おかえり
第4章、始まります。
「アルバン!アルバン!」
「お待ち下さい、姫様!廊下を走っては、危のうございます!」
俺は言われた通り、王宮の廊下を全速力で走っていた。
訓練を重ねて体力アップした今の俺に、侍女達は付いて行けずに段々と距離を置かれる。
だが、ベセルが側にいるのは流石。
そんなバタバタした集団を、警備兵が唖然とした表情で見送った。
「アルバン!聞いたぞ!」
「………礼儀がなってないぞ。」
先触れもノックもすっ飛ばして部屋へ駆け込む。
バァンと勢いよく開かれた扉の騒音に顔をしかめたアルバンが、部屋のソファに座っているのが見えた。
「俺の部屋だからいいじゃん」
後ろに続いたベセルが、部屋の前に立っていた警備兵と言葉を交わし扉を閉めた。
一緒に中に入ったが、そのまま扉の前に立つ。
それよりも!
「……お元気でいらっしゃるようでなによりでございます」
俺が来たことにより、アルバンの前から移動した彼女は、以前よりかは若干弱々しくそれでも笑顔を浮かべてこちらを見ていた。
「ラウニ!もう、大丈夫なのかよ!」
そう、ラウニが復帰したのだ!
俺は真っ直ぐにラウニに駆け寄った。
アルバンがちょっと眉をひそめたが、無視無視!
俺は勢いよくラウニの二の腕を掴んで、近くからじっくりと観察する。
「はい。アキラさま。ご心配おかけして申し訳ございません」
そういうけど、病み上がりだから全体的に痩せてしまってる。
髪は焼けてしまってまだ伸びていないから、頭全体をすっぽり覆う帽子を被っていたし、顔色は良い方だが、顔や襟元から見える肌にはくっきり火傷の跡がまだある。
これは、完全に跡が残っちまってるな。
コレ、消せねーのか?
「女の子なのに、こんな跡が……。アルバン、なんとかならねーの?」
「…出来ないことはないが…」
「良いのです、アキラさま」
キッと思わずアルバンを睨んじまった俺を、ラウニが押し留める。
ラウニは困ったような微笑みを浮かべていた。
「わたしがこのままでとお願いしたのです」
「ラウニ」
「アキラさまはお優しい。わたしを心配してくださり、お許し下さいました。でも、わたし自身が許したくないのです。どうぞ、このままでいさせて下さい」
この火傷の跡を、自分への戒めにしたいとラウニは言った。
これは、そんな事気にしなくていーよといくら言っても無理だな。
こうと決めてるラウニの心は変わらないだろうし、無理に変えさせてもそれは俺のワガママだ。
「いーのか?」
「はい」
「……わかった。でも、俺の事はともかく、好きな男でも出来たら、なんとかしてやるからな。ちゃんと言えよ」
「……え?」
「やっぱり、女の子だからな。キレイでいたいもんなんだろ?まあ、変な男だったら、そもそも許さねーけどな」
ポカンとしたラウニの二の腕をふにふにと揉む。
「それから、もうちょっと食って、体じゅ………体を戻せよ。痩せすぎはよくねー」
女の子は柔らかいのがサイコーだ!
「……お前は、ラウニの親か何かか」
はあ、と呆れたようにアルバンが声をかける。
「ええ?ラウニは、俺の専属侍女だろ?身内みたいなもんじゃん。アルバンだってそーじゃねーの?」
「……まあ、ルーには信頼は置いているがな」
「光栄でございます」
目立たぬように控えていたアルバンの専属侍従が答える。
あ、この人ルーっていうのか。今更だけどな。
そんな事思ってると、掴んでいたラウニの腕、いや体が震えていた。
「……ラウニ?」
「アキラさま……っ!まだ、わたしを専属として置いて下さるのですか?」
「へ?ラウニ、辞めたかったの?」
当然、復帰なら専属に戻るんだと思ったんだけど。
「だったら無理には言わねーけど?」って言ったのに、ラウニはくしゃりと泣きそうに顔を歪めた。
そして、俺の手をすり抜け片膝をついた。
「神よ。ここにこうしていることに感謝いたします」
「ラウニ?」
「アキラさま。我が心我が命全てアキラさまに捧げます。どうか、私が側にいることをお許し下さいませ」
……ごめん。
正直、ドン引きだ。
よくわかんねーけど、コレって【忠誠を誓う】ってやつだろ?
なんで俺なんかにこんな事するわけ?
周りもなんのツッコミもねーし。
うーん。これも、ここじゃ当たり前ってー事なんだろーか。
見上げるラウニの瞳は真剣だし、なんだかうるうるしてる。
こんな重々しいの、やめてほしーけどな。
……あー、しょーがねーなぁ。
「…わかったよ。でも、少し言い直してくれねぇ?」
「アキラさま?」
「側にいることは許すよ。まあ、心や命っての捧げるってのも、そうしたいならそうすればいい。ただ、全てはいらねー」
「そ、それは、いかなる……」
「全てって言われると、なんかこえーよ。せめて、自分の心と命はちゃんと守って、余裕分だけにして」
「アキラさま」
「俺、ラウニが好きだからさ。頼むよ」
「……かしこまりました。アキラさまの仰せのままに」
う、うーん。
まだ重いけど、まあいっか。
「んじゃ、立って」
いつまでも片膝をつかせるのは居心地が悪い。
もう1回腕をとって促せば、ラウニは素直にしたがった。
今の俺より背が高いラウニ。
侍女としては(多分)優秀で、俺にここの常識を教えてくれて、羽目を外し過ぎれば叱ってくれて。
なのに、予想外な事が起きればダメっ娘になって、意外と泣き虫で、今も、目尻にほんの少し涙が見える。
なんだか、年上なのに可愛いよな。
うん。
守ってあげなきゃ。
「ラウニ、触るよ」
え?今更?って表情を浮かべたラウニに、ぎゅっと抱きついた。
身長差でもにゅんと胸に顔が埋まったのは嬉しい誤算だが、ちゃんと言わなきゃな。
「おかえり、ラウニ」
またラウニの瞳にじんわりと涙がにじみ、アルバン、ルー、ベセルが微笑ましく俺たちを見ていた。
アルバンの専属侍従は私も忘れていました。
急に存在感だしてしまいましたが、後々彼視点の閑話を作ろうかと思います。