109.エピローグ 10年後
愛姫様が消えた直後、神界は異常なまでの大豊作となり、人々は飢えとは無縁の生活になった。斑病の患者も誰一人いなくなった。
春のような日々が続いて桜が咲き、りんごとスイカなど、夏の作物と冬の作物が同時に実り、枯れ果てた水田には稲穂が頭を垂れた。
人々は愛姫様の御加護のおかげと祝い、あれほど憎んでいた愛姫様に感謝の祭りを捧げていた。
愛姫様の消えた神館では、大神官に代わり、時姫が神界総督府を設立し、初代総督として神界の政を行うことになった。
混乱した神界を立ち直すため、時姫のもと、滝姫や道姫達だけでなく、雅姫、利姫や常姫など、旧神都側の家臣団も協力して神界の再建にあたった。
そして神界再建の十年は、あっという間に過ぎて行った。
いまや時姫は押しも押されぬ神界の長であり、その善政によって、生き神様として崇め奉られていた。
東ノ庄は総督直属の庄として再建され、時姫が庄長を兼ね、ひときわ格式の高い庄となった。東ノ庄では時姫の夫である作磨が、のんびり三人の子を育てている。
何故あれほど優秀な時姫が、このようなダメ夫と仲が良いのか神界七不思議のひとつと言われていた。
ダメ夫と言えば、戦が無くなって廻目はやることがなくなり、毎日フラフラして過ごしていた。働かない廻目を、妻となった初姫がいつも叱っている。しかし五人の子供に恵まれ、初姫が英才教育を施していた。
「あなた達! 時姫様の子供より絶対強くなるのよ!」
そう言って、日々自ら特訓していた。
雅姫は、城郷ノ庄の庄長を咲姫に譲ると、しょっちゅう道姫と一緒に神都から戻り、三人の孫と遊ぶのを楽しみにしている。
万智ノ庄の庄長には滝姫が復帰し、神都での仕事をこなしながら豊かな庄へと作り変えていた。娘の花姫は、念願の北ノ庄の学校を卒業し、いまでは神都で母の仕事の手伝いを始めた。当時、学校の校門で花姫の帰りを待つ、笑顔の大男の存在が名物になっていたという。
橘樹の三人の娘達は、橘樹の長男が治める和名倉ノ庄で、相変わらず喧嘩をしながら仲良く暮らしているらしい。
樽彦は、何と勝姫と結婚し、尻に敷かれまくっているらしいが五人の子に恵まれ、幸せそうだ。週末は子供達と雷魚釣りに出かけている。
正明は、南の宮門前での出来事を美化しまくって書いた本、『武神の真髄』が大ベストセラーになり、武神と呼ばれるようになった。今では武道教室(正明は心構えしか教えてはいない)を開いて大繁盛している。そして何と樽彦の部下である杏と結婚し、これまた尻に敷かれまくっているが三人の子供に恵まれた。
ちなみに杏は正明の稼いだ金を湯水のように使い、セレブとして神界で有名になっている。
朽木孝明は神都で開いた猫カフェが大当たりし、支店を出して店舗を拡大していた。しかし、猫の飼育管理不十分な状況が告発され、神都での営業禁止処分を受けていた。
繭ノ庄の豊穣祭りは、かつて愛姫様が実際に祈りを捧げられた祭りとして、神界中から人が押し寄せる、神界一の祭りになっていた。
特に大勢の相撲取りが張り手で拝月塔を倒すクライマックスのシーンは、この祭りの名物になっていた。しかも毎年この祭りには、多比人と雪が招待されるのが恒例となっていたので、防人様見たさに大勢の人がやってきた。
さらにこの豊穣祭りは『武神 都野重正明』と『軍神 真喜野樽彦』も何故か毎年降臨するので、もはや繭ノ庄の一大観光産業となっていた。
多比人と雪は、神界と下界を行き来しながら、下界の春姫が残した古い日本家屋の家で、のんびり暮らしている。
妊娠してお腹が大きくなった雪が、自分の娘と息子に声を掛ける。
「あ~、雨が降ってきちゃった! 愛! 三津! おうちに入りなさ~い」
「わかったのだ~」
「お姉ちゃん待って~!」
ちょうど仕事から帰って来た多比人が家に入って来た。
「いや~、ちょうど雨に降られなくてよかったよ。よ~し、愛、三津、今日はすき焼きだぞ~! いいお肉買ってきたからな~!」
「わらわは、すき焼き大好きなのじゃ~!」
「わ~い!」
二人の子供が家の中を走り回る。
「こら~! 二人とも家の中は走っちゃダメ~!」
雪の怒る声が聞こえる中、テレビでは最新の芸能ニュースが流れていた。
「日本の女優、霧降楓さんが、ハリウッド映画『シノビガール』に出演し、アカデミー賞主演女優賞を受賞しました! 霧降さん、今のご感想は?」
「あるじ~! 見てますか~! わたしにかかればアメリカなんてちょろいもんですよ! クケケケケケケ!」
二人の子供をあやしながら多比人がテレビを見ている。
「楓もハリウッドスターか。凄いなあ。時姫様は凄く偉くなっちゃったし、北山さんの北山リゾートは宇宙ロケットを打ち上げるって言うし、みんな凄いなあ。しがないサラリーマンから変わらないの、僕だけだよなあ……」
雪が台所からやって来る。
「何を言っているんですか。わたしの旦那様は世界一素敵ですよ」
そう言って多比人のほっぺにキスをする。
「あ~! 相変わらずパパとママはラブラブなのだ~!」
「なのだ~!」
生まれ変わって古舞山の麓にいた愛姫様を自分の娘として育て、多比人と雪の間に出来た息子と姉弟として一緒に暮らしていた。そんな暮らしが多比人は本当に幸せだった。
「雪さん、僕は本当に幸せだよ」
「多比人さん、わたしもよ」
「あ~、またパパとママがチューしてるのだ!」
「チューしてる~!」
「あ、多比人さん、いま、お腹の子が蹴ったわ」
「本当に!?」
家族みんなで、雪のお腹に手を当てたり耳を当てたりしている。
多比人は祖母や祖父のことを思い出していた。
(ありがとう、ばあちゃん、じいちゃん。僕は今、とっても幸せだよ)
古舞山の麓の古くて大きな家からは、夕暮れに乗って幸せな笑い声が響いていた。
あとがきに寄せて
最近凶悪な犯罪が起きたり、世界中に争いが絶えない中で、人間が自分自身に自信を失っているように思いました。昔のように、純粋に人間って素晴らしいと思えることが、少なくなっているように思いました。
そんな時に、とびっきり美しい女神様から、『妾は人間が好きじゃ』と言われたら嬉しいと思って、多比人達にはいろいろと旅をしてもらいました。
みなさま、ご愛読本当にありがとうございました!




