第27話 教えて?ヴィーナ先生!
翌朝。
「特訓!お付き合いします!」
昨日と同じように早めに起きて特訓へと向かった。
既に誰かがいるようだ。ラウラさんとセバスチャンさん、そして……あれ?
あのオレンジ色の髪ではない。透き通る水色の髪。背丈はカミラさんよりも低い。それにあのモコモコ寝巻きではない。淡い青色のタイツに涼しげだけど生地が薄いわけではないワンピースを着た少し華奢な女性。
そこにいたのはヴィーナさんだった。
「お願いいたしますわヴィーナさん!」
「はい!頑張りましょう!」
「皆さんおはようございます。ヴィーナさんどうしたんですか?それにカミラさんは?」
「昨日カミラさんから特訓の先生を頼まれまして。カミラさんは朝はちょっと弱いですからね。今日は私が代打を務めますね!」
カミラさんの代わりにヴィーナさんが来たということか。昨日も最初は眠そうにしてたもんな。連日の早朝はきつかったか。
「そういうことでしたか。ヴィーナさん何卒、何卒よろしくお願いします」
深々とお辞儀をした。先生にしっかりしていただけなければ僕の命が危うい。
「はい!こちらこそ!お話は聞かせていただきました!それに何度かうまくいっていたとも聞いています!すごいですねラウラさん!」
「ええ!そうなんです!着実に成長しているんですわ!」
「一度でもできるようになればきっとまたうまくいきますよ!自信を持って、今日も頑張りましょう!」
両者とも両手をグーにして互いに高め合っている。ヴィーナさんの一生懸命さがとても可愛らしく見える。
改めて思うけど、うちの団の女性陣は綺麗な人が多い。ここ数日ラウラさんには何度か殺されかけて忘れていたがこの人もとても綺麗な人だ。立ち居振る舞いも背筋がいつもピンと張っていて堂々としているし姿勢もいい。リーホワさんとはまた違う気品を持っている。
カミラさんも最初こそぼやーっとしていたがスイッチが入ってからは凛としていて美しかった。
そして水龍族のヴィーナさん。朝日に照らされてキラキラと光る長い尻尾の鱗が、透き通る海の中から太陽を覗いたように輝いて見える。あのポニーテイルに束ねた水色の髪の毛もまた然り。そこにいるだけで周りの空気を浄化していそうなお上品さがあるひとだ。
僕は恵まれた場所にいるなぁ。朝からこんな二人とお話ができるのなら早起きも悪くないものだ。うん毎朝やりたくなる。
「プレンツ様。」
「なんでしょう」
「お気持ちはわかります」
美人に臆していたことをセバスチャンさんに勘付かれてしまった。確かに無意識に腕を組んで遠い目をしていた。ちょっと恥ずかしい。
しかもセバスチャンさんのお世話している人にそういう目を当てたんだからな。気まずいな。
「我慢しないで先にお手洗いに行ってください」
「全然違いますけど」
勘違いだった。別にモジモジしていたわけではないのだけど。いつもザ執事の格好をしている白髪混じりのニヒルなセバスさんは朝からいつも通りだ。
「ではラウラさん私に向かって魔法を撃ってみてください」
「わかりましたわ!」
ある程度距離はあるけど大丈夫かな。あんな華奢な身体であの水量を?
フェルナンさんの護衛はいいのか。今史上最大の危機がヴィーナさんに降り掛かろうとしているけど。というかフェルナンさんがヴィーナさんと一緒にいるところ自体そんなに見ない気がするな。仲が悪いわけではないと思うけど。お付きといってもラウラ、セバスのお姫様執事コントが常に行われていないのと同じか。そもそもラウラさんの護衛って多分この世に務まる人間のほうが少ないだろうし。本人より強い護衛を探すのが難しいとは難儀な悩みだ。だから身の回りのお世話のためにセバスチャンさんはいるのだろう。
「はぁ!」
そんなことを考えているうちにラウラさんがヴィーナさんに向けて水柱を放つ。
凄まじい勢いでダム放水はヴィーナさんに向かっていく。ヴィーナさんは左手を軽く上げて水柱の軌道を変えた。ヴィーナさんの実力は知っていたとはいえ結構心配していたけど見事なものだ。カミラさんと同じでそのまま遠くに飛ばすのだろう。
いや違う。飛んでいった水は上空で球状になっていた。
「その調子です!まずは全部出してみましょう!」
ヴィーナさんがそう言っている間に全ての水があの水球に吸い込まれていく。
「ヴィーナさんこれは?」
「カミラさんからは『そのまま吹っ飛ばしとけばいいヨー』とのことでしたが飛ばされた先がどうなっているか心配なので貯めることにしました」
カミラさんの声真似を混ぜながらヴィーナさんは
続ける。
「とはいってもカミラさんはかなり上空に飛ばしていたとのことだったのできっと雨や霧になっていたでしょうけどね」
「ここで対処できてしまうのであればそれに越したことはないですな」
口髭をピンと整えつつセバスさんが頷く。
「きっとカミラさんもできたでしょうが、教える側も日々成長しているということでしょう」
なるほど、1日程度ならゲリラ豪雨っぽいスコールと思ってくれるだろうが連日だとどうなるかわからないからな。
シンプルにヴィーナさんが気配り上手なだけって気もするけど、そういうことにしておこう。
「ちなみにですけどセバスさんはあのヴィーナさんのやってることできるんですか?」
「ある程度の水量ならともかくお嬢様の水量と勢いでは無理ですな。最初から尻尾を巻いて逃げます」
「そうですか」
ほんとにこの人お付きの人なのか……。
ラウラさんが水を出し続けて10分ほど経った。水球はもう測れないほどの大きさになっている。
「はぁはぁもう限界ですわ……」
力を使い果たしたラウラさんはその場に座り込んでしまった。
どうやら出し尽くしたらしい。力尽きる時間は昨日とほぼ同じだ。
水球に太陽が反射して地面に綺麗な波紋が描かれている。見た目は綺麗だが、頭上に恐ろしいほどの水が浮かんでいると思うと恐怖もまた襲ってくる。突然落ちてきたらひとたまりもないだろう。
「ラウラさん頑張りましたね!」
「は、はい〜頑張りましたわ〜」
流石のラウラさんもお疲れのようだ。よしよし。
「ラウラさんお疲れ様でした。それにしてもヴィーナさんこれどうするんですか?すんごい水の量ですけど」
とんでもない大きさの水球だ。地面に窪みがあれば池ができるのではないか。いや池といわず湖ができる水量といっても過言ではないだろう。
「……?」
首をちょこんと横に傾げハテナを浮かべるヴィーナさん。なんですかその人畜無害そうなお顔は。なんですかそのおとぼけ顔は。
「あーーー……。集めておいて今後どうするとかは気にしていなかったですが」
「してなかったんですか」
「てへへ」
あの表情から察せられたけどノープランでとりあえずここまで溜めたんですか。案外抜けているところもヴィーナさんのかわいいところだ。かわいいけど『てへへ』で済ませられる水の量ではない。
——この人は無自覚に異性を翻弄してしまうある意味危ない人だ。完璧な人よりも少しドジな方が人間味があって好かれるものだ。これは僕の好みの話をしているわけではない。
……まあ好みですけれども。
「あ!そうですね!下に流しましょう」
そう言うと頭上の水球の一部がヴィーナさんの周りを囲んだ。
「皆さん危ないのでもう少し下がっててください」
言われるがまま後ろに下がる僕たち。
「えい!」
ヴィーナさんの周りに浮いていた水が右足を上げると集まり、水を纏いながら踏み込んだ。
右足が地面に着いた瞬間、水も同時に地面に吸い込まれていった。
メキメキと地面が割れるような音がした。直後踏み込んだ足を中心に地面に亀裂が走った。なんだ今のは何が起こったんだ。さっきの水はどこに?
「……今何をされたんです?」
「地下には地下水脈がありまして、そこにちょっと流させてもらおうかなと」
亀裂からヴィーナさんが離れると水球がゆっくり亀裂に向かい近づいていき、地面に吸い取られていった。
「地下にはこの量でも蓄えられるほどの空間がありますのでこれで解決です!」
微笑むヴィーナさん。
「す、すごいですね」
少し引いている僕。さっきの音はまるでどころかちゃんと地面が割れる音だったのか。
「えへへ〜。そんなこと〜ないですよ〜」
身体をくねらせて頬に手を当てている。
かわいいけどさらっとやった先程の魔法、相当なな威力なのではないか。
地下水脈ってこんなお嬢さんが踏み込んで作った地割れで達せられる距離なのか?
技術にすごいというよりは畏怖の念を込めていったのだけど、ま、かわいいからいいか。
あれが攻撃に使ったらどうなってしまうのかなどの思考を放棄して、ただ目の前の誉められて喜んでいるお嬢さんのことを考えていた。




