23 小鳥とエルフ 【無効】持ちの剣士
どうやら、お二人……相当仲が良いみたいだ。
何でも、こちらのオズヌさん。リーリスさんが冒険中、強い魔物に襲われて死にそうだった時に助けてくれた命の恩人なんだとか。
外野がひそひそと、「無効持ちと親しくするなんて、はぐれエルフはやっぱりキチガイだ」とか「腕無しのミカケのくせに……」とかそんな雑音を発しているが、リーリスさんは全く気にしていないらしい。
「ところで、あの、【無効】持ちって何デスか?」
その言葉を聞いたオズヌさんの顔がサッと曇った。
こっそり、リーリスさんに尋ねたつもりだったんだけど、聞こえちゃったみたいだ。
「あ、あのっ……ゴメンナサイ……」
「いや、構わない」
「ああ、オズヌの兄貴に近づくと何故か【祝福】が全く使えなくなっちゃうんスよ」
尋ねられたリーリスさんは、そんなオズヌさんの様子に気づいていないのか、あっけらかんと、その答えを口にする。
「でも、魔道具は普通に使えるし、1メトルも離れれば【祝福】だって使えるようになるっスから……俺は何でそんなに【無効】持ちが嫌われるのか、よく分かんないんスよね~。それに、オズヌの兄貴は俺の剣術の先生っス」
リーリスさんの答えに、オズヌさんは一瞬嬉しそうに頬を緩めるが、そのあたたかな笑みは薄氷が光に当たって融けるように直ぐに消え去り、すぐに、聞き分けの無い子供を諭す親のようなやれやれ、という顔になる。
「まったく、この【祝福】至上主義の世の中でそんなアホな事をいうのは、お前さんかウチの姫さんくらいだぞ」
「ウチの姫さんデスか?」
「オズヌの兄貴はダリスの領主である、お姫様の親衛隊長なんスよ」
ここの領主様は、身分や種族の差別無く人を雇い入れているらしいけど、それでも、親衛隊長は凄い。オズヌさんの柔らかそうな様子から、上司に当たるそのお姫様との関係は良好であることが伺えた。
「でも、二人だけなんて事はないデス! もう一人、ここにもいマスよ!」
僕は、リーリスさんの腕の中から大きく手を挙げる。
リーリスさんのいう通り、この不愉快な噂話の【無効】持ちが嫌われる理由が、そんな事だとしたら、僕も訳が分からない、に一票を投じる。
「それって、好きな事と嫌いな事が人によって違うように、得意な事と苦手な事が違うってだけデスよね?」
「にゃはは~、そうっスよね~?」
しかし、僕達の言葉に、オズヌさんはキーウィが豆鉄砲を喰らったみたいに驚いた様子で目を丸くする。
「いや、だがな……俺の傍だと【回復魔法】も発動しないし……」
「それは僕が困る訳じゃ無くて、むしろ、オズヌさんが魔法をかけて貰えなくて困りマスよ!? それなのにどうして嫌うんデスか?」
それを聞くとオズヌさんは一瞬面くらったように体を硬直させ……そして、少し照れた様子で、優しく僕の頭を撫でてくれた。
と、その僕を撫でるその右腕に、薄っすらと切り傷のようなものが出来ている。
もしかして、あのスキンヘッドが最後に投げたダガーが僅かに当たったのかもしれない。
「あ! オズヌさん、ちょっと、待ってくだサイ!」
僕は、例のシフキ草の軟膏を取り出すと、その浅い切り傷にサッと一塗り。
「ん? ああ、すまない。」
「魔法が効かないなら、傷の治療はどうされてるんデスか?」
「いや、別に、傷口を水で洗って、治るのを待つだけだが……?」
だからこの人、こんなに体中に傷があるのか!?
いや、まぁ、その傷跡がある種の魅力というか迫力を生んでいる事は確かなんだけど……
「せめてこれ! 使ってくだサイ!! シフキ草の軟膏で、簡単な傷薬になりマスから!」
僕はエシル姐さんに貰った貝ごと軟膏をオズヌさんに押し付ける。
「いや、だが、シフキ草の軟膏はそれなりに高価な品だろう?」
「ダイジョブ、デス!」
「そうっスよ、オズヌの兄貴! レイニーはこう見えても結構、薬の知識がスゴイんスよ? シフキ草とよく似た毒草だって見分けられるし、今は精霊から『梅毒』の新薬を作ろうとしているんス!」
「へぇ?」
リーリスさんは、その材料を探しに市場へ足を向けたのだが、あのスキンヘッドに絡まれて、もうちょっとで僕が殺されかけたので正当防衛で攻撃をしたら逆ギレされた、と、さっきまでの経緯を身振り手振りを交えて熱く語っている。
あ、そうだ。ついでにオズヌさんにも聞いてみよう。
「そうなんデス! それで、その薬の材料にしたいので、カビの生えた食べ物とかお持ちではないデスか?」
「カビの生えた食べ物!?」
「ハイ、カビの生えた食べ物が欲しいんデス」
オズヌさんは、右手で僕の額とリーリスさんの額と自分の額を順番に触れて、不安気に首をかしげた。
「……平熱か。」
うん……何か、慣れてきたよ。この反応。
「材料にして大丈夫なのか!? それは??」
「えーと、カビをそのまま薬にする訳ではないんデス、そこに住んでいる精霊を増やして、薬効成分だけ取り出すつもりなんデス。でも、そのためには、ぺニシリウム・クリソゲノム種のカビちゃんが是非とも欲しいんデス!」
「そ、そうか…………まぁ、頑張れよ?」
この『……』の沈黙の中に『何を言っているか分からんが』というオズヌさんの心の声がガッツリ塗り込まれていた気がする。
「とりあえず、カビた食べ物が欲しいんだな?」
「そうデス!」
「……市場に無ければ『冒険ギルド』に依頼をしてみても良いと思うぞ?」
「えっ!? そんな事、できるんデスか?」
「あー……そう言われると出来るっスね。『冒険者ギルド』って要は『どんな事でもお金次第で解決します』ってスタンスの所っスからね~」
僕の質問に答えてくれたのは、オズヌさんではなく、リーリスさんだ。
ただし、その依頼が必ずしも遂行される、という保証は無いらしい。
冒険者ギルドって漫画やゲームではよく聞くけど……
まさか、自分が、カビ集めのために利用する事になるとは……
でも、単にカビが生えて来るのをひたすら待つより、良いかもしれない。
詳しくリーリスさんに確認すると、冒険者ギルドへ依頼をするのは誰でも出来るようだ。
依頼達成時のお礼の金額を決めるのも、基本的には依頼主。
一応、依頼内容によって、達成までの難易度がギルド内で設定され、それが高くなると礼金の最低価格が上がって行くように定められている。
あまり難易度の高い仕事を、アホみたいに安い金額で依頼する事は出来ないそうだ。
ただ、今回僕がお願いする内容はカビたものを集める事なので、難易度的には最低ランクで十分。
報酬だって銅貨レベルで対応が出来そう、との事だ。
……それなら、僕のお小遣い程度の稼ぎからでも、何とかひねり出せる。
「じゃ、気を付けろよ」
「はーい! オズヌの兄貴、今度の休みにまた!」
リーリスさんは、ぐいっと右手でジョッキを傾ける仕草をする。
それを見たオズヌさんがやれやれ、と肩をすくめつつも笑いながら頷いた。
「わかった、わかった。またな」
オズヌさんと別れた僕たちは、もう暫く市場を巡ってカビちゃんを探したのだが、やはり、カビた食べ物を見つけることは出来なかった。
結局、僕たちは、カビ以外のペニシリンの単離作業に使えそうなものをいくつか購入し、帰路についたのだった。




