交流会・午後 後半
休憩後、最初に行われる競技はクレー射撃だ。
会場の床下に収納されていた射撃の機材が、リレー用のトラックの上に並んでいるのは変な感じがする。でも、収納スペースを考えると他に良い場所は無いのだろう。
支給された練習用の弾(十発分)が込められたライフル銃(見た目はアサルトライフルに似ており、弾倉の位置も同じだが、弾倉は少し長い)だ。安全の為に一緒に支給されたゴーグルと耳栓代わりのイヤーパッドを装着し、会場の隅に設置された的に向かって軽く試射する。
いざライフル銃を撃ってみると反動が軽い。競技で実際に使うライフル銃と同じと聞いたけど、材料からして違うからか、銃自体が軽い。モデルガンのようなプラスティック銃に比べると重みは有るが、弾倉抜きで五百グラム前後の重さだ。
井上中佐は自分と同じ感想を抱いたのか『反動が軽いっ』と驚いていた。
試射を終えたら、通常のクレー射撃とはルールが違うので、如月学長からルールについて改めて教えて貰う。
「予選では、十メートル先の空間に、五分間で百個の標的が左右から射出される。三人で撃ち落とした合計数が百に近い上位四組が決勝に行く。そこからルールが変わり、三分間に一人で射出された五十個の的を撃ち落としたタイムを競う。三人の合計タイムが最小なところが優勝になる」
「予選と決勝でルールが変わるんですか」
「そうだ。だから、先ずは全部撃ち落とす事だけを考えよう。そろそろ予選の前半が始まるから移動するぞ」
如月学長は笑顔でそう締め括った。
予選は二つに分かれて行われる。
日本支部は後半だ。
前半は、アメリカ、イタリア、フランス、ロシアの四つの支部だ。四つの支部がそれぞれに割り振られたスペースで競技を始める。
五分間、射撃音と的が撃ち落とされる音だけが響いた。
「フランス支部が九十個行きましたね。予選落ちですけど」
五分後。ロシア支部が九十六個、イタリア支部が九十四個で決勝に進出した。
アメリカ支部は九十三個、フランス支部は九十個も撃ち落としていたのに、予選敗退となった。
予想を超えるハイレベルな勝負だった。撃ち落とした数が九割を超えているのに予選敗退となるのか。
「決勝に行く為の最低数は九十五個って言われている。撃ち落とし損ねても、五分間の間ならば何度でも射出されるから心配は要らない」
如月学長がさり気無く、ハードルの高い事を言った。井上中佐の顔が緊張で強張る。
「それって、五分間百個の的が延々と射出され続けるって事ですか?」
「そう言う事だ。だから撃ち落とし損ねても、五分以内ならばまだ勝機は残っている。時間内に撃ち落とせば良いだけだから、外しても気に病まない事が大切だ」
時間内に撃ち落とせば良いと言われてもね。撃ち漏らしの許容数が五個なのに、気軽に言われても困る。
井上中佐は鳩尾の辺りを手で擦っている。もしかして、緊張で胃が痛くなったのか?
顔色の悪い井上中佐に一声掛けたいが、競技開始十分前の知らせが来てしまった。
……仕方が無い。競技中は魔法で知覚を強化しよう。
ズルに該当するとは思うが、今は井上中佐の負担を軽減する事だけを考えよう。魔法は既に使っているから良いよね。
試射したライフル銃を返却して、競技で使用するライフル銃(弾倉の弾は百発)を受け取り、その場で異常が無いか三人で点検する。
異常は無いので、日本支部に割り振られたスペースに移動して、如月学長の指示で三ヶ所に分かれて立つ。
ゴーグルとイヤーパッドを装着し、自分が中央に立ち、右に如月学長、左に井上中佐が立った。
ライフル銃を構えて、競技開始の合図を待つ。その間、自分は深呼吸を繰り返す。
競技開始を告げるランプが下から上へ順々に点灯して行き、一番上の青が灯った。
クレー射撃競技が始まった。
魔法で知覚を強化しているからか、射出される的の動きが遅く感じる。
一秒を十秒に引き伸ばしているので、これはある意味当然か。
正面に来た的――左右にいる井上中佐と如月学長の撃ち漏らしを淡々と撃ち落とす。
三人で撃ち落とすのだ。欲をかく必要は無い。正面に来た的を撃ち落とすだけで良い。
そもそも、的は百個と上限が決まっている。
百個を三等分するのなら、一人当たり三十個撃ち落とせば良い計算になる。焦ってライフル銃を構える腕を左右に動かす必要は無い。これは余分な動作だ。正面に来る的の数が少ないので、欲をかく必要も、焦る必要も無い。何より、撃ち落とした個数は自動で計測されるので、数える必要が無い。
黙々と正面に来た的を、ひたすら撃ち落として行く。
井上中佐は途中で復活したのか、徐々に左から正面に来る的の数が減って行った。
如月学長が一つだけ射出された的を撃ち落とした瞬間、ブザーが鳴った。
五分が経過するにはまだ早いと思うが、残り時間を表示する時計の下には、撃ち落とした的の個数が表示されている。そこを見ると、表示が百で止まっていた。残り時間はまだ一分近くも残っていた。
「時間内でコンプリートか。幸先が良い」
ゴーグルとイヤーパッドを外した如月学長が満面の笑みを浮かべている。
確かに幸先は良いんだろうけど、他支部からの反応が怖いな。
約一分が経過して二度目のブザーが鳴り響き、予選は終了した。
日本支部は百個で予選通過となったが、ここで問題が発生した。
イギリス支部とドイツ支部は共に九十九個で、同率の二位だった。
改めてやり直すとしても、『この二つの支部だけ優遇するのか?』と声が上がった。声に対応して、決勝戦に行く四組目を決める敗者復活戦が急遽行われる事になった。
アメリカ支部とフランス支部は『決勝戦に行くぞ!』と息巻いていた。イギリス支部とドイツ支部は『絶対に勝つ』と飢えた猛獣のように目をギラつかせていた。
日本支部は先に決勝戦行きを決めた、ロシア支部とイタリア支部と共に高みの見物である。
ランプが下から上へ順々に点灯して行き、一番上の青が灯った。
四つの支部が決勝戦に行く為の最後の一枠を掛けて、最後の一戦が始まった。
急遽行われた敗者復活戦だが、またしてもアメリカ支部とドイツ支部が共に九十八個で同率一位になった。
もう五つの支部で決勝戦を行えば良いんじゃないかと思わなくも無いが、スペースの都合上、会場には一度に四つの支部しか入れない。
明確に一位が決まった方が後腐れないと判断したのか。
敗者復活戦は追加で三回、計四回行われて最後の一枠を手に入れたのはイギリス支部だった。
決勝戦は二十分の休憩を挟んでから行われる事になった。
「何だか凄い事になって来ましたね」
改めて敗者となった三つの支部の面々の、絶望に満ちた空気が重い。今にも血涙を流す勢いで悔しがっている。厳つい男共――よく観察するとブラウン大佐が混ざっていた――が会場の床を叩いて嘆いている姿に、同情心を抱く事は無かった。逆に引いた。
ポツリと呟けば、マオ少佐が反応し、井上中佐は慄く。
「敗者復活戦が四回も行われりゃ、そう思うよな」
「個人的に、他支部の執念が怖いんですけど」
慄いている井上中佐には悪いが、一緒に決勝戦に出る人に怖じ気づかれるのは困る。けど、如月学長が『何時もあんな感じだぞ』と井上中佐の肩を叩いて落ち着かせていた。
これまでの競技終了後の他支部の状態を見ていないから判らないけど、井上中佐は『それもそうですね』と如月学長に返してから遠い目をした。
これまでの競技終了後も『ああ』だったのか。
知りたくなかったドン引く事実を知り、自分は呆れた。
さて、二十分と言う休憩時間は瞬く間に過ぎ去った。
決勝戦では、一人で五十個の的を全て撃ち落とす必要が有る。
全ての的を撃ち落とした三人の時間の合計で優勝が決まる。
二位決定戦は行われないので、緊張する。でも、井上中佐がガチガチに緊張していたので、少し気が抜けた。
決勝戦は如月学長、井上中佐、自分の順番で出場し、四つの支部が同時に行う。
遂に、クレー射撃の決勝戦が始まった。
クレー射撃決勝戦の平均達成時間は、制限時間ギリギリらしい。つまり、五十個の的を撃ち落とすのに、どこの支部の代表も三分近い時間を要している事になる。
事実、如月学長と井上中佐も、二分五十秒前後で全てを撃ち落としていた。他支部の中で最も速い時間は、二分四十五秒だった。
どこの支部の記録も大同小異だ。このままだと、三人目の記録で勝敗が決まる。
一瞬、如月学長はこれを狙って自分を三番目にしたのかと思ったが、決勝戦に進出した全支部の三番目は訓練生だった。
初めから訓練生は三番目と通達が来ていたのか?
ちょっと勘ぐったが、今は競技に集中しよう。自分の出番はこれで最後だしね。
予選同様に、ゴーグルとイヤーパッドを装着して、決勝戦に臨んで――失敗した。
予選と違い、決勝戦で魔法は使わなかった。だが、手を抜かなかった事を後悔する羽目になった。いや、手は抜いちゃいけないし、セタリアからおまけを貰う為にも本気でやったよ。
ただし、本気でやり過ぎて、全ての的を撃ち落とした記録が『二分』を切っていた。やっぱり、十メートルは近いな。
……ヤバい。今更だけど、目立つし、何か絡まれそう。
後悔先に立たずとはよく言ったものだ。
でも、自分が叩き出した記録が決め手となり、日本支部は優勝した。
次の競技の時間になった。だが、日本支部から出場するのはサイと佐々木中佐だけだ。
他支部は運動能力自慢が全員出場する。ちなみに、一人ずつ挑戦するらしい。
クレー射撃が会場内で行われていた間、会場の外ではロボットの手で複合障害物競走の準備が行われていた。
どこをどう見ても、日本の某年末テレビ番組の屋外セットにしか見えない。
反り立つ壁と回転する立方体の足場が設置されているので、尚更、某番組の屋外セットにしか見えない。
これがオリンピックで実際に行われた種目なのかと思うと、リアルタイムで視聴経験が有る身としてはちょっと感慨深い。実況の言葉選びが似ていたので、懐かしいと思った。
でもね。
「いや~、面白かったぜ」
遊び半分で出場したサイが、交流会過去最高新記録の二分二十四秒で踏破したところを見てしまうと、郷愁も消し飛んでしまう。
改めて、完全制覇した名もなきアスリートの方々はとてつもない努力を積み重ねていたんだなと思う。
日々の訓練内容的に、サイが踏破に失敗するのはおかしいから、出来て当然なんだけど……。遊び半分で挑戦したサイの記録が、十五人以上が挑戦しても――この内、九人が途中で回転する足場で足を踏み外して落下するか、滑る鉄棒や輪っか状の雲梯から落下するか、滑りやすい飛び石で足を滑らせて尻を強打してそのまま動けなくなりタイムアウトするなどして、リタイアした――超えられないどころか近づきもしない。
仮に踏破出来ても、その記録は四分五十秒を越えていた。
意外な事に、ゲルト大佐が四分五十八秒で踏破していた。ブラウン大佐は飛び石で足を滑らせて尻を強打し、そのまま動けなくなった。
佐々木中佐はどうにか踏破したが、その記録は四分五十六秒とギリギリだった。
その後も追加で二十人が挑戦し――アメリカ支部とドイツ支部に至っては、訓練生が出場していた――どこの支部も最高記録が四分三十秒を切らなかった。それだけでなく、追加で挑戦した二十人の内、約半数がリタイアする事態になった。
他の六つの支部が敗北宣言をした事で、日本支部の勝利となった。
複合障害物競走が終了した事により、他支部の空気がより一層重くなった。
残る競技は一つだけで、出場するのは支部長のみ。他所の支部長は本国からの派遣政治屋ばかりなので、期待は出来ない。
つまり、複合障害物競走が日本支部に一矢報いる最後の機会だった。
その機会を逃したので、他支部の士気は低い。支部長を応援する気力すら残っていない。
日本支部では、鞭を持った笑顔の松永大佐が『死ぬ気で走れ』と支部長を威嚇していた。
そして、とばっちりを受けたオランダ支部長を含めた八名で行われる最終競技、五十メートル走が始まった。
開始前に各支部の副支部長がやって来るトラブルが発生したけど、競技は各支部長が参加した。
五十メートル走の結果は言うまでもない。
八人の支部長が一斉にスタートした。そんな中、日本支部長が必死の形相で走り、見事一位でゴールした。
思っていた以上に支部長の走りが軽快だった。支部長が十秒台でゴールした事には驚いたよ。
けれど、八月に片足を負傷したとは言え、支部長は走っている自分に追い付いていた事を思い出して納得した。確かに、あの走りが出来るのならば、支部長が一位になるのはある意味当然か。
他所の支部長はたっぷり二十秒以上も掛けてゴールした。
最下位はオランダ支部長だった。
五十メートル走が終わった流れで、実況からマイクを渡されたオランダ支部長が息絶え絶えに『交流会の閉会』宣言した。
これにて交流会は終了したけど、本当に締まらない終り方だ。




