24 ミカケの小鳥と梅毒エルフ
昨日市場で購入してきたシュプリナという、エビによく似た海鮮素材をエシル姐さんに焼いてもらったものが朝ご飯のおかずだ。
これ、甘くてジューシーでめっちゃぶりん、ぶりん!
そのうえ、一匹がデカいし、お値段安いし……!
やべぇ……うめぇ……! いやー、海が近いって良いね!!
「あ、そーだ。リーリスさん、昨日オズヌさんが言っていた『冒険者ギルド』につれて行って貰えないデスか?」
「もちろん、良いっスよ~」
そう言いながら、エビの殻を毟るリーリスさんの右手中指。
ちょっとした「しこり」のような潰瘍が、ポツン、と現れていた。
「あれ? リーリスさん、その指、どうしたんデスか?」
「はにゃ? ん~? 何っスかね……ちょっと硬いくらいで痛くは無いっスよ」
ふにふに、と中指のしこりを触るリーリスさん。
何だろう? 膿んでいる訳では無いし。
なんの気なしに【鑑定】を発動させる。
【鑑定】
名前:リーリス・リン
状態:ステイタス異常
「梅毒」感染第1期
「ぶばぼっ!!! ごほっ、ごほっ、げはっ!!」
「うわっ!? レイニー!? 突然、スープを吐き戻さないで欲しいっス!!」
リーリスさんが、僕の噴き出したテーブルのスープを奇麗にふき取る。
今日はエビ出汁カレーのような奇麗なウコン色のスープだから、服にも黄色いシミが複数ついてしまったが、気にしている余裕は無い。
「リ、リーリスさん! ……ッ! 少し前に娼婦と関係を持ちマシたか?」
「唐突にどうしたっスか!? 無いっスよ!? そんなの!」
「正直に話してくだサイ。男の性欲、恥ずかしいものでは、ないデス。大自然の摂理デス」
「本当っスよ!! 第一、レイニーをここに連れて来てから、夜はずっと一緒じゃないっスか!」
俺がちょ~っとトイレ行ってるだけで夜泣きする癖にそれは無いっス~、とぶちぶちのたまうリーリスさん。
僕の記憶からすでに抹殺されているが、目覚めたら誰も居なくてぎゃん泣きした過去が無かったとは言わない。
え? それは一昨日の事デスか?
ははは、何をおっしゃいマスやら……記憶にございませんな。
だって、仕方ないじゃないですか!
夢でまた、実験奴隷として捕まってた時の超リアル・ホラームービー自動上映ですよ!?
やっぱり、この体に残っている拷問の記憶は、そう簡単に消え去る訳ではなかったようだ。
僕の基本設定には、ビビりでチキンな日本人のDNAがみっちみちに詰まっている。
そんなもん見せられた直後に、気づいたらリーリスさんが居ない訳ですよ!?
冷静に『あぁ。お手洗いか。』などと考えることが出来るとでも思ったら大間違い!
眼球からの緊急放流なんて、条件反射以外の何物でもないじゃないですか!?
それはともかく!
昼間は基本的に別行動。リーリスさんは冒険者のお仕事へ。
僕はリハビリがてら、近くのシフキ草を毟ってちょっとした小銭を稼いでいる。
「いえ、夜でなくても昼間でもヤる事はヤれマス」
「そんな万年発情期みたいな種族は人間か龍族だけっス!!!」
え? そうなの?
「じゃ、誰か……『梅毒』か『腐肉腫病』の方と、体液の付着を伴うような交わりをされマシたか?」
「体液の付着を伴う交わりって……ん? あぁ……そうっスね……そう言われると……」
リーリスさんが、記憶を頼りに、思い当たる節をさかのぼる。
それは、数日前に、酒場のツケを清算した日……
詳しく聞くと、その日はゴツール墓場の警備をしていた、との事。
この、ゴツール墓場というのは俗称で、実際は町の犯罪者等を閉じ込めておく牢の一種なのだ。
正式名称はゴツール刑務所。
冒険者によく回って来る仕事は、その中の第4棟の警備だそうだ。
そこは、実験や薬等で頭のおかしくなってしまった犯罪者を隔離したり、収容されている人で、病気のために余命いくばくも無い……というヤツを看取る為の施設なのだとか。
この第4棟を通称、ゴツール墓場、というらしい。
……ある意味、直球なネーミングセンスだよな。これ、日本だったら炎上ものだよなぁ……
お給料が安い上に、精神的にも肉体的にもハード、と割に合わない仕事だ。
だが、人気が無いが故に、いざという時でも受けられるメリットは有るそうだ。
そして、あの日、『腐肉腫病』に罹患している者同士の喧嘩があったとの事。
リーリスさん達警備員で、喧嘩を止めたのだが、その際に、中指を噛まれたらしい。その場所に、ちょうど、このしこりが出来ている。
「……それ、デス、ね……」
梅毒トレポネーマは傷口から感染する。
僕は、思わず手に持ったままだったスプーンを、指が白くなるまで握り締めた。
……元の世界の梅毒は、初期の方が感染力が高く、後期になるほど低いのに……!
それに、梅毒第一期までの潜伏期間だって、元の世界だと3週間程度はあるはずなのに……リーリスさんの場合は、かなり短い期間で発病している。これは、世界が違うからなのだろうか?
どうしよう。このまま放っておくわけにはいかない。
いくら個人差があって、人によっては『腐肉腫病』にならない、とは言っても放置しておいたら、そこまで悪化してしまう可能性が、十分に、ある。
「リーリスさん!!!」
彼の金色の瞳を射抜くつもりで見据える。
「な、何スか?」
僕ののっぴきならない視線に、思わず姿勢を正すリーリスさん。
「今すぐ、小金貨3枚、準備できマスか!?」
「小金貨3枚ィ!? む、無理無理、それは無理っスよ! そんな割の良い仕事……ダンジョンで運よく宝箱でも見つけない限り、パッと手に入る金額じゃないっス!」
不可能を象徴するように、リーリスさんは、パタパタと右手を目の前で振る。
「では、『精霊樹の丘』に生えている、リポキロの原料になる薬草を取って来る事は出来マスか?」
「……レイニー……そんなの、もっと無理っスよ。」
何を言い出すんだ、と言わんばかりのげっそり顔。
ですよね……。
くっそぉぉぉ! 僕、せっかく小鳥に変身できる種族に生まれ変わったのになぁ!
僕が空を飛んで、高い所に生えると言われているリポキリア草を取って来れたなら、直ぐにでも既存の抗生物質でリーリスさんの梅毒を治療できるのにッ……!
思わず、窓の外に見える精霊樹の丘を睨みつける。
今、空が飛べない事がこんなに悔しいと感じたのは、この体になって初めてだった。
僕は俯いて考え込む。
だいぶ伸びて来た黄緑色の前髪が眼鏡に影を落としている。
もう、これは……必要性が違いすぎる。エシル姐さんに認めてもらうとか、そんな事は後回しだ。
作るのだ。……いや、作らなければならない。何としても!
奇跡の抗生物質、ペニシリンを!!




