交流会は始まる前から雲行きが怪しい ①
野球用のバットを入れるような長さのケースの紐を、ショルダーバッグのように斜めに引っ掛けた自分は、皆と一緒にチャーター機から降りた。
眩しい陽射しの下、交流会の会場へ移動するが、早々にその移動先は三つに分かれた。
支部長、大林少佐、松永大佐、サイの四人が、支部長同士の軽い挨拶をする為に第一会議室に向かう。
如月学長と武藤教官は訓練学校の校長同士の、軽い挨拶と顔合わせの為に第二会議室へ向かう。
残された、自分、マオ少佐、佐々木中佐、井上中佐の四人は、一階の待機場に移動した。『待機室』でもなく、ただの『大ホール』でもなく、待機『場』なのは、待機室のような場所だったからだ。
待機室と言うには広過ぎて、ホールと言うには幾つもの長椅子とテーブルのセットが置かれている事が原因か?
何と言うか、だだっ広い食堂のような場所だ。何をするでも無く、待つだけの場所だから、『待機場』と命名された。
そんな解説をマオ少佐から聞き、自分と中佐コンビは『へぇ~』と感心の声を漏らした。
マオ少佐が言うには、会議室に用が無いものはここで待つのが決まりらしい。
そして、ここから先は『可能な限り英語で会話をする』事を求められる。それは同じ支部の人間同士でもだ。
適当な席に座り、マオ少佐から更なる説明を『英語』で受ける。自分は荷物を背負ったまま椅子に座った。席順は自分の右隣にマオ少佐で、正面に中佐コンビが座っている。
既にどこかの支部の人達が二つの塊となって席に着いていた。今回の日本支部以外の参加支部は、アメリカ、イギリス、イタリア、ドイツ、フランス、ロシアの六つで、来ていないのは残り四つか。
挨拶の類はしなくて良いのか、マオ少佐は他支部の事を無視した。
交流会の会場は陸上競技場みたいな建物だった。一応、スポーツ競技で交流を深めるから、会場を陸上競技場にしたらしい。スコール対策として、雨除けのドームも存在するそうだ。
陸上競技場の外には、保有する支部の本国の軍隊が訓練場として使用する場所も存在する。交流会ではこの軍隊向けの訓練場も使用する。
交流会に参加するのは、基本的に各支部のパイロットだ。しかも、交流会の参加者は訓練学校の卒業生を中心に選出される。士官学校の卒業生は一度利用経験が有るからこその選出理由だ。
軍隊用の訓練場を使うと言っても、交流会は『スポーツ競技で交流を深める』としているので、軍隊式の訓練は競技に可能な限り採用しない。
その証拠か。障害物競走が行われても、踏んだら後ろに吹っ飛ばされる地雷(非殺傷)踏破以上に危険なものは採用されないらしい。
非殺傷とは言え、地雷原踏破は十分危険だと思う。その辺はどうなんだろう?
「良いか。スポーツ競技による交流を謳ってはいるが、迂闊に他所の支部の奴を助けるな。『お人好しなら、ちょっとした嫌がらせをやっても、謝れば許される』と勘違いする奴が多いし、そう言う風に指示を出す支部も存在する。だから、基本的に絶対に助けるな。判断に困ったら、支部長か松永に判断を仰げ。この二人がいなかったら、如月か武藤に聞け。安易な自己判断はするな。必ず、交流会参加経験者の意見を聞け。そうしないと、俺らは一蓮托生だからな」
マオ少佐は何時になく、真剣な表情でそう締め括った。
一蓮托生は仏教用語で、『転生したら同じ蓮華の上に生まれ変わると言う』意味だった筈だけど、命運を共にする決意表明みたいに使われる四字熟語だから、『こんなところで使うの?』などの突っ込みは止めよう。
突っ込みは無粋と感じた自分と違い、井上中佐は恐る恐ると言った感じでマオ少佐に確認を取った。
「一蓮托生って、マオ少佐そこまで言いますか?」
「甘い! 蜂蜜とシロップを混ぜて煮詰めてそこに十キロ単位の大量の砂糖をぶち込むぐらいに甘い。ここは情け無用の戦場だと思え。敵を助けたら被害を受けるのは味方だ。情けは人の為ならずと言うが、ここで『情け』は『仲間を地獄に突き落とす余分』となる。交渉をして、こっちが有利になるように約束をしてから助けるのも控えろ。何時裏切るか分からねぇ」
マオ少佐は井上中佐の鼻先に右の人差し指を突き付けた。鼻先に指を突き付けられた井上中佐は『お、おおぅ』と言った感じで引いている。ずっと黙っている佐々木中佐は呆れていた。
ここで自分は口を挟む事にした。マオ少佐の物言いが余りにもアレなので、流石に自分も『確認を取らねば』と思った。
「マオ少佐、疑心暗鬼が過ぎません?」
「近づいて来た他支部の奴だけは必ず警戒しろ。昔、交流会で『支部内の情報の盗聴合戦』とかも起きたんだ。酷いと……女が交流会への参加を見送る原因の一つにもなったんだが、『複数人の野郎で女を囲んで支部内の情報を吐かせようとした』事件も起きたんだ。他支部の女が偶然この事件を知ったから、大っぴらになったんだが、支部間の力関係で危うく揉み消される寸前だったんだ」
おいおい。複数の男性で女性を囲むって、大事件じゃないか。中佐コンビも目を丸くしているが、衝撃が強いのか声が出ない。
……神崎少佐。出発前に渡された一品、早々に使いそうです。『どうせなら使っているところを撮影して』とか仰っていましたけど、支部長が嬉々としてやれと指示しそうです。いっその事、松永大佐に渡して、大林少佐と一緒に撮影班に回りたい。
心の中で本気でそう思ってしまった。
けれど、松永大佐に神崎少佐からの差し入れ品を渡したら、マオ少佐辺りが『なんでこんなもんを持ち込んだ!?』と叫びそうだ。松永大佐が持っている姿が無駄に似合っているのが怖い。如月学長と武藤教官は止めなさそう。中佐コンビはガタガタと震えそう。
それにしても、本当に『交流会』なのか。マオ少佐から話を聞いた限りだと、交流会とは思えない。
「何でもありですね。一体どこが交流会なんですか?」
「複数の支部が集まっているから、交流会なんじゃねぇの。昔のお偉いさんがこんな感じの似たような事を言ったらしい」
「言ったもの勝ちですね」
「そうだな……あっ」
不意に、何かに気づいたマオ少佐が視線を移動させて小さく声を上げた。釣られて自分と中佐コンビも、マオ少佐の視線の先を見た。
マオ少佐の視線の先には、オランダ支部の見知った男性大佐がそこにいた。自分は反射的に立ち上がろうとしたが、マオ少佐に肩を掴まれた。自分と同じ反応をした中佐コンビも、マオ少佐に手で制止された。
「ハルマン大佐?」
「おう、嬢ちゃんか。久し振りだが、何故、嬢ちゃんは学生服を着ているんだ?」
そう言ってハルマン大佐は胡乱な視線をマオ少佐に送った。
オランダ支部は今回の交流会には不参加の筈なのに、何故いるんだ?
「おいハゲ。てめぇこそどうしているんだ? オランダ支部は今回不参加だって聞いたぞ」
自分と同じ疑問を抱いたのか、マオ少佐がハルマン大佐に質問を重ねた。
「それか。ウチの支部長が、『長らく開催されていなかった交流会が開催されるのだ。無事に開催されて、終った事を見届けるものがいた方が良いだろう』と言って、無理矢理捻じ込んだんだ」
「良いとこ取りが狙いか。……ま、こっちを妨害しないのなら良い。飯は自前でどうにかしろよ。今回、食材は持ち込みだ。ハゲに食わすもんはねぇ」
そう締め括ったマオ少佐はハルマン大佐に向かって『あっちに行け』と言わんばかりに手を振った。
拒絶されてショックを受けたハルマン大佐は渋い顔になった。
「……そこを、何とかならないか?」
「ならねぇよ! それが狙いでここに来たのか!?」
「嬢ちゃんは? 飯を作るのは、嬢ちゃんが担当なんだろ?」
「う~ん。支部長と松永大佐に聞かないと何とも言えません」
ハルマン大佐には申し訳ないが、つい先程マオ少佐から色々と言われた身だ。ついでに食材を用意してくれたのは支部長なので、勝手に食べる人数を増やす訳にはいかない。
何より、佐々木中佐と言う『一人で五人前は食べそうな大食い』がいるので、一人当たりの最低限の食事量は減らせない。
「マオ、お前何を吹き込んだ?」
「交流会において当たり前の事を教えただけだ。つか、失せろ」
「仕方が無い。飯はケータリングで我慢するか。だが……マオ、月面基地で嬢ちゃんを見た時は正規兵の制服を着ていたのに、どうなっているんだ?」
一番聞かれたくない質問がハルマン大佐から来た。
顔見知りの卒業生に対して、ツクヨミにいる理由は『授業の一環』と回答した。階級章に関しては『無用なトラブルを防ぐ為』である。
どう答えてもハルマン大佐は納得しなさそうだと思いつつ、返答する為に口を開いた。だが、機を制するようにマオ少佐は自分の頭に手を置いた。
「こいつはな、成績が良過ぎてマツナガの下で実務経験を積んでいる最中なんだ」
「マオ、俺が嬢ちゃんに会ったのは、作戦直前の月面基地だぞ。嘘を吐くのなら、もう少し上手い嘘を考えろ」
自分がハルマン大佐と最後に会ったのは十月の下旬だ。たった二回しか会っていないだけでなく、一ヶ月以上も時間が空いているのに、よく覚えているな。
マオ少佐はわざとらしくため息を吐いてから、ハルマン大佐に向かって異議を口にする。
「ハゲ、てめぇこそ何を言ってんだ? 作戦が始まるって事は、『大量の人手を持って行かれる』って事なんだぜ。その意味は分かるだろ?」
「それはそうだが、……もしや、嬢ちゃんは手伝いに駆り出されたのか?」
「その通りだ。俺もマツナガから詳細を聞かされて、マジで驚いたぜ。ま、訓練生だと聞いて、引っ掛かっていた部分も解消された」
ハルマン大佐の質問返しをマオ少佐は肯定した。
「お前が感じた引っ掛かり? ああ、マツナガの下に異動するまでの空白期間の事か!」
「そうだ。訓練生なら、訓練学校に戻って当然だ。六月に日本支部の訓練生が実戦に巻き込まれたって話は、ハゲも知っているだろ? こいつが、その時に巻き込まれた訓練生だ」
「そうだったのかっ!?」
ハルマン大佐が目を剥いて驚いた。そこまで驚く程の……事だったわ。確か、訓練生が実戦に巻き込まれたら、他支部に公表するのが決まりなんだっけ?
それよりも、ハルマン大佐は気づいていないが、他支部の人達が聞き耳を立てているのが気になる。
「マオ少佐」
「分かってる。もう少し黙っていろ」
口を余り動かさずに、小声かつ『日本語』でマオ少佐の名を呼んだ。そうしたら、マオ少佐も聞き耳を立てている人達には気づいていたのか、自分の頭に乗せている手を少し動かした。ちらりと、これまでずっと無言の中佐コンビに視線を向けると、こちらは周囲の反応に気づいているのか、顔が少し強張っている。
どうやら、周囲に背中を向けているハルマン大佐だけが気づいていないらしい。
「まぁ、あれだ。細けぇ事はマツナガに聞け。こいつも、実戦に巻き込まれて良い思い出が無いんだ」
「良い思い出が無い――いや、そうだったな。悪いな嬢ちゃん。嫌な事を思い出させて」
ハルマン大佐が言った『嫌な事』と言うのは、『チームが駄目になった』事を指す。
その真実は、『全員生還したけど、チームは解散になった』だ。
チームが駄目になったその意味を、ハルマン大佐が『自分以外全滅』と解釈しているとしても、訂正する必要はない。訂正した方がよりややこしくなる。
悪かったなと、ハルマン大佐から謝罪の言葉を貰った時、待機場に新しい一団がやって来た。
その一団は一塊となって一つのテーブル席に腰を下ろしたけど、その中の一人の男性がこちらに向かって来た。
マオ少佐の口から心底嫌そうな声が漏れた。一体どこの支部かと思えば、ドイツ支部だった。
ドイツ支部と言えば、知っている人はクライン少佐しかいない。けれど、クライン少佐の姿は一団にない。そう言えば、日本支部よりも先にいた二つの支部にも女性の姿は無かった。
本当に女性兵の参加者がいないのかと、感心する。
近づいて来たドイツ支部の糸目の男性は全体的に厳つい印象だ。刈り上げている金髪の色素は薄く、軟らかい印象を見るものに与えるが、やっぱり『悪の元締め』みたいな顔をしているのが原因か? それにしても、この人物もハルマン大佐程じゃないけどデカいな。
マオ少佐にドイツ支部の人物が誰か尋ねると、『クライン少佐の上官のブラウン大佐』と短い紹介を貰った。
「久し振りだな、マオ! そんで、スベンはどうしているんだ? オランダ支部は不参加だろ」
「ハゲに聞け。あと向こうに行け」
「ブラウン、それはな――」
マオ少佐の言葉は無視され、この場でハルマン大佐の説明が始まった。マオ少佐が『場所を変えるぞ』の一言と共に立ち上がると、二人の大佐はほぼ同時にマオ少佐の両肩を掴んだ。
「つれない事を言うな」
「ブラウンの言う通りだ。俺もまだ聞きたい事が残っている」
「マジで他所に行け!」
マオ少佐は己の肩を掴む手を振り払い怒鳴った。
二人の大佐はマオ少佐の文句を無視して、質問を重ね始めた。面の皮が厚いと言うべきか? いや、心臓に毛が生えていると言うべきか? どんな神経をしているんだろう。
「マオ。何で嬢ちゃんを連れて来たんだ?」
「交流会開催の通達がギリギリだったんだ。訓練生を選出する時間を惜しんだ結果、こいつになったんだ」
マオ少佐の回答は嘘ではない。まぎれもない事実だ。
「事情は理解した。だが、飢えた獣しかいない交流会に、クラインのように男漁りを得意とするような気の強そうな女を選ぶのならまだ分かる。せめて男を選出しろ」
「その場合卒業生からの選出になるぜ。それでも良いのか?」
「流石にそれは駄目だろう。在校生と言う縛りが在る以上、それは違反行為に該当する」
「だったら俺に言うな。さっさと失せろ」
「待て。もう一つ質問が有る」
「どうした? 急に真顔になりやがって」
ブラウン大佐は自分の両脇に両手を差し込んで、自身の顔の高さにまで持ち上げた。十秒程度自分と見つめ合ってから、ブラウン大佐の首が、ぐりんと動いた。
「マオ、この嬢ちゃんの父親は誰だ?」
「朝っぱらから真顔で下世話な勘繰りをするなっ!!」
ドイツ支部では、『人の父親が誰なのかを尋ねる』事が流行っているのかね? 流行っているにしては、ブラウン大佐の表情は真剣そのものだ。聞き耳を立てている他支部の面々も、ちょっと体が動いた。
「断じて下世話な勘繰りではない! 父親があの人物で、今日連れて来た奴が嬢ちゃんに何かをやらかしたら、地獄を見るのは俺と支部長なんだぞ」
聞き耳を立てている面々の頭が動いた。何故同意するのか。他支部で困惑者が続出する。相対するマオ少佐は呆れる。
「躾がなってねぇな。そっからやり直せ」
「安心しろブラウン。父親は別の人物だぞ」
「これだけそっくりなのに父親は別の人物なのか。何の奇跡だ?」
ハルマン大佐の言葉を受けて、ブラウン大佐は自分に顔を向けて、糸目を限界まで見開いて驚いた。碧い瞳と目が合った。
「奇跡とか寝言を吐いてんじゃねぇよ。まぁ、保護者はあの野郎だがな」
「その言葉が事実なら、必要な情報だな」
聞き耳を立てている面々の頭が再び動いた。その姿を見て困惑したもの達は、遂に顔を見合わせた。中佐コンビも顔を見合わせた。
個人的には、顔を見合わせるんだったら、この状況をどうにかして欲しい。




