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-77- もう、いいっ!

 損ばかりしている冬木という定年前の老刑事がいた。何ひとつ上手うまくいったためしがなく、上手くいった事件も、気づけばいつの間にか若手の青葉に持っていかれているのだ。その都度、冬木は、もう、いいっ! と一人、つぶやいた。だが、次の日の朝になれぱ不思議と考えが変わり、今度こそ…と思いながら勤務についているのだった。

 そんな定年が迫ったある日、珍しく冬木に損にならなそうな軽い事件が巡ってきた。自動車の盗難事件である。それも持ち主が買い換えたばかりの数百万円の高級車であり、指紋などから犯人が特定でき、いよいよ重要参考人として、男の同行を求められる運びとなっていた。冬木は天が与えた最後のチャンスだ…とばかりに意気込み、男の身柄確保へと向かった。

「ヤツが現れましたっ!」

 青葉が勇んで言った。

「よしっ! 取り逃がすなっ!」

 俺のあとから先にも最後の晴れ舞台だからなっ! と冬木は思ったが、そこまではさすがに言えなかった。冬木と青葉が男の前後に分かれようとしたときだった。冬木の胸ポケットの携帯が振動した。

「はい! これから確保するところです。ええっ!! 被害者が届けを取り下げたですって! どういうことですっ! …はいっ、…はい、… そうですか。分かりました!」

 冬木は半分、自棄やけになって携帯を切った。電話は刑事課長からだった。

「どうしましたっ、冬さん!」

 青葉が冬木の顔をうかがいながらたずねた。

「害者の健忘症によるド忘れだと…」

「どういうことです?」

「この男に、買った新車をひと月、貸したんだとよ」

「なんだ…そうでしたか」

「今度こそ、もう、いいっ!」

 冬木はまた呟いた。

「えっ?」

「いや、なんでもない…」

 二人はトボトボと署へ帰還きかんした。冬木は葉を落としたように足どりが重かった。


               完

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