レポート39 悪夢の百貨店
この章は、モダンホラーの大傑作、ディーン・R・クーンツの「ファントム」を思い浮かべて書くことにします。
もちろん全然ちがうものになるでしょう。ホラーは書けませんから。
しかし、あれはもう30年も前になるでしょうか。当時モダンホラーの御三家と称された、キング、クーンツ、マキャモンの新刊が、怒濤のように訳された時期がありました。
どれもこれもぶっ飛ぶくらいに面白い。これで残りの人生に退屈はない、と思ったほどの質と量でした。
ちなみにわたしの選ぶベストは、キングが「IT」、クーンツが「ファントム」、マキャモンが「スワンソング」です。
「ここが街の入口じゃ」
平原の端まで来ると、まるで映画のセットに出くわしたかのように、いきなり都会風の景色が目に飛び込んできた。
「ファンタジーって、不思議ですね。ここから急に、線で引いたみたいに都会になるなんて」
「フォッ、フォッ、フォ。それがいいところじゃないか。ページを開いたとたん、ここではないどこかへ連れ去ってくれるのが物語の醍醐味じゃと、某直木賞作家も言うとったぞ」
それは恩田陸先生のお言葉だったかな、と思いながら、ぼくは舗装された道路に足を踏み入れた。
「フラ、どこへ行ってみたい?」
「お店!」
「よし。じゃあいちばんでかいデパートに行こう!」
それらしい建物を目で探した。すると西のほうに、〈夢の百貨店〉と書かれた10階建てのビルが見えた。
「あれがいちばん大きそうだ。行ってみよう」
フラと手をつないで、スキップで歩いた。かわいくって、最高の彼女。もしここが世界の中心なら、愛!って大声で叫びたいところだ。
「ねえ、ユメオ」
「なーに、スイートハート」
「どうしてこの街、人がいないの?」
ぼくも静かだな、とは思っていた。しかし、あらためて通りを見ると、静かどころじゃない。ぼくたち3人のほかに、人の姿は一人もなかった。
「……ゴーストタウン、ってことかな?」
「そうなの、アドバイ爺?」
「いや、山よりこっちのことは、全然知らんのじゃ」
「門番が、街には醜い争いがあるって言ってたけど、もしかして戦争で住人が滅んだのかな?」
「だけど、お店はちゃんとやってるようよ。建物の中には人がいるのかもしれないわ。行ってみましょう」
ぼくは、気が進まなかった。特に理由はないが、建物の中に死体があるとか、ゾンビが出るとか、嫌な展開になりそうな予感がひしひしとしたのだ。
「さあ、早く!」
フラが走った。なにかにとり憑かれたような、ものすごいスピードで。嫌な予感は、ますます強くなった。
「大丈夫でしょうか、アドバイ爺。あのデパートに行っても」
「なーに。建物は建物に過ぎん。人がいないのになにを売っとるのか、ひとつ見てやろうぞ」
アドバイ爺が、空中をスーッと移動していき、自動ドアからデパートの中に入った。ドアがあいたところを見ると、電気はきてるらしい。ということは、どこかに人間もいるのだろうか?
びくびくしながら、ぼくも夢の百貨店に入った。
「ピンポンパンポーン!」
「わっ! 店内放送か。びっくりした」
「えー、業務連絡、業務連絡、なんちゃって。わたしよ、ユメオ」
「なんだ、沼か」
「そこ、人っ子一人いないようね」
「そうなんだよ。なんだか不気味で」
「じゃあ今回は、こうしましょう。レベルが上がるごとに、出てくるモンスターの不気味度も上がるの」
「なんでだよ! 逆にぼくのモチベーションが下がるよ」
「趣向よ。読者って、案外不気味なものが好きなんじゃない?」
「どうかなあ……ぼくは嫌いだけど」
「読者ファーストでやりなさい。主人公をとことん苦境に追い込めって、『ベストセラー小説の書き方』の中でディーン・R・クーンツ先生もおっしゃってたでしょ」
「怖いの、ヤなんだよ」
「やりなさい、とことん。あなた自身の悪夢をぶっこくのよ」
ピンポンパンポーンと口で言って、店内放送は終わった。
シーンとなった。やはり誰もいない。
なのに、明かりはついている。しかも、1階は食料品売り場だったが、普通のスーパーのように、いろんな品物が豊富に揃えてあった。
「新鮮そうな果物がたくさん置いてある。そこが逆に不気味だ。いったい誰が、これらを運んできて、ここにきちんと並べたんだ」
ぼくは、お腹が空いていたこともあり、リンゴを1つとって齧ってみた。
「うふふ。いたーい」
「だーーーーーーーーーーーっ!!!!」
ぼくはリンゴを放り投げた。リンゴがしゃべった!
「もっとかじってえ〜。わたしをたべて〜」
出口にダッシュした。うふふ、うふふという、果物たちの笑い声の合唱が、妙になまめかしく追ってきた。
自動ドアの前に立った。開かない。くそっ! 閉じ込められちまった。
フラとアドバイ爺はどこへ行った?
ぼくは食料品売り場を振り返った。
果物たちは、大きく口を開けて、ゲラゲラ笑っていた。
ぼくは悲鳴をあげ、とにかく逃げることだけを考えて、エレベーターの中に走り込んだ。
PV997
LV9
レベル9でこの不気味さか。みなさん、PVを上げすぎないように願います。
笑う果物のイメージには、元ネタがあります。
ロバート・シェクリイの「人間の手がまだ触れない」です。
前回、わたしの小説1位は「プリズンホテル」だと書きましたが、あれは長編の話。短編集の1位は、同タイトルの短編を含む「人間の手がまだ触れない」です。
アイデアの衝撃が、一生忘れられない。




