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テトラカラーラブデコレーション  作者: ふらう
第2章:図鑑が開く巣窟と、近づく三つ目の光
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06【お喋りなオタクと「巣」への招待】


 あの日以来、私は毎日図書館に通っていた。

 コールさん――「図書館の主」と呼ばれるディ◯ンターのような彼は、いつも本棚の影や最奥の特等席にいて、私と視線が合いそうになると露骨にローブを翻して去っていった。

 人嫌いで、特に男女を問わず言い寄られるのが嫌いなインサクメア族。触られるのも嫌だという。

(まあ、そりゃそうよね。私だって男の人は怖いし、無理に距離を詰めるつもりなんて一ミリもないし……)

 前世の接客業の感覚が残っているせいか、相手の「踏み込んでくるな」という境界線が痛いほどよく分かる。だから私は彼に近づかず、半径一・五メートル以上の距離を常に保ち、ただ黙々と異世界の本をめくっていた。

 ある日の午後。

 私は目当ての本が見つからず、巨大な本棚の前で首を傾げていた。文字は『女神の加護』で読めるけれど、棚の分類規則が今ひとつ分からない。

 諦めて別の棚に行こうとした時、背後から音もなく、あの鈴を転がすような美しい低音が降ってきた。

「……何を探しているのかね」

「ひゃいっ!?」

 びっくりして変な声が出た。振り返ると、そこには頭からすっぽりとローブを被り、眼鏡とマスクで重武装したコールさんが立っていた。

 驚いて一歩身を引いた私を見て、彼はマスクの奥で不快そうに眉をひそめる。

「怯えるな。君があまりにも愚鈍に彷徨っているから声をかけただけだ。ここの本なら、僕はほとんどすべて記憶している。効率が悪いから、さっさと目的の書名を言いたまえ」

 冷淡な言い草だったけれど、私にとっては渡りに船だった。

「あ……じゃあ、その、図鑑……みたいなものは、ありますか?」

「図鑑? どの分野だ。魔獣か? 鉱物か? それとも神聖植物か?」

「ええと……この世界の、普通の動物とか、植物の絵が載っているものがいいです。元の世界との違いとか、共通点を探して、絵を楽しみたいなって……」

 私がそう答えた瞬間、コールさんの眼鏡の奥のピンク色の瞳が、カッと見開かれた。

「……ほう? 貴体は『女神の贈り物』などと祀り上げられている身でありながら、我が国の軍事魔学や神聖歴史ではなく、あえて平俗な生態模写に興味を示すというのかね」

 そこからの彼は、凄まじかった。

「よろしい、ならばこれだ。ハルノ王国北部における平地性哺乳類の骨格比率図説、そして東部渓谷の変異植物における胞子飛散周期の記録、さらには――」

 コールさんは恐ろしい手際で本棚から次々と分厚い書物を抜き出し、私の前に積み上げていく。そして、頼んでもいないのに、その一冊を開いて指し示した。

「例えばこの『火炎トカゲ』だがね、一般には魔獣と混同されがちだが、本質的にはただの可燃性粘液を分泌する爬虫類に過ぎない。元の世界と言ったかね? 君の世界のトカゲの表皮組織がどのような組成かは知らんが、こちらの種は――」

 ダダダダダ、と機関銃のように言葉が溢れ出してくる。

 さっきまでの冷徹で謎めいた雰囲気はどこへやら、好きなことの話題になった途端、早口でめちゃくちゃ喋りだすオタクのそれだった。

(えっ、すご……めっちゃ喋るじゃん。はえー、ためになるな……)

 私は引くのを通り越して、純粋に「普通にすごい知識量だな」と感心しながら、ふむふむと大人しく聞いていた。

 するとコールさんは、私のそんな反応にハッと気づいたように、突然言葉をピタリと止めた。

「……、……失礼。つい、喋りすぎた。……不快だったろう。やはり君も、僕のこういうところが気味が悪いと――」

 途端に卑屈なオーラを纏い、ローブのフードを深く引っ張るコールさん。自分の見た目だけでなく、この極端な性格のせいで過去に相当嫌な目を評価をされてきたのだろう。

 けれど、前世で「男の都合のいいお喋り」に付き合わされ続けてきた私にとって、彼の「純粋な知識の開陳」は、下心が一切なくてむしろ世界一安心できるものだった。

「え、やめないでください」

 私は仮面のない、素の、少しトーンの低い声で言った。

「……何?」

「面白いです。今のトカゲの粘液の話、続きが気になります。私、頭悪いから難しいことは分からないですけど……コールさんの話、分かりやすくて、聞いてて楽しいです」

 コールさんは絶句した。マスクの奥で、彼が小さく息を呑む音が聞こえる。

 彼はしばらく、呆然と私を見つめていたが、やがて視線を彷徨わせた後、観念したように短くため息をついた。

「……ついてきたまえ」

 彼に連れられて、図書館の最奥、一般の人間は決して立ち入らない隠し扉の向こうへと進む。

 そこは、驚くほど心地のいい空間だった。

 柔らかな光が差し込む大きな窓。ふかふかの高級そうなソファと、たくさんのクッション。傍らの机には、丁寧に手入れされた茶器のセットと、彼が読み込んでいるのであろう古書が積まれている。

「……僕の私的空間、通称『巣』だ」

 コールさんは気まずそうに、けれどどこか誇らしげに言った。

「ここでなら、誰にも邪魔されずに本が読める。君が……その、大声を出す不届き者でなく、僕の解説を静かに拝聴するというのなら、ここに立ち入ることを許可しよう」

「わぁ……ありがとうございます」

 それからの日々は、とても穏やかだった。

 私はコールさんの「巣」のソファの端っこに座り、彼が淹れてくれたお茶を飲みながら、彼がすらすらと語る異世界の生態系の解説に耳を傾ける。

 私が半径一・五メートルの距離をきっちり守っているせいか、コールさんも徐々に緊張を解き、お喋りなオタクとしての本領を存分に発揮してくれるようになった。

(お互いに、人嫌いで男嫌いだけど……この距離感なら、すごく楽だな……)

 ユー王子のもふもふとはまた違う、静かで、理知的な温かさ。

 私たちの不器用な距離は、この静謐な図書館の片隅で、確かに少しずつ縮まっていった。


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