1.はじめての告白
「あなたみたいな優柔不断で、決断力のない男に全然魅力を感じないの」
数馬多比人は三十四年間の人生で、初めて告白した女性からそう告げられた。
「部下とたまには一緒に飲んでやるのも上司の務めだと思って来てみれば、あなたが私に告白? 私のことを馬鹿にしているの?」
「……そ、そんな、馬鹿になんてしていません。ただ、美好課長のことが好きで……」
「それが馬鹿にしているって言っているのよ。多比人君、あなたなんか、死んでも好きになるわけないじゃない」
多比人は涙でゆがんだ自分のグラスを見ながら、美好課長に告白したことを心底後悔していた。
上司である四歳年上の美好玲子課長は魅力的な女性だった。常に快活で前向き、終わったことはくよくよせず、自分には厳しく他者には寛容で、面倒見もいい。美人でスタイルも抜群だ。一目見た瞬間から多比人は憧れていた。
美好課長から今回のプロジェクトリーダーをやってみないかと言われた時は、認めてもらえたのだと、天にも昇るような気持ちだった。
様々な困難を乗り越えて相手先との契約が成立し、プロジェクトの成功がほぼ決まった今日、意を決して多比人は美好課長を飲みに誘ってみた。結果はOK。
「女は気の無い男とは、決して二人きりで飲みに行ったりしないものでござるよ」
そう言って同僚の五十嵐が応援してくれた。
その結果がこれだ。
「だいたい今回のプロジェクトリーダーだって、私がやれと言わなければやらなかったでしょ。実際の指示だって私が出していたわ。多比人君はただ指示を聞いて周りと調整していただけじゃない。あなたの成長になると思ってリーダーを任せたけど、こんなの自分でやる方がよっぽど手間がなかったわ」
多比人は逃げ出したい思いだったが、自分で予約した個室に逃げ場はなかった。
「あなたは流されるだけで決断力のない男。そんな男にわたしみたいに綺麗で仕事の出来る高スペックな女が惚れるわけないでしょう。断言するわ、あなたそのままなら一生結婚してくれる女なんていないわよ」
「い、一生……ですか」
「あ、ごめん、間違い。一生じゃなくて、生まれ変わって来世でも結婚できないわ」
「う、生まれ変わっても結婚できない……ひ、酷過ぎます……」
「来世でも来来世でも来来来世でも、ぜ~ったい結婚できないわ、きゃはははは!」
「う、ううう……」
多比人の人生初告白は、大好きな人から人格否定され、未来永劫結婚不可能との烙印を押された挙句、笑われた。多比人は心に深いトラウマを負った。
「ほら、未来永劫結婚できない優柔不断男、もっと飲め! 今日はお前のおごりだろ!」
「うう……そんな……酷い……飲みます」
「きゃはははは、飲み方も優柔不断! きゃはははは!」
美好課長がこんなに酒癖が悪いなんて、多比人は知らなかった。
もう女性なんて懲り懲りだと思う多比人へのダメ出しは、夜遅くまで続いた。
翌日、職場では多比人が美好課長に告白した話でもちきりだった。
「数馬係長、美好課長が社長の愛人だって知らずに告白したんだって。バカじゃないの」
「美好課長はイケメンが好みって知らなかったのかしら」
「おとなしい人に限って、突然やらかしたりするのよね。ありえないわ」
どうして告白したことをみんなが知っているのか分からなかったが、それよりも美好課長が社長の愛人だなんて多比人は知らなかった。社長は他人の言うことを全く聞かない敵の多い人物だが、確かに行動力溢れる決断力のある男性だった。
「あ、五十嵐!」
自動販売機の前にいた五十嵐に、多比人が声を掛けると叫びながら走り去っていった。
「実は拙者、童貞だったのでござる~!」
(そんなこと、告白しなくてもいいのに……)
午後、多比人は人事課から呼び出された。
「多比人係長、転勤だ。明日から須山支社に行ってもらう。須山は君の出身地らしいからちょうどいいだろう」
「えっ、明日からって急な……今やっているプロジェクトはどうなるんですか」
「それなら心配しなくていい。君の代わりならいくらでもいる」
昨日、酔っぱらって帰った美好課長は、多比人に対する罵詈雑言を愛人関係にある社長に電話でしゃべりまくった。それを聞いた社長が激怒したのだ。なお、美好課長は社長に電話したことすら酔っぱらっていて覚えていなかった。
こうして多比人は東京本社から、地方の山間にある須山支社に左遷された。




