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レポート40 試着室の恐怖

 マイページのプロフィール欄に、


「健全で前向きなものを書きたい(下ネタ・過度の暴力・ホラーは禁)」


 としていた一文を、ひっそりと消去した。


 そう書いたのは、過激な描写をしたくなかったからで、特に性的なものは避けようと思っていた。


 が、気になって調べてみたら、下ネタという言葉には、性的なことだけではなく、排泄に類することも含まれているのだと知った。


 排泄のことなら、これでもかとネタにした。にも関わらず、自分では下ネタを避けているつもりだった。完璧な認識の誤りである。


 もうその部分は消せない。したがって、プロフィールのほうを潔く消した。



「しまった」


 エレベーターの扉が閉まったとたん、激しく後悔した。


「密室に自分から入っちまった。もしこれが開かずに、不気味なモンスターが出現したりしたら……」


 ゴキチョンの群れに襲われる映像が浮かんだ。エレベーターをみっしり埋め尽くすゴキチョン……考えただけで、狂い死にしそうだった。


「狂い死にって言葉は、検閲の対象かな。しかし、ここの表現はどうしても、狂い死にでなければならない。精神疾患の人を差別するつもりは毛頭ないが、ぴったりの表現があったら死刑になっても使うのが、小説家の魂なのだ」


 エレベーターは、勝手に上がっていく。2階、3階、4階……やがて、押してもいないのに、6階でチンといって止まり、扉があいた。


「よかった、なにも出なかった。だけど、いきなり6階かよ。こういう場合、上に行けば行くほど、強いモンスターが出てくるんじゃないのか?」


 そーっと足を出した。怖い。1階が、笑う果物だった。あれだって闘う気がしない。もう二度と1階には降りたくない。それが6階となると……想像を絶するやつらがうじゃうじゃ出てくる気がして、フロアに両足を乗せられなかった。


「あー、ダメだ。せめてショットガンかリボルバーがないと。ロケットランチャーも欲しい。いくら無双でも、これは無理だ。たった一人でこの化け物デパートをーー」


 思考の途中で、エレベーターの床がぼんっと弾み、6階のフロアに投げ出された。エレベーターはさっと扉を閉めると、恐怖で固まるぼくをあざ笑うかのように、猛スピードで降りていった。


「わーん、わーん、怖いよー。エレベーターが生きてるよー。そんなのヤダよーーー!」


 本気で泣いた。当然漏らしている。


「ああ、ズボンが冷たい。これは勇者にとって一大事だ。早く着替えなければ」


 なんとか立ちあがって歩きだした。が、濡れたズボンが太ももにくっつくため、ゾンビにライフを削られたゲームキャラみたいに、びっこを引く歩き方になった。


「あいにく6階は婦人服売り場か。別の階に行けば男物があるかもしれないが、移動はむちゃくちゃ怖い。なんとかこの階で、穿けるサイズのものを探そう」


 まずは下着だ。婦人用の下着コーナーへ行く。こんなところに来たのは初めてだ。これもまた冒険か、と主人公の宿命を感じる。


 穿けそうなものを物色する。どれもこれも小さい。広げて横に引っ張ってみたり、上から覗いたり、下から覗いてみたりした。


 不気味だ。こんなにたくさんあるのに、ぼくが穿けそうな下着がない。だが冷たいパンツをこれ以上穿きつづけるのは、もはや限界だ。


 ぼくは、特に気になった小さい下着たちを胸に抱えると、いそいそと試着室へ向かった。


 濡れたパンツとズボンを脱ぐとホッとした。鏡に自分の姿を映してみる。まあ、そんなに嫌いじゃない。


 ポージングをして、ニッと笑う。このデパートに来て以来、初めて少し余裕ができた。


 まずは、いちばん小さい、赤い紐のような代物を選抜し、穿くことに挑戦した。


「人生はチャレンジだ。勇気があれば、こんななんだかわからないものだって穿ける」


 鏡で見た。嫌いじゃない。しかし、この恰好でモンスターに立ち向かう気はしなかった。


「これじゃあ頼りない。もっと重ねて穿こう」


 小さい順にどんどん穿いていった。いろんな形、いろんな色、いろんな肌ざわりのものを。


 鏡に映すたび、ますます嫌いでなくなっていった。


「不気味だな。気がつかないうちに、自分が自分でなくなっていく気がする。しかし、嫌いじゃない」


 ぼくは鏡を見つめたまま、自分で自分の身体を抱き締めて、唇をチューの形にしてみた。


「嫌いじゃない。だけど、ちっとも勇者らしくない。いったいぼくは、どうなってしまったんだ」


 試着室の中で、頭を抱えてしゃがみ込んだ。そして、腕の隙間からそっと、鏡に映ったしゃがんだ下着姿の自分を盗み見た。


 PV1045

 LV10


 ほらー。レベルが上がったから、不気味になっちゃったじゃないのよ〜、んもお〜。


 前回の後書きで、作者の好きな短編集第1位を「人間の手がまだ触れない」だと紹介したので、今回は好きな短編第1位を紹介します。


「星ねずみ」フレドリック・ブラウン著、です。


 感動したんですよねー、ツボでした。この連載の中で、ガルが急に動物に戻って、メイド服を窮屈に感じて咬みちぎる場面を書きましたが、あれは「星ねずみ」のラストの名場面のパクリです。こっちはまるっきり、感動のない場面ですが。


 短い話ですので、ぜひ読んでみてください。

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