチビ、どうやら元奴隷だったみたいで、良くこれで生きてるもんだね、と感心したくなるような惨状だった。
全身にすり傷や打撲痕なんかはご愛敬。明らかに鞭やそれに類するような道具で打ち据えられた痕がその小さな体を無数に覆っている。
それに左足は完全に折れて黒く腫れ上がり……たぶん、切り落とすのを前提とした薬物か魔術の実験に使われたに違いないような有様。
ここまでくると、リーリスに持たせた傷薬では手に負えない。
「姐さん、お願い! この子を助けて欲しいんス!」
そういって手を合わせて来たリーリスを怒鳴りつけた。
まったく! このお人好しは!
……ガキの頃からおつむの中身がちっとも成長していない。
アタシだって別に鬼じゃないからね。
そりゃ、傷だらけの小さな子供を助ける事が嫌、って訳じゃ無い。
できれば助けてやりたいさ。
だけど、ここまで酷い状態だと、例え助かったとしても、まともに社会生活に馴染めるとは思えない。
だいたい、奴隷……しかも、ここまで酷い扱いを受けたヤツってのは、例え助けられたとしても他者に対して心を開かないものなのだ。
心を開かない程度なら、まだマシな方。
下手したら、心が壊れている可能性だって否定できない。
そんなコミュニケーションすら取れるかどうか分からない上に、助かる可能性だって半分よりは低そうな子供の様子に、アタシは思わず顔をしかめる。
ちらり、とリーリスの顔色を確認すると案の定。
顔中にでかでかと『心配』と描かれてるような様子で子犬のような瞳をきゅるきゅるさせ、傍目からでも分かるほど、その長い耳をぺそっと元気なく下げている。
まだ年若いエルフ族は、感情の揺れが耳に出やすい、とは聞いたことが有る。
だがエルフにとって、自分の感情をここまでストレートに表すのはハシタナイと感じる文化らしいのだけど……
元孤児だったうちのぽんこつに、どうやらそれは縁遠い世界の話のようだ。
……はぁ……
これは……仮に、このチビが助からなければ、10日以上は落ち込んで仕事が手につかない時の顔だよ。
いつだったか、昔、死にかけていたフカヅメネコの仔を拾ってきた時もこんな感じだった。結局、あの時は、3日後に仔ネコは死んでしまったけど、このぽんこつエルフは10日近く鬱々と涙で枕を濡らしていたのだ。
まったくもう!
……まぁ、優しい子には育ってくれたけど、アタシはそんな女々しい男には育てたつもりは無いんだがねぇ……
そこはきっと、このぽんこつを拾ってきたアタシの旦那に似たんだろう。
旦那もあっちでお人好しのヌケサクだったから、波長が合ったんだろうよ。
はー、やれやれ。
しかし、何ともタイミングが悪い。
ちょうど今年は、冬の大雪で壊れてしまった雨どいの修理費用、寿命が来てしまった薬作りに不可欠な魔道具の新調費用、これからの季節にしか作れないリポキロの原材料の仕入れ費用……と、このポンコツに落ち込んでいられたらたまったもんじゃない出費が目白押しだ。
こんな時だけは、貴族連中からの依頼を断りまくったツケを感じざるを得ないが、それを選んだのはアタシ自身。
別に後悔はしていない。
ただ、ウチのポンコツは、多少落ち込んでいた所で、兵士みたいな勤め人ならば、職場に行きさえすれば、給金を月単位で貰えるだろうけど、冒険者のような仕事はそうはいかない。
集中力に欠けた状態なんて、怖くて初級ダンジョンだって潜らせるわけにはいかないよ。
だが、アタシの心配に反して、瀕死だったチビ助は……案外、しぶとく、そして、とても図太かった。
ヒトは見かけによらない。
この子、傷さえなければ、お貴族様の屋敷にある高価な人形のような、幼く、嫋やかで……どこか儚い印象すらある外見なのにねぇ……
まさか、瀕死の身体でアタシ達の話に聞き耳を立ててるわ、さっさと足を切り落とす決断をくだすわ、自分をここに置く条件として新薬の開発を提案してくるわ、表情はくるくるコロコロ変わるわ、何か良い事が有ると「喜びの踊り」とかって言って、片足なのにもかかわらず奇妙な踊りを踊り始めるわ……
元・奴隷とは思えない、なかなか面白いガキだよ、ホント。
一回シフキ草を買い取ってやったら、それを何度も集めて来るようになっちまって……
しかも、「ふふふー、これで小銀貨1枚になりマ~ス! 愛しのカビちゃん、待っててね~」とか独り言をいい出すもんだから、思わず笑いをこらえるのに苦労したわ。
まぁ、でも女はそのくらい図太くて、肝が据わってて、賢い方がアタシは好きだけどね。
左足こそ切断したものの「リーリスさん、リーリスさん」と、すっかりあのぽんこつエルフに懐いて、ユキカモの仔よろしく、ぴよぴよと杖を片手に必死で付いていく様は、なかなかに可愛らしく、そして微笑ましい。
ウチのぽんこつも、すっかりチビ助にメロメロのご様子だ。
自分でアタシの裁縫箱を取り出して、服を縫い始めたんだからね。
それもいいけど、アンタは先に自分の靴下の穴をなんとかしな、と言いたいね。
だが、アタシは最初、助かるとは思えなかった事もあり、チビ助にはキツく当たっていた。
そのせいか、初めは距離が有ったんだけどね。
新薬のペニシリンを作る手伝いをしてやったら、すっかりアタシに対する警戒心も捨て去ってしまったみたいだ。
ふふっ……こういうところは、多少頭がキレてもまだまだ子供だね。可愛いモンだよ。
店を手伝うつもりなのか、客が入る度に「いらっしゃいマセぇ~」と、無警戒に愛想を振りまくお陰で、密かにウチの薬屋の看板娘と化している。
ヘタレ剣士のオズヌのボウヤも、チビ助が気に入ったみたいで、前にもましてチョコチョコ訪ねて来ては、シフキ草の軟膏を頻繁に買って行くようになったからね。
まぁ、あのポンコツが拾って来たにしては、頭の回転がいい子だよ。だけどね、あのチビ助は頭の回転が良すぎて、早とちりなのが玉にキズさ!!
ここに置いてもらう条件として新薬を開発してみせる、と宣言したんだけど、まぁ、色んな事情が重なって、アタシが手助けしてやったんだよ。
そうしたら、自分で言い出した勝負に負けた、と思い込んだチビ助は、お礼の手紙を残して、ここから出て行ってしまったんだよ!? あの身体で!!
本当に、この世で『頭の良いバカ』ほど手に負えないモノはないね!!!
あの時までは……確かにアタシの言い方が……まぁ、アレだったかもしれないけど、あそこまで潔く何もかも置いて出て行くとは思いもよらなかったよ。
あの時はちょっとした修羅場だった。
「姐さんのバカっ!」
置手紙を読んだ途端、リーリスから泣き出しそうな顔で怒鳴られちまったよ。
「ッ……! そりゃ、アタシが……まぁ、悪かったのは認めるけど…… それより今は、あのチビ助が一人で行きそうな所に心当たりは無いのかい?!」
「う~……冒険者ギルドか、市場……ポポムゥん家は知らないはずっス……まさか、兄貴の所……?」
足にペナルティのあるチビ助の移動範囲はそれほど広くない。当然、知り合いの数もたかが知れている。
「アンタの方が足が速いんだから、ポポムゥとオズヌの所を確認して来な! アタシはひとっ走りギルドを覗いて来るよ!」
「うぅぅ……こんな時、【引き寄せ】で呼び寄せられれば良かったのに……」
「前にロリードラゴンの雛を逃がした時も同じような事を言ってたじゃないか? 障害物を避けて【引き寄せ】られるようになったのかい?!」
「うぅ……まだっス……」
このポンコツ、魔力量がやたら多いせいで、細かい制御や操作に難があるみたいなんだよ。贅沢な悩みなんだから、さっさと使いこなせるようになってもらいたいもんだね、こっちとしては!
「今、出来ないことを嘆くよりも、さっさとその足を動かしな! 攫われて売られちまったら目も当てられないよ!」
まさかアタシがちょっとした小遣い稼ぎに冒険者を兼任していた現役時代の武器を持ちだす事になるとは……
あのチビ助はどうやら女としての危機感だけじゃなくて、種族としての危機感も欠落しているに違いないね。
どう育てたらあんな危なっかしく成長するのか、小一時間、両親を問い詰めたかったってもんさ。
だいたい、小人族は10代後半くらいまで成長したらそこから先の老化がほとんど停止するだろ?
そのうえ、たいした攻撃力も無い割に魔力だけは高いから実験用やら愛玩用やらで、ほとんど狩りつくされていて、今じゃ、中央の特殊保護区か大公家の妖精禁猟区以外でその姿を見かけるのは稀。
人さらいにとっては、簡単に捕らえられて高値が付く美味しい獲物だ。
さらに厄介なことに、あの子の左足は切断されている。
あまり褒められた話ではないが、あの手の『身欠け』に対し世間の風当たりは冷たい。
極論を言えば、『身欠けは、役に立たないごく潰しだから、暇つぶしに殺そうが、犯そうが、何をしてもいい』と考えている奴は、ちょっと治安の悪い所にならゴロゴロしている。
まぁ、あん時ゃ、アタシ達の初動が良かったから事なきを得たんだけど。
後でチビ助に、そんな常識を教えてやったら、なんて返してきたと思うかい?
目を丸くしながら「へ~、そうだったんデスね~」と、のたまうんだよ!?
こっちは開いた口が塞がらなかったね!
本人曰く「たぶん、捕らえられて居た所で拷問されていたせいで、そこらへんの記憶とか常識が飛び飛びなんデスよね~」ときたもんだ。
そン時ゃ「てへへ~」とばかりに、その小さな指で柔らかな若草色の髪を掻いて笑っていた。
こっちは「はぁ~、やれやれ」って顔をするしかないだろう?
まぁ……時々、夜中に悪夢を見て飛び起きては泣き出したりしていたようだから、あんまり深く昔の話を問いつめたりはしていない。
別にアタシは、チビ助をイジメるのが好きな訳じゃないからね。
アタシの【祝福】・【嘘発見】にも引っかかってこないからね。ホントの事なんだろうさ。
最初の1,2回こそ、出された食事に手を出すのをためらっていたものの、今ではリーリスの食べる物なら何でも口に放り込むし、腹が膨れればこのザマである。
アタシはリーリスの膝のうえであおむけにひっくり返り、幸せそうにぴすぴすと寝息を立てる小さな少女の姿にため息を一つ吐き出す。
完全に野性を捨て去り、リラックスの極致にある事は一目で分かる。
腹の皮が突っ張ると目の皮がたるむのは年齢を問わないのか。
チビ助を膝に乗せ、ウトウトと椅子の上で船を漕ぐポンコツを見ながら、アタシは小さくため息をついた。
この子達が一人前になるのは、いったい、いつになるんだろうねぇ?
窓の外でけたたましく鳴くニジゼミの声を避けて吹いて来たそよ風が、若草色と薄茶色の髪を仲良く撫でていた。




