第13話 指の先
温泉を後にしてガルニエに着いたら少し陽が傾いてきた。なんとなくガルニエの周りを歩いていた。そのまま先日行ったカフェを通り、夕方の街並みを散歩することにした。
思えばひとりで街を歩いたことがなかった。
リスタニアの街並みが滅ぼしてしまった街と重なる。
あの街もあんなことが起きなかったらと考えてしまう。
遠くに大きな建物が見える。もしかしたらあそこが王宮なのかもしれない。
国を維持するというのはただ食糧を作るだけではない。
世の中には意見が違う人がいる。欲望の先がみんな異なる。
食料、土地、宗教、文化、信じるもの、人、環境、力。
それらを守るため、増大させるには武器を持たなくてはならない。その武器は攻めるのにも守るにも使う。このサンリスタニア王国だって多くの争いの上で成り立っていると舞台で知った。
だがどんな国だって戦い、侵略し土地を守ってきた。
でもだからって無抵抗の人達を殺してはならないはずだ。
気がつくと広場に着いた。直径100メートルぐらいだろうか。広場の中心には像が立っていてその周りで子供たちが遊んでいた。
「あらあまり見ない子だね」
そう言いながら近づいてきた女性。お腹が大きい。どうやら妊婦さんのようだ。
「こんにちは、坊や」
「こんにちは」
「この辺りの子かい?」
「いえ、ぼくはえっとFlying Twinkle Caravanという劇団の関係者でして」
「まぁ!エマ!この子ステラッチェ団長のところでお世話になってるんですって!」
「え!ほんと!!」
「う、うん。そうなんだ」
エマと呼ばれた少女と一緒に遊んでいた子供達が僕を囲った。
まだ団に入って三日ほどしか経ってないけど。
「毎日、ステラッチェ団長と会ってるの?」
今度は男の子からの質問だ。
「うんもちろん」
「どうやったらあんな魔法が使えるようになるの?」
「えーでもこの人も子供じゃん」
「でもでも子供も演技してたよー!」
「やってたやってた!」
「お兄ちゃんも魔法見せてよ!」
「そうだそうだ!」
「おねがーい!」
「えっとぉ」
矢継ぎ早に子供達から質問攻めをされてしまった。
子供達のキラキラとした目が僕を見つめている。
確かに使えるには使えるけど魔法を消す魔法なんて映えないし、魔法自体も透明で見えないから出しても何もわからないだろうし。どうしたものか……。
「ちょっとみんな!お兄ちゃん困ってるでしょう。」
エマちゃんのお母さんと思われる女性が助け舟を出してくれた。
「ごめんなさいね。この子達ったらあなた達の劇を見てたらずっと虜なのよ。さっきも劇ごっこで遊んでたの」
「そうだったんですね。ごめんなさいお見せできるようなものがなくて」
「いいのよ。気にしないで」
ぼくもこの劇団の人はみんな派手な魔法を使える人しかいないと思ってたから無理もない。
でもぼくも何かできたら良かったな。
自分の力不足が歯痒い。
「では!代わりに私がお見せましょう」
振り向くとステラッチェ団長が天に手を伸ばしていた。
掌から無数の光が飛び出して広場全体に広がり像の上空に集まった。そして光は弾けて花火が上がった。星やハート、生き物、楽器、幾何学模様など七色に輝いた花火は広場のみならず街全体を夕焼けのキャンパスに色を飾った。
「やぁプレンツ。どこ行くのかなと思ってこっそりつけて来たら助けが必要そうだったから、つい」
突然の出来事に唖然としてしまった。
いやびっくりしたのは確かなのだけれど団長にもびっくりしたけど、ただ手のひらをくるりと回しているだけでこんなに綺麗な魔法が放てるなんて。
「わーすごいすごい!」
「本物だ!本物のステラッチェ団長さんだ!」
「もっとやってよ!」
ステラッチェ団長が膝を折り女の子に目線を合わせた。
「うん。もちろん。こんなにかわいいお嬢さんにリクエストされちゃ応えなきゃね」
再び大きく腕を振り空気を救うように掌から光の球をいくつも出した。
光の軌跡が美しい螺旋を描き広場内を駆け回った。
いつの間にか広場に人が集まってきた。
無数の光球は魚、鳥、馬と形どり最後は一点に集中したかと思えば拡散し七色の光の塵がゆっくりと広場に降ってきた。
お辞儀をするステラッチェ団長に集まった人達が拍手をした。思わずぼくもしてしまった。
「どうだったかなお嬢さん?」
「すっごいすっごい!」
「なんでそんなことできるの!?」
「もう一回やって!」
「いっぱい食べていっぱい練習したらきっとみんなもできるようになるよ。もうそろそろ暗くなっちゃうから今日はここまでだよ」
「「「「「え〜〜」」」」」
「ほらステラッチェ団長さんがそういうんだからみんな帰りましょう」
「うーーーん。わかった!じゃ!また!またやってね!」
「明日!明日もやって!」
「明日は公演があるからダメなんだごめんね!でもいつかまた遊ぼうね!」
手を振り子供達を見送るぼくら。
即興であんなことができるなんて。
この人は光だ。
子供達に光を見せることができる。夢を見せることができる。羨ましい、と思ってしまった。
これだけの魔法の才覚を余すことなく人の喜びの為に使える人が他にいるのだろうか。
自分の無力を痛感していたところにこの人の光は少し眩しすぎた。
公演を見たときも思ったが改めて、この人の人格こそがFlying Twinkle Caravanの魅力なのだろう。
ステラッチェという光に観客とそして団員達も虜になっているのだ。
「ありがとうございます。劇も感動しましたけど今の光もとっても綺麗でした」
先程の女性がステラッチェ団長にお礼を伝えた。
「そのお言葉をいただけるように私達は日々努力しているので、とても嬉しいです。今日は舞台がお休みでしたのでこのくらいは些細なことです。子供達に満足してもらえて良かったです」
「ええ。最期にこんな綺麗なものが見せられて良かったわ」
「———そうですね。」
ん?ステラッチェ団長が少し顔が暗いような。陽が落ちてきたからだろうか。
少し地響きがする。また地震か。
「もう劇は見られないだろうけど私達応援しています」
「とても嬉しいです。ありがとうございます」
もう劇が見られない?別にそこまで言わなくたって確かにあと少しでこの国での公演は終わってしまう。だけどまたいつかこの国で公演をするかもしれないじゃないか。
チケットが実はものすごく高価だったりするのだろうか。でもそんなに裕福な家庭でもなさそうだし。言い間違えたのかな。
「プレンツ。そろそろ行こうか。少しはしゃぎすぎた。こっそり付けてきてごめんね」
小走りでそう言いながら謝るステラッチェ団長。
「いえ、魔法を見せてと言われて戸惑っていたので助かりました」
あんな立派なショーをされたのではぼくでは何をしても敵わなかっただろう。
実は滑空でもして誤魔化そうかと思っていた。
すっかり陽が落ちてしまった。夕焼けの残りと夜の帷が混ざり合い空が紫色とピンク色が絵の具を落としたように混合していく。
広場を後にしながら先程の会話について聞いてみた。
「さっきの女性なにか変なこと言ってませんでした?劇を見るのが最後だなんて。もうサンリスタニアで公演をしないのが確定だと言わんばかりの」
世界一の魔法劇団ともあってスケジュールがかなり詰まっていて先が見通せないなどがあるのだろうか。一度公演した国にはもう来ない、みたいな噂があるとか?だからって子供達がお年寄りになる前ぐらいにはまた訪れることはあるだろうに。
どうしてわざわざあんな言い回しをしたのか。
「もうこの国では公演できないだろうからね」
ステラッチェ団長がそう言った。思いがけない一言だった。だけど、言葉のトーンからそれが団長の意思で訪れないと言ったわけではないと感じた。
「……なぜ、なんですか?」
「私達の公演が終わってから半年後にイエローストーンの火山が噴火してしまうからだよ」
「え?」
「サンリスタニア王国はその噴火と共に滅びる。公演をしないんじゃない。もう、できないんだ」




