王国入り
港を出ると、王国は歩いて1時間もしない距離にあった。
道中、魔物や獣に襲われるが、父が剣を払って撃退する。
幼い頃聞いた話では、父は魔王を倒した勇者で、伝説として各地で語り継がれているらしい。
さらに話を聞くと、この世界には始まりの勇者がいて、その血族は数本しかない聖剣に選ばれるらしい。
今確認されているのは、陽光の聖剣と月光の聖剣の二振りで、父は陽光の聖剣で、魔王を倒したと語られている。
俺は、そんな父親を尊敬している。
そして、憧れとして、いつか超えてやると胸に誓っている。
「父さん。 危ない」
父が獣に背後を取られ、襲われそうになるが、それを間一髪助けることができた。
「よくやった。 さすがは我が子だな」
「父さんこそ、腕が鈍ったんじゃないか?」
ぶっきらぼうに返すが、父に褒められるのは最上の喜びであった。
嬉しいが、喜びが、胸から込み上げてくる。
それが、何よりも心地よかった。
「父さん……あれ」
王国に近づくと、旗を掲げる沢山の兵士が見えた。
「あれは、ブルク王国の旗だな。 数は1個師団か。 よし、俺に任せろ」
父が、ブロードソードを手に握りしめ、殴りこみしようとする。
俺は、それを慌てて静止し、短剣を抜いた。
「父さん。 俺、試したいことがあるんだ。 俺にやらせてくれないかな?」
「なに? お前に……できるのか?」
父が心配そうにこちらを伺う。
「大丈夫。 俺は、父さんの子どもだから」
それを言うと、父は悩ましい顔をする。
が、すぐに顔を一転させ、笑顔で俺を送り出してくれた。
「そうか。 俺の子なら心配はいらないな。 行ってこい!!」
「うんっ」
俺は、崖を降り、1個師団の前に飛び出て行進を止める。
「何者だ!! お前は」
兵士たちは、武器を構え、こちらを警戒した。
相手は子どもだと言うのに、少しは油断してくれてもいいと思うが。
まぁいいや。
悪いが、この人たちには実験台になってもらうぞ。
「このまま引き返してくれたら、怪我人は出ないけど……よもやそんなことはないよね?」
「全員、隊列を組めっ。 相手は子どもだと思って、油断をするな。 武器を構えよ」
「うん。 それでいい」
俺は、あっという間に包囲をされた。
よく訓練をされている。 というか、このままではまずいか。
父の方を見ると、真っ直ぐに険しい目でこちらを見ている。
でも、動かない。 俺を信頼してくれてるんだな。
「全員っ。 かかれっ!!」
少しずつ包囲網が小さくなっていき、獲物の届く距離となる。
そして、前から後ろから……あるいは両サイドから攻撃が来る。
しかし、それは俺には当たらない。
これぐらい、父の訓練を受けてきた俺にとってなんてことはないな。
止まって見えるぜ。
しかし、この隊列だと試したかったことができないな。
どうしようかな。
「くそっ。 お前たち、よく狙え。 我らがブルク王国が、こんなガキに舐められてたまるか」
獲物の一振りがその速度を増し、避けるのがだんだん紙一重となっていく。
「おおう。 本気出したな? こんなガキに」
だか、それこそこちらの思惑通りだった。
いわゆるカウンター。 相手の一撃が大きくなればなるほど、返すダメージが増す。
これだけの大振りなんだ。 タイミングに合わせて、防御の薄いところにダガーを置いておくだけでいい。
「がわぁ。 いっ、いてぇええ」
「ええい、負傷者は下がれ。 だれか、回復魔法をかけてやれ」
ええ? この隊列、そんなことしてくるの?
ずるいよ。 しょうがない。 ちょっと強引になるけど。
俺は、出来るだけ敵の包囲の薄いところを狙って、飛び込んだ。
「剣が十分通用するところは父さんに魅せられたんでは。 次は、こいつだ」
何人か切り裂いて、その包囲網を抜け出す。
敵は一方向に固まっている。
これぞ、勝機。
「敵が抜け出したぞ」
「囲め囲め」
再び敵は隊列を組み直そうとするが、その足を止めた。
俺が、魔力を一点に集中すると、兵士たちは、足を動かすことができなくなった。
まるで、蛇に睨まれたカエルのように。
本来、魔法の詠唱は、強引に止めなければならないが……さては、実戦経験が乏しいなこいつら。
集中する魔力は四つ。
燃え盛る紅蓮の炎。
咲き誇る生命の樹。
静止する大紅蓮の氷
瞬く閃光の雷。
それらを集中させる。
流石に、かなり溜め込みすぎたか。
我慢がきかない。 まあ、きかなくてもいいか。
俺は、それを兵士たちに解き放った。
「おいおい。 たしかに先の戦争で魔法を使ったのには驚いたが……驚き足りなかったな。 まさかこんな地形の変わる魔法を放てるなんて」
いつのまにか合流していた父親が、呆れた顔で言った。
これは……褒められているのだろうか。
「いやぁ。 それほどでも」
「褒めてねえよ。 いや、褒めてるのか? この場合」
その時、ちらりと父が倒れる兵士を横目で見た。
「まぁ、なんだ。 レム。 いきなり戦争に連れて行った俺も悪いが……お前には足りないものがあるな」
「え? 足りないものだって。 それは一体……」
地形に対する配慮だろうか。
いや、わかったぞ。 伏兵に対する警戒か。
たしかに、これほどの大技をいきなり放つのは悪手だった。
「でも、父さん。 伏兵の可能性はかなり低かったと思うけど」
「そういうことじゃ……まぁいい。 それもこれも、学校で学んでくればいいか」
「……へ? 学校?」
俺がそう聞き返すと周りに沢山の兵士ががあつまってきた。
「これは、勇者様!! あなたが倒してくれたんですか?」
その人たちはルクセン王国の人たちのようで、父に向かって敬礼をしていた。
「え? それはこいつが……」
その時、父と目が合う。
アイコンタクトで、俺がやったことは黙っていてくれた頼んだ。
父はそれを察してくれたらしい。
「まぁ、俺がやったわけだな」
「流石ですね。 でも、あなたは魔法が使えないはずでは?」
そう、父は、魔法の適性が一切なかった。
この世界では、魔法は選ばれたものにしか使えない。
それは、人に限った話ではあるが。
一説では、獣は魔法が使えず、魔物は身体能力が低いことから、獣に近いか、魔物に近いか……などと言われている。
「そりゃ、おまえ。 魔石を試してみたのよ」
もちろん、適正のないものでも魔法を使う方法はある。
その一つが魔石である。
魔力を多く含むそれは、使用者に魔法と同じ効果を与える。
聖剣にもその魔石が多く使われているらしい。
「なるほど……それはありがとうございました。 そして、その子は?」
「ん? あぁ、こいつは……俺の弟子だ。 学校に通わせたくてな。 王国の中でいい。 通してやってくれないか?」
「おい、父さ……師匠。 俺はまだ行くとは言ってないぞ」
「今、魔王が復活なんて噂が流れてる。 もしかしたら、おまえの力を借りるかもしれん。 それに、おまえの足りないものそこでなら見つかるぞ?」
「……分かったよ。 いくよ」
俺は、父に頼りにされることが嬉しくて、同意してしまった。
「聞き分けがいいな。 いいこだ。 ほら、これを持っていけ。 王様に渡せば事情がわかるはずだ」
封筒を一つ渡される。
そして、兵士たちに連れられ、俺は王国へ入って行く。
「なぁ。 レム。 1人でも大丈夫か?」
門の前で、父は心配そうな顔でこちらを見る。
「魔王との戦いまでに、間に合わせてやるよ」
門は閉じられていくが、父の顔は、最後まで心配そうであった。