流星群
気付けばラルゼースは、星空が満ちた世界に座り込んでいる。
まるで透き通った地面に星空が反射しているかのように、上下左右どこを見渡しても続く幻想的な世界。ラルゼースは呆然と、そんな情景を見つめている。
(夢……?)
そう認識すると同時に、
――お兄ちゃん。
声がした。
もう二度と聞くことはできないと思っていた、声だった。
「矢子っ……!」
叫ぶ。叫びながら振り向こうとするも、できなかった。まるで金縛りにあったかのように、身体が動かなくなってしまっている。
(何故……)
ぎり、と淡い色合いの唇を噛み締める。血の味がする。あの日矢子が溢れさせた真っ赤な血液を、思い出す。
背後から、腕を回された感覚がする。矢子の白い腕を、ラルゼースは視認できなかった。
また、声が聞こえる。
――ようやく、来てくれたんだね。
――待ってるから。一番、深いところで。お兄ちゃんのことを。
ラルゼースは青色の目を見開いた。
「一番、深いところって……まさか」
地下世界の……?
ラルゼースが尋ねる前に、星空の世界が砕けた。破壊された硝子細工のように世界は壊れていく。
「待っ……」
動かない手をどこかへ伸ばそうとしながら、ラルゼースはそう口にする。
意識も崩れ落ちていく。
――待ってるから……
最後にもう一度、そんな言葉を聞いたような気がした。
ラルゼースはゆっくりとまぶたを持ち上げる。
どうやらテーブルに突っ伏して眠ってしまっていたようだった。グラスに入っていたはずの苺ジュースは全てなくなっている。今日の疲れかミレアとシュシュもすやすやと寝ていて、どこかへ行っているのかルリラーテの姿はなかった。
(……何か、大事な夢を見ていた気がする)
朧げな記憶を掻き集めるように、頭に手を添えながら暫しの間目を閉じて。
一つだけ、思い出せたことがあった。
――ダンジョンの奥に、行かなければならない。
どうしてかは思い出せなかった。けれど強く、深くそう感じた。
「伯父さーん!」
遠くからルリラーテの声がして、ラルゼースははっと目を見開いた。見れば、半開きのドアからひょこっと顔を覗かせながら、ルリラーテがぶんぶんと大きく腕を振っている。
「早くこっち来てくださーい!」
「……ど、どうしてでしょうか!?」
「流星群ですよー! 今日はミルリングス座の流星群の日じゃないですかー!」
「……ああ」
ラルゼースは頷くと、椅子から腰を上げてルリラーテの元へと向かった。
ラルゼースとルリラーテは、真っ白の流れ星が幾つも走る紺色の夜空を見つめている。
「……教えてくださってありがとうございます。新しい場所や新しい人間関係に気を取られて、すっかり頭から抜け落ちておりました……」
青い瞳に麗しい夜空を反射しながら、ラルゼースはどこか呟くように言う。
ルリラーテはにこっと笑って「いえいえですよっ」と告げた。
「伯父さんが、呪文に溶け出してしまうほど流れ星が好きなこと、ちゃーんと覚えてますから」
魔法の呪文は人によって異なり、その人が心の奥底で何を愛しているかが鍵となる。
〈流星の大魔導士〉の花のような微笑を忘れられなかったミレアが、花という言葉を含む呪文を紡ぐように。
ラルゼースもまた、全ての呪文に流星という言葉を混ぜ合わせている。
ラルゼースは夜空からルリラーテへと視線を移して、「……ところで、お聞きしたいことがあります」と口にした。
「わたしに聞きたいことですか? 伯父さんからの質問なら何でもウェルカムですよっ」
「ありがとうございます。……ダンジョンの奥に何があるのか、貴女はご存知ですか?」
ラルゼースの問いに、ルリラーテはぱちぱちと瞬きを繰り返して。
それから、静かに微笑う。
「――〈地下世界を統べる者〉」
聞き慣れない響きに、ラルゼースは眉を顰める。
「〈地下世界を統べる者〉……?」
「そうです。地上の魔物より地下の魔物の方がずっと凶暴なのは、〈地下世界を統べる者〉と呼ばれる魔物のせいだと言われてます。魔物の反応をキャッチできる魔法使いが言うには、ダンジョンの最奥部と思われる場所に、その魔物の途轍もなく強力な反応があると……」
「……そうなのですね」
ラルゼースは首肯した。心に纏わりつくような不安があって、でもそれが何故かはわからない。
ルリラーテが可愛らしく首を傾げる。
「ところで、どうして急にダンジョンの奥の質問を?」
「それが……先ほど、夢を見た気がしたのです。どんな夢かは靄がかかったように思い出せないのですが……『ダンジョンの奥に行かなければならない』という、強い気持ちだけが残っており」
「なるほど、なるほど……」
ルリラーテはこくこくと頷いて、「それならSランクの救助パーティーを目指すのが近道だと思いますよっ」と笑う。
「Sランクの……?」
「はい! Sランクになれば、王国直属踏破隊のダンジョン攻略に同行できますからねっ! 踏破済み階層の一つ下の階層――つまり現在だと第十四階層は、王国直属踏破隊とSランクの救助パーティーのみが踏み入れることのできる場所なんです!」
「……王国直属でない、冒険を目的としたSランクパーティーは踏み入ることができないのですか?」
「ですねえ。王国の威厳ってやつがあるんじゃないですか?」
「……なるほど」
ラルゼースは納得したように首を縦に振る。ルリラーテが、「でも、ちょうどよかったです!」と笑った。
「わたしも、ミレアちゃんも、シュシュちゃんも……いつか、Sランクの救助パーティーになりたいって思ってるんです。だから伯父さん、わたしたちと一緒に上を目指しましょう! ……まあ、ダンジョンの下を目指してるとも言いますが!」
「そうだったのですね」
「そうですよ! まあ、伯父さんに比べたらわたしたちはまだまだですけど……でも、バランスがいいと思いませんか? 伯父さんが使える魔法は氷、雷、草、解析、治癒。わたしの転移とミレアちゃんの炎は伯父さんとは違う属性ですし、シュシュちゃんの治癒もパーティーに二人いることで安心感が増し増しですしっ」
ルリラーテの解説に、ラルゼースは「……私もそう思います」と微笑う。
それから、感謝を述べる。
「……改めて。私を仲間に入れてくださり、本当にありがとうございます」
「えーっ、お礼を言うのはこっちですよ!」
「何故私に……?」
「今日だって、窮地を救ってくれましたし」
ルリラーテは「なので、ありがとうございます。伯父さん!」と笑う。
「……どういたしまして」
「えへへ。それにしても、伯父さんってほんとにかっこいいですよねえ。よっ、イケメン!」
「……からかわないでくださいますか」
嘆息するラルゼースに、ルリラーテは「ほんとに思ってるのに!」と桜色の唇を尖らせる。
「今世は叔父と姪の関係ですけど、来世はルリラーテちゃんと結婚しませんかっ!?」
「来世には私よりももっと素敵な方がごまんといらっしゃると思いますよ」
遠い目をするラルゼースに、ルリラーテは「いませんようー」と笑いながら彼の腕に抱きつく。
夜風が吹く。二人の銀色の長髪が柔らかく揺れて、ひときわ輝く流星が空を駆けた。




