第8話 表紙を開いて
団長に連れられて街を歩く。
やってきたのはカフェだった。店先の扉や窓の上を覆うように花が飾られていた。店内に入ると深い緑色のエプロンを着た綺麗な店員さんが出迎えてくれた。
「あ、お久しぶりですー!お変わりないようで」
「お久しぶりです。ええ。また帰ってきました」
「またこちらでも?」
「ええ。そのつもりです」
「まあ!絶対見に行きますね!そちらも団員さんですか?」
「は、はじめましてプレンツです」
そういえば団長の迷惑にならない程度には愛想良くしておかないといけなかったな。ドイツ語はそんなに話せないけど。笑顔で誤魔化そう。表情とジェスチャーこそが万国に通じるコミュニケーションだ。
「少し前からうちに入った子なんです」
「へぇ!まだ子供なのにすごいですね。あ、すいません話し込んじゃって。ご注文お伺いしますね」
なんとなく何を話してるかは雰囲気でわかるものだ。カフェで話す言葉なんて大体想像がつく。あとは知っている単語をなんとか拾ってつなぎ合わせればなんとかなる。
「じゃサンドウィッチをそうだな。んー。5つお願いします。あとカフェオレも同じ数を」
「お持ち帰りですね。お待ちください」
店員さんは僕がドイツ語が不慣れなのをわかったのかあまり話しかけてこなかった。メニューを見たらドイツ語とフランス語が書いてあった。多言語が公用語の国は大変だなぁ。
団長がお金を払ってサンドウィッチなどが入った紙袋を受け取った。店員さんたちがみんな団長を見てキャーキャー言っていた。噂通り有名人のようだ。
無造作に先ほどもらった袋を鞄に入れる団長。カフェオレが鞄の中でこぼれたりしないだろうか。特に気をつけて仕舞っている仕草はなかった。カフェオレの染み渡ったサンドウィッチは想像したくないところだけど。
鞄の中がちらっと見えたけど真っ黒だった。なんだこの鞄どうなっているんだ。鞄の中身なんて暗いものだけど、もっと形容しづらい黒さだった。
それから銀行に寄ったりしたが書類などが濡れている様子はなかった。諸々の用事に付き添ってガルニエに帰った。
「ごめんねいろいろ付き合ってもらっちゃって」
「いえ。社会勉強です」
「私たちのはだいぶ特殊な社会勉強になるけどね」
「いろんな国で請求だとか契約書とか交わしているみたいですけど大変じゃないですか?」
「めっちゃ大変」
「ですよね」
「世の中いい人ばかりじゃないのがね。聞いたこともない会社から土地の使用代が届いたりね。合ってるかわからないときは契約書を引っ張り出して本当に合っているのか確認したり、言い始めたらキリがないけど」
「それはその……大変ですね」
ジェスチャーを加えつつ呆れ顔で団長は続ける。
「ただそういう事務作業が苦じゃなかったり得意な人もいるのがこの世の中なんだよね。好きって人はそうそういないだろうけどなんていうかルーティンワークが好きなタイプとかね。私は全然そういうタイプじゃないからなぁ」
杖をぐるぐると振り回しながら空を見る団長。
「アンティエさんも事務処理をよく手伝っていますよね。あの人はいつもこうビシッとされてますから見た目通りというか」
「アンティエは元々お堅い公務員だったしね。一度まともな社会人を経験してからうちにきているからそういう経験があるんだよ」
「そういえば何処かでそんなことを聞いたことがありますね」
「私が旅に出始めてから結構すぐ一緒に来てくれてね。いろいろ勝手をわかってくれてるんだ。ありがたい話だね。あとは気を失うまで飲むのをやめてくれればね」
「そういう印象もありますね。」
ガルニエに戻って長い廊下をふたりで歩む。時々ラピス社の人とすれ違う。ラピス社の社員さんは人間、亜人といろんな種族や人種のひとがいるようだ。すれ違う人に挨拶をしながら執務室へと歩く。皆さんはなかなかいい筋肉をしている。
「執務室は改装しないんですね」
「執務室なんか最悪机と収納とかがあればいいからね。耐久度を上げる必要はないかな。まだ新しいから老朽とかもないし」
「だから執務室はそのままなんですね」
「うん。今はラピス社がこうやって来ているからこっちで作業してるんだ。何かあったらあちらもすぐ相談しやすいしね」
「なんでしたっけ、確か魔法に耐久性がある木材を使ってるんでしたっけ」
「そうそう。よく知っているね。ああいうのは舞台の中だけそういう加工をしているんだ。かつてガルニエと呼ばれた劇場とは装飾の有無もだけど本当にガワだけ似てるって感じだね」
「かつてのガルニエですか。そういえばモデルがあったとか」
「実在した劇場らしいよ。中なんか豪華絢爛な装飾や金箔とかが貼ってあったとかなかったとか。天井にも絵画が描かれていたとか」
「劇場なのに美術館や教会みたいですね」
「そうだね。もはや一種の美術館のようだったらしいよ。うちのはそういうのは一切ないけど。さすがにそれまで再現しようとしたら時間とお金がかかりすぎちゃう……。ま!うちのメインは劇場を楽しむことじゃなくて、あくまで舞台ってことでね」
そんなことを話しているうちに執務室に着いた。
扉を開けると中ではアンティエさんとルミオさんが作業をしていた。ふたりともなかなか難しい顔をしている。
「お昼買ってきたから休憩にしない?」
「ああ。そうだね。やあプレンツくん」
「こんにちはルミオさんアンティエさん」
「あら珍しいお客さんね」
背伸びをしながらルミオさんがペンを置いた。部屋に入ってすぐのところに大きな長机がありそれを囲むようにソファが置いてある。そのソファに移動したアンティエさん。
「何買ってきたの?」
「パールのサンドウィッチだよ」
「あら素敵」
「プレンツも一緒に食べよう。カフェオレは甘めにしてもらったからきっと飲めるはずだよ。ダメなら紅茶でも淹れようか」
「ありがとうございます。それでは」
カフェオレを飲んでみたけど苦味はそこまでなくコーヒーの匂いと甘味を感じてとてもおいしかった。
「プレンツ君ミサはどうだった?」
みんなにサンドウィッチを配るルミオさん。団長もコートを掛けてソファに座った。
「あー。なんというかあんまりちゃんと聞いてなくて」
「素直ね」
メガネを光らせながらそんなことを言うアンティエさん。別に退屈になってぼーっとしていたわけではないけど。ただ目の前の異質な存在に目が離せなかったというべきか。
「教会の中がきれいで圧倒されてしまいまして」
わざわざ本音を言わなくてもいいだろう。実際に見移ろいしてしまうような綺麗な教会ではあったからな。
「秤の国の中では多分一番大きい教会だったような。そうよね」
「あんまり詳しくないけどそうかもね。一応神様がいる本拠地だからね」
たまにはカフェオレもいいねとルミオさんが呟く。アクィラで見る教会はどちらかというと装飾品がたくさんあって至る所に絵画が飾られてたりモザイクアートが敷き詰められていたりとかなり煌びやかなところが多かった。けど、あの教会はそういう装飾が一切なかった。ステンドグラスは綺麗だったけど他はどちらかといえば無機質な白い石とパイプオルガンのみの質素といえば質素な教会という印象を受けた。アクィラが特殊だったのかもしれないけど。
「秤の神様とは話せたの?」
「はい少しだけですが」
「終わった後に呼び出されてね。なに話したわけじゃないけど」
話をしながらサンドウィッチを食べた。
チーズとペパロニ、オニオン、レタスに何やらおいしいソース、少し歯ごたえがあるパンにつつまれていてとてもおいしい。
カフェオレも風味がよく立っていてサンドウィッチに負けていない。さくっと食べ終わってしまった。見た目よりもお腹にたまるな。執務室の手前に長テーブルがあり、両脇のソファーに座り四人で食べた。
「サニィやニニギさんたちとはまた違うタイプだったでしょ?」
「そうですね。今までは会った方は皆さんフレンドリーな方達ばかりでしたので。いや秤の神様もフレンドリーだったんですけど」
自分でも何を言っているのかわからないことを言ってしまった。口調も柔らかかったし優しかったのは間違いなんだけどどう表せばいいのかな。
「怒ると怖い学校の先生が上機嫌な時、みたいな?」
「だいぶ俗っぽいものに落とし込んだね」
団長に突っ込まれてしまった。
「不敬でした」
「いやわかりやすくていいことだよ。表現者たる者、言語化を怠ったらいけない」
「あら。いつもめんどくさいとばかり呟いているあなたからそんな言葉が飛び出すとは思わなかったわ」
「各国の法令に則り手続きを進める上で複雑怪奇で用途不明の申請書類や契約を交わすのは誠に煩雑であり、昨今の公衆衛生の観点から産業廃棄物や感染症対策ならびに」
「めんどくさいでいいわ」
「ならびに」
「ならばなくていいわ」
抑揚もつけずにすらずらと言葉を並べる団長。目元がピクリともしないほどの無表情さがいい味になっている。これもひとつのお茶目さなのだ。それにしても息継ぎもしないでよく言葉が続くものだ。
アンティエさんって案外こういうシュールなやり取りしてくれるんだな。飲んだくれているか難しい顔をして書類に向かっているか華麗に魔法を放っているところしか見たことがない。結構ノリがいい人なんだ。
というか僕だいぶ場違いな気がするんだけど一緒にいていいのかな。休憩時間だから邪魔にはなっていないだろうけど。食べたらさっさとお暇したほうがいいだろう。ラピス社と打ち合わせとかあるかもしれないしな。
「リマクにいたときに私のこと話すって言ったけど、いろいろあったし、すっかり忘れちゃってたね」
サンドウィッチを食べ終わった団長が咳払いをして口を開いた。
「あー。例のおもしろくない話ですか」
「そう。おもしろくない話」
「なんのこと?」
同じく食べ終わったアンティエさんがサンドウィッチを包んでいた紙を畳んで紙袋に入れた。
「あ。私出ていったほうがいい?」
「いや、いてくれて大丈夫。ルミオもね。むしろいてくれたほうが話すのが楽。……アメデオも来たら?」
「なんだもったいぶりやがって」
扉を開けてアメデオさんが入ってきた。どうやら入るタイミングを伺っていたらしい。
「こっちのセリフだしサンドウィッチ食べるでしょ」
「ああ。貰おう。とはいえついさっき追い出されたところだけどな」
「そんな頃合いだろうとは思ってたよ。ちょうどよかったよ」
「ねえ私ほんとにいる?全然席外すわよ」
「今更よそよそしくしないでよアンティエお姉ちゃん」
「ぐっ……久々に聞くと効くわね」
バツが悪そうなアンティエさん。団長が過去にアクィラにいたという話。ルミオさんもアメデオさんも元々は帝国出身だという話をリマクにいた時にしていた。詳しくは岩の件が終わったらという話だったけどいろいろあったし、イビポランマランでも忙しかったからな。気になってはいたけどこちらから突っ込んでいく話でもないし。
「プレンツは確かに子供ではあるけど別に子供扱いはしていないよ。それに同郷として話しておいたほうがいいだろう。いろいろ疑問に思っていることがあるだろうし、とりあえずはそうだな。どこから話したらいいかな」
ここまで『Stellacce Twinkle』を読んでくれた皆様、ありがとうございます!
次回よりステラッチェの過去編が始まります。第四幕第1話同様に過激な表現が一部あります。苦手な方はお気をつけください。
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